第21話 0から1へ

 「朝治! 今朝のニュース見たか?」

 「うちテレビないんだが」


 能天気に話しかけて来る了に呆れながら答える朝治。何の悩みもなさそうなその顔に朝治は少し羨ましさを覚えた。


 「で、何のニュースだよ? 雪男でも出たのか?」

 「いや、マジでヤバいんだよ。えーと……なんとかっていう村で94人も死んでたんだってよ。小さい村だから全滅だったらしい」


朝治はその話に妙な悪寒を感じた。


 「なあ、その村って……」

 「ちょっと待ってな……ああ、これだ。ほら、伊谷村だって」


了が提示したスマホの画面を見て朝治は戦慄した。先程の妙な悪寒が的中してしまったからだ。朝治はこの景色に見覚えがあった。


 「この村……」

(私たちの……)

(5歳までいた村だ……)


 「まさか……範一が……?」





 朝治がニュースを知ったころ、範一は河川敷のガード下にいた。蜂鐘の家からも出ていき、朝治たちのいるアパートにも帰ることができないと考えていたので、ここでホームレスに交じって暮らしていた。


 「範一、相変わらずしょぼくれてんなァ」

 「……牧島さん、どうも」


牧島という小汚い老人が範一にすり切れた新聞を手渡した。その辺に捨てられていた朝刊をこうして拾っては範一に見せてくれるのだ。


 「……! これ……」

 「ひでェよなァ、94人もだぜ」


範一もここで初めて伊谷村のニュースを知った。当然彼の仕業でもない。


 「まさか朝治が……? いや、それはないか」





 「それにしても……一体何が起こった?」


 範一は例のニュースについて詳しく調べてみることにした。今更あの村人に対する情など彼らには残っていないが、他人の命を理不尽に奪う輩が跋扈していることが許せなかった。


しかし、自分の右手とともに、ライゲンのことも切り捨ててしまったので頼ることはできない。範一は段ボールであつらえた個室に閉じこもって頭を抱えた。


 「僕は一人じゃ何もできないな……情けない」


範一がぼやいていると、外でホームレスたちが騒いでいる声がした。役場の人間でも来たのだろうか。範一は段ボールのドアを少し開けて様子をうかがう。


 「あんた役所のモンか?」

 「違いますよ。ここに駒並範一、って子がいませんか?」


青年が探しているのは自分だ。しかし、範一は彼のことを知らなかった。知らなかったが、自分の客ならここにいる人たちを巻き込めない、と範一は小屋を出て青年の前に姿を見せた。


 「……あなたは?」

 「初めまして。僕は無田零司、芸術家の端くれだ」


自分を知るその男に範一は警戒心むき出しだったが、零司はさらに範一の警戒心を煽るようなことを口走った。


 「伊谷村の事件のこと、詳しく知りたいんだろ? 教えてあげるよ」

 「……! どうして……」

 「いいから聞いてよ。人の好意は素直に受け取るものだよ?」


零司が語ったその事件の詳細は、94人もの人間が一晩のうちに殺されていた、という点を差し引いても明らかに異常だった。


 まず村人たちの死体はすべて肉と皮を削ぎ落とされた、骨だけの状態で見つかった。そして、全員分の死体が村の寄り合い所に集められており、まるで舞踏会のように、互いに手を取り合った状態であったのだという。


 「誰が何のために……」

 「誰だろうね?」

 「というか……あなたはなぜそんなことを僕に?」

 「ふふ、なんでだろうね?」


わざとらしく微笑む青年の肩先に、親指大の半透明な少女がふわりと降り立つ。範一は確信した、彼もスゴロクの参加者、そしてあの少女は彼のナビゲーターだ。


 「流石、察しがいい」

 「まるで僕の考えを見透かしたような口ぶりだな」


不機嫌そうに指摘する範一に、零司は楽しそうに微笑んだ。肩に乗った少女もつられてクツクツと笑う。


 「そんなことより! 僕のプレゼントは気に入ってくれたかな?」

 「プレゼント……?」


 「君の故郷の人たち、僕の作品にしてあげたんだ。いい趣だろ?」


爽やかな笑みを張り付けたまま、衝撃の真実を告げる零司に、範一の怒りは最高潮に達した。あれだけの命を奪っておいてなぜ笑っているのか、範一の理解は及ばなかった。しかし、目の前の男が許されざる理不尽であることだけは理解できた。


 「貴様……!」

 「おっとっと、こんなところで暴れちゃまずいでしょ」


力任せに殴り掛かる範一を右手一本で軽くいなしながら、左手の人差し指で肩に乗った少女の頭を軽くなでてやる。


 「ミーナ、頼むよ」

 「はーいっ♪」


零司が範一のスネを払って転ばせるのと同時に、周囲の景色が変化していく。2人は盤内に移動していた。


 零司は地面に手をついた範一の背中を右足で強めに踏みつけた。


 「ぐっ! ……貴様のような奴を……生かしておくわけには……」

 「どうして? 君が彼らに受けた仕打ちを忘れたのかい?」

 「忘れられるはずがない……だが!」


範一は賽子パワーで左手を強化し、零司の右足をなぎ倒す。零司がバランスを崩した隙に起き上がり、今度は強化した左手で胸ぐらを掴んでそのまま背負い投げで地面に叩きつけた。


 「理不尽に命を奪うものを、許すわけにはいかない!」

 「なるほど、高潔だ……やはり君も美しい」


範一は倒れ込んだ零司の腕を抑え込みながら、高らかに己の正義を叫んだ。しかし当の零司は地面に組み伏せられているというのに、心底嬉しそうに笑みを浮かべた。


 「でも君は……その正義の名のもとに犯罪者の命を奪ってきた。それって矛盾していないかな? 理不尽を憎む君自身が、罪人達にとっての理不尽になっている」

 「それは……」

 「そうだよ……それでいいんだ。君は実に純粋だ、それなのに内側には様々な混沌が渦巻いている。美しいなぁ……君とはいい友達になれそうだ」


範一は危機を察して零司から手を離そうとするが、時すでに遅し、範一の左腕はすっぽり凍らされてしまっていた。


 「……これは……!」

 「僕の賽子パワーさ。君じゃ勝てないよ」


範一を蝕む氷は徐々に広がり、範一の顔の半分を覆い尽くそうとしていた。


(ここまで……なのか……?)


