第22話 邂逅

 「冷静に考えたら範一に人殺しができるはずないわ」

(同感。)

(だよね)


 先日の伊谷村での事件は範一の仕業ではないと断定した朝治たち。正解なのだがその見解は少し違う。


 「でも不気味だよな……何であの村なんだ?」


朝治たちも範一同様、村への未練は一切ないが、自分たちがひた隠しにしてきた生い立ちを知る誰かの仕業ではないかと考えると少し恐ろしかった。


 「ふざけんなよ……せっかく平和な暮らしへの足がかりが見えてきたってのに……」

(兄ちゃん、まだ僕たちのこと知ってる人の仕業って決まったわけじゃないよ)

(私たちのこと知ってる奴…………あっ)


その時雫月が何かを思い出した。


(あのさ、この前図書館で……あれは……何だろう? 変な奴に話しかけられたんだよね)

 「何!? ナンパか!?」

(多分違うと思う……それで、そいつがなぜか私と陸のこと知ってて……)

 「でも知ってるだけなら初希もそうだろ?」

(それだけじゃないわよ。……復讐したいのか、って言われた……)

 「Oh……オーケー分かった。どんな奴だった?」

(えっと……なんかアーティスト気取りって感じのキザッたらしい喋り方で……)

 「ノーノー、雫月。見た目の特徴!」

(見た目? うーん……丸眼鏡かけてた)

 「……他には?」

(特徴的なのはそれくらい……いかんせん癖のない顔立ちだったし……まあ、イケメンの部類だとは思うけど……)

 「もっと具体的なのないのか?」

(……それより声出てるけど大丈夫なの?)


 「あっ……」


雫月の指摘を受けて顔を上げると、周囲の視線が朝治の方を向いていた。

朝治の高校出身の偉い社長さんの講演を全校生徒が体育館に集められて聞かされていたところだった。朝治は退屈しのぎにきょうだいと話していたのだが、うっかりヒートアップして声を漏らしてしまったため御覧の有様である。


 「すみませーん……」

 「ははは、ついでだし君に聞こうか。子どもの頃、うちの商品で遊んだことはある?」


朝治は今日の講演に全く興味がなかったので何の話をしているのかが分からない。慌てて膝の上に置いていた配布資料を確認すると『キッズトレジャー代表取締役・勝鬨かちどき城一じょういち』とあった。オモチャ会社らしいが、そんなものとは無縁に育ってきた朝治にはピンと来ない。


 「変身ヒーローのオモチャとか作ってるとこだよ」


隣に座っていた了がこっそり耳打ちしてくれた。どのみち朝治の答えはノーなのだから関係ない気もするが。


 「いや……ないですね」


勝鬨は残念そうに「そう」とつぶやいた後、自社の玩具が大人の鑑賞にも耐えうるものだということを実演を交えて熱弁し始めた。朝治は再び話への興味をなくし始めていたがもう一度勝鬨の矛先が向いた。


 「ついでだしもう一度君に! 君は、ヒーローって信じる?」


今度の質問の意味は朝治にもはっきりと理解できた。そして彼自身のありのままの考えをぶつけた。


 「ヒーローが必要とされるような世界なら生きたくないです」


体育館内にさざ波のような笑い声が起こった。平凡で平穏な暮らしを求める朝治がこのように考えるのは至極真っ当、当然のことなのだが、一般的な基準に照らして考えれば予想外の答えだ。勝鬨は一瞬困った顔をした後、今度はヒーローの何たるかについて語り始めた。


(つまんねぇ話)

(ねー)

(そうかな……)


そして朝治が通算17回目の欠伸をかみ殺したまさにその時、朝治の眠気を一気に覚ますことが起こった。


 「……また、地域貢献の一環として、佐井市出身の起業家や芸術家を支援する財団も運営しています。……宣伝みたいで申し訳ないけど、来週土曜日から佐井市立芸術博物館で開かれるこの個展も当『勝鬨財団』の協賛で開催されています。ちょっと学生さんのお財布には厳しいかもしれないけど、興味のある人はぜひ!」


佐井市とは朝治たちが暮らす街の名である。資料の後ろにくっついていたチラシには、

『美の箱庭展~気鋭の彫刻家・無田零司が魅せる真実の世界』

と、展示されるのであろう作品のうちのいくつかの写真とともに、無田零司なる人物の顔写真も隅っこに小さく載っていた。


(あーっ!!)

(急に大声出すなよ!)

(こいつだよ朝治!)

 「な(……それは確かか?)

(うん! 間違いないよ!)

