第16話 自立への踏み台ーその①

 「さて、俺達の分が3つ。初希の20面ダイスが1つ。そして大塚から分取ったのが1つ」


 集めたサイコロを再確認する朝治たち。これだけサイコロがあるのになぜ最下位なのか。情けない男である。


 「最大で44マス進めるわけだ。……勝てる!」

(変なマス踏まなきゃね)

 「…………水差すなよ」


気を取り直して盤上に移動する朝治。さて、何が出るかな?


 「……陸は待て、まずは4つ振る」

(うん、いいけど……)

(なんでよ?)

 「何でもだ。行くぞ!」


4! 6! 2! 8! 合計20! まあまあの目である。そして朝治はおもむろに初希から貰ったマップを確認する。


 「20ってことは……24マス先に120進があるから……陸! 4出せ!4!」

(えぇ? そんな……できるかな……)

 「案ずるな陸。このサイコロは賽子パワーの集合体、賽子パワーのコントロールが誰よりも繊細なお前ならば、狙った目を出せないはずがない!」


そういうことか。姑息な男である。


(……分かった、やってみるよ)

 「頼むぅ~!」


陸の投げたサイコロの行方は……


……5!


 「5ってことは……合計25だから……」


『ワイバーンに頭を焼かれて記憶喪失に! 50回休む!』


 「ふっざけんなよマジでぇええええ!!」

(ごめん、やっぱ無理だったみたい……)


 「きょえええええええ!!」

そして頭上に現れるワイバーン。当然立体映像である。……質量付きの。


 「きょぇええええええ!!」

 「待ってくれ! 話し合おう! たとえ異種族でも友情を……ぎゃあああああ!!」



─────────────────────────



 「……やはり都合良くはいかないか」

黒焦げのままで、苦々しくつぶやいた。流石に記憶喪失までは再現していない。かろうじて残ったゲームマスターの良心である。


(それより学校どうすんの?)

 「あ゛そうだった」


この間のように校内で戦闘になったらたまったものではないと、あさイチでサイコロを振った朝治だったがこれは思わぬ誤算であった。黒焦げのままで登校するわけにはいかない。


 「陸、今日一日だけ頼む」

(えぇ、そんなぁ!)

 「元はといえばお前のせいだろ!?」


違う、元はといえばお前が姑息なことを思いつくからである。しかしそれでも受け入れてしまうのが陸である。顔を左の手の平で覆った。


 「分かったよ、もう……」

(治ったらすぐに戻るから! すまん!)

(私じゃダメなのー?)

 「姉ちゃんだとすぐバレちゃうでしょ……」




 「なるほど、それで今日は陸くんなんだね!」

 「う、うん……」


 当然のように入れ替わりを受け入れている初希。何なのこの娘。朝治のためならと、陸に入れ替わっていることがバレないように協力してくれるらしい。


 「勘付かれそうになったらそれとなーく、フォローしてあげるからね!」

 「ありがとう、助かるよ」


不安だった陸だが、初希の協力を得られて少しだけ安心できた。……はずだった。



 「朝治、おっはよー」

 「あ、おはよう、了く……了」


学校に着いて最初に会ったのは、朝治の親友にして物理バカ・一石了である。陸も最大限朝治の口調をまねる。


 「んん?? 朝治、何か雰囲気変わった?」

 「そうかぁ!? そんなことねーと思うぜぇ!?」

 「いや、何かいつもより……ふぐぉう!?」


突如苦しそうに叫び声をあげる了。そしてその場に崩れ落ちる了! 見ると小柄な少女が彼の首を絞め落としていた。そう、初希である。陸は大慌てで初希を引き離して人気のない廊下に連れていく。


 「ちょっと何やってんの!?」

 「怪しんでたから……」

 「暴力はダメだよ!!」


彼女には常識が通用しないようである。陸の不安は和らぐどころか増幅してしまった。


 「はぁ……教室戻らないと……」


よく考えてみれば朝治を一番近くで見てきたのは他でもない陸自身なのだから、初希が余計な事をせずに大人しくしてくれている方がいいかもしれない。


 「了くん、大丈夫かな……」

(物理バカの癖に物理攻撃に弱いのが悪いのよ)

 「無茶苦茶な理屈だね……」

(独り言気を付けろ! 雫月もあんまり話しかけない!)