範一が諦めようとしたまさにその時。現実世界と盤内の扉が開き、アヒルの形をしたスクーターが飛び込んできた。


 「……ライゲン!?」

 「範一ぃ! 歯ぁ食いしばれぇ!」


飛び込んできたそのままの勢いで、範一を跳ね飛ばした。跳ね飛ばされた勢いで、範一と零司を引っ付けていた氷はバキバキと砕け散った。


 「ふふっ、来たか……」


 「ライゲン、どうしてここに?」

 「美玖と雄吾がお前と一緒がいいって言うもんだからよ」


シートがパカリと開くと中から範一の右手が出てきた。範一は自分の右手を、美玖と雄吾の魂が宿った右手を愛おしそうに手に取った。


 「どうして……戻ってきた?」

(お前を一人にしとくと不安だしな)

(お兄様は何でも一人で抱えすぎです!)


巻き込まないために遠ざけたつもりだったのだが、二人は範一が心配で戻ってきたのだという。弟と妹に心配をかけてしまうような自分が恥ずかしかった。


(朝治兄様が素直な気持ちを話してみれば……と)

(そ、俺らのことも頼りにしてくれよ)

 「朝治が……そうか、成長してないのは僕だけだな」


範一はそう言うと、右手を自分の喉仏の辺りに押し付けた。


(お、お兄様!?)

(何してんだよ!?)


 「一緒にいたいなら、しっかり握っておけよ……美玖、雄吾。僕は間違えない自信がない。だから……もし僕が間違えたらその時は、お前たちが絞め落としてくれ」


それは範一の不退転の覚悟の表れであった。この世の理不尽を一つ残らず排除するという決意。彼らになら手綱を任せられるという信頼。もはや範一の心には一点の曇りもなかった。


 「無田零司……まず手始めに、お前を排除する!」

 「美しいにもほどがある……でもどこまで通用するかな?」


零司の周りにつらら針が3つ出現する。それを頭の周りで数回くるくる回したのち、範一目がけて発射した。


そして範一にぶつかり、氷の結晶が辺り一面に舞い踊った。……かに見えた。


 「……なるほど。それが六つ目の強み、か」


範一の、いや、美玖の体の前に浮かぶ三枚の六角形の板によって、零司の攻撃は阻まれていた。


 「お兄様は私が守ります!」

 「君は……美玖ちゃんだっけ? てことは、もう一人が雄吾くん」


攻撃は完全に防がれたが、零司はまだまだ余裕の表情だ。そして零司の言葉に美玖は首をかしげた。


 「なぜ私たちのことを……」

 「ミーナに教えてもらったんだよ」


ナビゲーターからの情報漏洩であることが判明した。他の参加者のことを教えてはいけないルールがあったはずだが。しかしミーナは悪びれる様子もなく零司の肩にしっかり捕まっている。


 『おい手前! そいつはルール違反のはずだろ!』


板になったライゲンが、ミーナを非難するが、彼女はふてぶてしくこう答えた。


 「こんなスゴロク最初から出来レースなんだし、ルールなんかどうでもいいじゃない。私はただ零司クンが喜びそうな情報を教えただけ!」


ミーナの口から聞き捨てならない単語が飛び出した。ライゲンは、当然美玖たちも、その言葉について問いただそうとする。


 『出来レースってどういうことだよ!?』

 「ぷっぷー! ライゲンったら何にも知らないんだ? 噂にはちゃんと聞き耳立てないとダメだよ?」

 「どういうわけか話してください! 話さないなら……」


六角形の板を、零司の近くにつけて浮遊させる。あの板は盾としてだけでなく攻撃にも使える優れものだ。


 「悪いけど……あまりミーナを虐めないでくれ」


零司が冷たい声で言い放つと、彼の目の前に巨大な氷の壁が現れた。美玖は慌てて盾を回転させ壁の破壊を試みるが、壁が消え去るころにはもう零司の姿はなくなっていた。


(逃がしたか……)

 「なんでしたの……?」


零司への怒りだとかミーナの発言への疑問だとか兄弟と再び一つになれた喜びだとか、様々な感情が彼らの中に渦巻いていた。



──────────────────



 「いやー、はっは! ミーナ、彼らはやはり良いね」

 「ホント? 喜んでくれて良かった!」


 零司は彼の“アトリエ”に帰っていた。そこには彼の彫った人間や動物の彫刻が乱雑に並べられ、まるで一つの箱庭のような空間になっていた。


 「でも零司クン、伊谷村の“作品”持って帰れなくて残念だったね」

 「いや? 構わないよ。完成した時点で僕の“救済”は完遂してるから」


ミーナの慰めは歯牙にもかけず、アトリエに並べた彫刻を機嫌よさそうに触れて回った。


 「“醜”から“美”への転換……やっぱり、範一とは気が合いそうだよ」

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