(なるほど……それじゃあ行くしかねえなぁ! 美の箱庭展!)



~~~~~~~~~~~~~~~~


 「5000円かぁ~……う~ん……」


 しかし朝治の決意はすぐに揺らいだ。入場料の5000円をけちるためだ。自室の布団で寝転がりながらチラシを眺めた。


 「待てよ……俺らが興味あるの作品じゃなくてこの無田零司、って奴だ……なら裏口から上手いこと入ってゴシャゴシャやれば……」

(平穏に暮らしたい奴の発想と思えないわね)

(兄ちゃん、平凡とか本気で言ってるの?)

 「は? 思ってるに決まってるし」

(その割には“普通”に寄せようとする努力が見られないっていうか……)

(今日だってそうだよ。多分“子どもの頃は好きでしたけど~”とか言うのが普通だと思う)

 「……そうなの?」

(普通が分からないなら友達から学ぶなりなんなりすればいいじゃない?)

(兄ちゃん、友達も了君ぐらいしかいないもんね……)

 「違うんだよぉ、俺はありのままの俺を“普通”として受け入れてほしいんだよぉ」

((ワガママ言わない))

 「ぐはぁっ!」


弟妹の容赦ない正論に朝治はノックアウトされた。


 「でもこれどうすんだよ? 不確実な情報のために5000円は高いって!」

(じゃあ諦めるしかないわね)

 「え~、一緒に考えようぜ~?」


 「朝治くんこれ行きたいの?」


声がしてギョッと振り向くと枕元に初希がしゃがみ込んでいた。


 「……玄関から入ってくれよ~」

 「あ、ごめんね」


慣れたものである。


 「でも朝治くんってこういうの興味あるんだ、意外だな……」

 「あ~、うん、まあな」


歯切れ悪く答えると、初希が顔をパアッとさせて言った。


 「券もってるよ!」

 「マジで!?」


聞くところによると、初希の父親がその美術館の館長をしているのだという。それで「お友達と見に来なさい」と押し付けられたチケットがあるのだ、と。


何はともあれ、これで出費の問題は解決した。


 「ありがとう、初希ー!」

 「えへへー! じゃあ今度の日曜ね!」



~~~~~~~~~~~~~~~



 「朝治くん、来てくれたのかね! しかし君がこういう催しに興味があるとは意外だよ!」

 「ええ、芸術は心を豊かにしてくれますから」


 わざわざ出迎えてくれた初希の父親に、心にもない適当な受け答えをする朝治。差し出してきた初希パパの右手を強く握り返す。初希は恥ずかしそうに下を向いている。


 「お父さん、そろそろ……」

 「そう言うな、初希。こんな時でもないと朝治くんと話せないじゃないか」

 「そうだよ初希。それはそうと、お父さん……」

 「君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない」

 「あっ、あの、そういう意味じゃ……」


ちょっとした言葉選びのミスから一気に殺気立つ空気。初希パパの顔から笑みは消えている。朝治の手を握る彼の手にも心なしか力がこもっているように見える。


 「お父さん! いいじゃない、将来的にそうなるんだから!」

 「初希、それフォローじゃない……」

 「ほう? 詳しく聞かせてもらおうか~?」

 「違うんです、俺達そういうアレじゃ……」

 「ひどいよ朝治くん!」

 「どうすりゃいいんだよ!?」


(こうなりゃ少し眠ってもらうしかないか……)

(えっ。兄ちゃん、一般人にぶっ放すつもり?)

(普通に引くわー)

(……ダメなの?)

(当たり前じゃん!)

(ねえねえ、雫月ちゃんにいい考えがあるよ! 一瞬代わって!)

(え~…………一瞬だぞ?)

(やった!)


 「どうなのかね朝治くん? ……ん?」


初希パパは手元の違和感に気づいた。朝治の指は男性のものにして少し華奢すぎる気がしたのだ。朝治の顔を注視すると、顔だちも女性的になっているような気がしてきた。


 「お父さん、隠しててすみません。俺……いや、私は……女なんです」

 「えーーーーーーっ!?」


驚嘆の声を上げる初希パパを尻目に、空いた左手の指を初希の小さな指に絡ませる。初希は死んだ魚の目で成り行きを見守っている。


 「はい……だから初希ちゃんとはいい友達……大切な幼馴染です」


初希パパは驚きのあまり硬直してしまっている。まだ息はある。雫月はここぞとばかりに畳みかけた。


 「驚いてるところにこんなこと言うのもあれなんですけど……私、無田先生の大ファンなんです! ……会わせてもらったりとかって……」


 「あっ、うん、今ね、応接室でインタビュー受けてると思うから、中で待ってるといいよ、よかったね、これからも初希と仲良くしてあげてね」


 「やったぁ! 行こ、初希ちゃん!」

 「うん……」


動揺に付け込み、見事に目的を達成させた雫月。初希パパはまだ意識がもうろうとしているようだ。


(っしゃぁ! でかしたぞ!)

(可哀想……)


~~~~~~~~~~~~~


 「失礼しまーす」


 応接室の扉を2回コンコンと叩く。もう朝治の体に戻っている。中から涼しげな声で「どうぞ」と呼びかけられて扉を開いた。


扉の前には、無田零司その人が、チラシで見たままの笑顔で立っていた。


 「……自らお出迎えですか」

 「来てくれると思ってたよ」


静かに見つめ合う朝治と零司。そして零司の背後からおずおずと近づいてくる影。


 「あのー、取材は……」

 「また後日ってことで。今はこの子と話したい」


その後もしばらく食い下がる記者であったが、笑顔の裏に永久凍土のような冷たさを見せる零司の態度に心折られ、ガックリうな垂れて応接室を出ていった。


(あの人後で怒られるんだろうなぁ……)

(陸、あの人は尊い犠牲だ)

(はっは! 朝治サイテー!)




 「楽しそうだね? 雫月ちゃんと陸くんも来てるのかな?」

 「……雫月の言ってた通りか。お前、なぜ俺達を知っている?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る