第23話 何の為の神様

 無田零司は朝治が脳内できょうだいとやりあっている様子を楽しげに眺めていた。


 「楽しそうだね? 雫月ちゃんと陸くんも来てるのかな?」

 「……雫月の言ってた通りか。お前、なぜ俺達を知っている?」


零司を睨み付ける朝治だが、零司は何でもなさそうにケロッと笑っている。


 「そう殺気立たないでよ! ま、座れば? 僕の家じゃないけど」


促されて、睨み付けたままフカフカのソファに腰かけた。


 「あっ、そうだ。僕の作品どうだった?」

 「彫刻なんか興味ないんだよ。あんたには色々聞きたいことがある」


さっきと言っていることが違う。朝治のあまりに直球すぎる物言いに、愉快そうに手を叩いた。


 「率直だね。でも嬉しいなぁ、僕に興味を持ってくれたってことでしょ?」

 「勝手に言ってろ。さっきの質問への答えは?」

 「まあそう焦らないでよ。そうだね……僕の子どもの頃の話でもしようか」

 「そんな話一切興味が……」

 「あれは今から13年前の夏だった……」


お構いなしに話を続ける零司に、朝治は次第に苛立ちを募らせた。右の拳で思いっきり机をたたいた。


 「いい加減にしろ! そんな話聞きに来たんじゃないんだよ!」

 「落ち着きたまえ。僕が、初めて君たちと出会った時の話だよ」

 「…………何?」


勢いそがれた朝治は赤く腫れた右手を気まずそうに膝の上に戻した。零司は満足げに頷くと機嫌よく続け始めた。


 「大した話じゃないけどね。僕はいつも近所の公園でブランコを漕いでいた、一人でね」

 「寂しい奴」

 「そうでもないよ? それでね、いつもと変わり映えのしない景色を退屈に眺めていたわけだよ。そんな時だった……君たちが現れた」


恍惚とした表情で天を仰ぐ。ふっと息を吐くと、昔話でも言い聞かせるような口調で句を継いだ。



 「体中泥だらけの、同じ顔の幼子が手を繋いで歩いている。ただそれだけだった。だけど僕は目を奪われたんだよ。君たちの瞳は、深い絶望に沈んでいた、だけど“希望”を握りしめていた。自分が生き永らえることを諦めながらも、愛するきょうだいを生かすためだけに必死で足掻いている。何て美しい友情だろう。そして何より、君たちから、愛する者のためになら世界すら変える、そういう純粋な願いを感じた。だから惹かれた、君たちの姿に“美”を見出した」


 「あ。……待て待て待て! 一人で盛り上がるな! それじゃあ……お前は俺達がこの街に流れ着いた時から、俺達のこと知ってるのか?」

 「うーん、正確にはちょっと違うかな……君達の名前を知ったのはつい最近のことさ」

 「ど、どうやってそんな……」

 「友達が教えてくれたんだ。……ナビゲーターって言うんだっけ? 僕のナビゲーターのミーナがね」


零司が顔の前に出した人差し指にミーナがちょこんと腰かけた。


 「それじゃあお前も……!」

 「何だ喧嘩か!? ふしゃー!」


朝治は立ち上がって臨戦態勢だ。朝治の懐から飛び出てきたパルポンも総毛立たせていきり立つ。


しかし零司は困ったように笑いながら朝治をなだめた。


 「落ち着いてよ。君も範一も喧嘩っ早いなぁ」

 「お前……範一とも会ったのか?」


朝治は開ききった瞳孔で零司を見つめた。零司は意地悪く笑いながら答える。


 「会ったよ。彼とはいい友達になれそうだ」

 「目的を言え!! 俺達をどうしたい!?」


パルポンを銃に変身させて突きつける朝治に、悲しそうに微笑みかけた。


 「朝治……君は……変わってしまったんだね。……それじゃあ僕とは友達になれないな」


室内に白い霧が立ち込める。朝治が焦って室内を見渡すと、次の瞬間、零司の姿は忽然と消えていた。


 「あいつ……逃げやがった……」

 『でもラッキーだったかもな……』

 「どういう意味だ?」

 『あのお喋りババア……もといあいつのナビゲーター、力を全部、完全に譲渡してた』

 「要するに……めっちゃ強いってことか?」

 『……うん、そうだな』


~~~~~~~~~~~~~~~~


 零司に逃げられた朝治は、初希と展示を一通り回ったのちに美術館を後にした。


 「朝治くん……今日、どうだった?」


遠慮がちに尋ねてくる初希に対して、朝治はぎこちない笑顔を作って見せた。


 「楽しかったよ。……うん、いい展示だった」


実は本音である。ジオラマの風景の中にたくさんの人や動物が穏やかに暮らしていた。その作品は朝治の心を強く惹きつけた。評論家たちはお遊びだと見流していたが、そこに表現されたものは朝治の求める平穏そのものであった。そして、あんな奴の作った物に惹かれてしまう自分が悔しかった。


 「初希、ありがとう」

 「……どうしたの?」

 「今日来てよかった」


朝治は、神になることなど興味がない。他の者を神にしないためだけに、スゴロクに参加した。零司と出会ってその決意を新たにした。


あいつのような得体の知れない男が神になっては自分の心は永遠に安らがない。きょうだい6人、平穏無事に一生を過ごすという夢も叶わない。


 「だから絶対、俺が勝つ」




参加者名:駒並朝治 参加者14名中14位 備考:現在50回休み中



~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「14名か……随分減ったな」


 ライゲンからの情報を見て嘆息する範一。ちなみに彼らは現在トップをひた走っている。流石だ。


 「あれだな。マスブロッカーにやられたり、リタイアしたり……後、悪質なプレイヤー狩りがいるらしい」

 「プレイヤー狩り? ルール上問題ないのか?」

 「失格になってないってことはそうなんだろ。ったく、ヤダねぇ」


ライゲン、今お前と話している男の双子の弟がその悪質なプレイヤー狩りだ。まあ、彼らにとっては知るべくもないことである。


 「……それにしてもマスブロッカーに、か。僕が以前踏んだ時は……何と言うか……」

 「何だってんだ?」

 「……戦意を感じなかった。本当にあれにやられたのか?」


マスブロッカーとの強制戦闘のマスでは、彼らは全力で参加者の排除に当たるのが基本である。それなのに「戦意を感じなかった」と言う。ライゲンは違和感を覚えた。


出来レースなんだから!


そしてその時、ミーナの一言がライゲンと範一の脳裏をよぎる。


 「おい、範一……!」

 「そうだとしたら……このスゴロクの主催者が勝たせようとしているのは……」


二人は顔を見合わせた。


 「僕たち……なのか……?」


辿りついてしまったかもしれない「神を決めるスゴロク」の真実。範一は、どうする。


 「……だとしても、僕は作らなきゃいけない。理不尽な出来事に怯えなくてもいい世界を……朝治と美玖と雫月と雄吾と陸が、安心して暮らせる世界を。……むしろ、好都合だ」

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