 「あっ、ごめん……」

(ちぇっ)


とはいえ癖は抜けないもの。つい左手にいる時の感覚で独り言ちってしまう。

(気を付けないと!)

(頼むぜ~俺ちょっと寝るわ……)

朝治の意識が切れる。このクズはこのクズで疲れているのだろう。陸は改めて気を引き締めた。


(放課後まで大人しくしてれば大丈夫……)


(授業って自分で受けてみると結構難しいなあ。兄ちゃんすごいなぁ)


(昼休みどうしよう……お昼ご飯ないしなぁ……)


 「朝治! 今日も飯抜きか? しょうがない、俺の弁当ちょっと分けてやるよ」

 「了……ありがとう! あっ、やっぱりいいや……」

 「えっ? ……そうかそうか、そういうことか」


弁当箱を二つ抱えた初希が教室にいる陸たちを見つめていた。ていうよりは睨んでいた。


 「初希ちゃん、それひょっとして兄ちゃんの?」

 「……うん、食べていいよ」

 「えと……兄ちゃんの栄養にはなるから」

 「うん、ちゃんと食べてね?」


初希は弁当箱を押し付けると小走りで立ち去っていった。陸は少し申し訳ない気持ちがした。


 「いいなぁ、朝治。彼女の手弁当かよ」

 「いや、そういうんじゃねーぇし」


(……陸のモノマネ微妙に再現度低いのよねぇ)


しかし特に目立った問題は起こることなく(?)放課後を迎えた。さっさと帰宅しようとする陸だがそうは問屋が卸さない。


 「朝治~今日実験やるから付き合えよ~」

 「えぇ……」

(おっ、いいじゃない!)


このいいじゃないは実験に対してではなく、了に誘われた時の本気で嫌がっている表情に対してである。朝治のそれと全く同じだ。


 「うん……いいよ……ぜ」

 「おっ珍しいな! 行こうぜ!」


それでも断れないのが陸である。この男、優しいのは良いがこういうところがあるのだ。




 「……でな? このサイコロを高所から自由落下させるじゃん?」

 「うん……」


取りあえず相槌をうってはいるが、陸には了の言っていることがさっぱり理解できない。この男の頭は早く帰りたいという気持ちでいっぱいだ。


 「ねぇ、了、サイコロで狙った目を出すのって可能なの?」

 「んー? まあ理屈では可能だろ。技術がないとダメだろうけど」

 「だよね……」

 「どうした? イカサマ師にでもなる気か?」

 「そういうわけじゃないけど……」


陸はまだ今朝のことを気にしていた。気にする必要はないのだが。朝治の望みには最大限協力したいのだ。献身的な弟である。


 「ごめん、了。俺先に帰るよ」

 「えぇ~しょうがねえな~お疲れ~」




―――――――――――――――


(気にしなくていいのよ?)

 「分かってるけど……あっ」


 校舎を後にする陸。何かを見つけたようだ。


(どうしたの?)

 「あれひょっとして……」


 「ちゃんと持ってきた?」

 「もう勘弁して下さい……」


校舎裏で二人の男子生徒が何やら言い合っていた。あー、こういうのはよくないなぁ……。


(ありゃりゃ、イジメかしら)

 「……僕いってくる」

(余計な事に首突っ込んだら朝治に怒られるわよ?)

 「でも……ほっとけないし……」

(朝治が起きる前に済ませてよね?)

 「……うん」



―――――――――


 「ほら、早く出して」

 「今月はもう……」


 「ちょ、ちょっと待った!!」


二人が一斉に陸の方を振り返る。脅されていた方の生徒は光を見つけたような目で。これは分かる。問題は脅していた方の生徒だ。


 「君今見たよね? 見てたよね!?」

 「そうだよ。こんなことやめた方が……」

 「フフフ。見ててね」


なぜか嬉しそうに言いながら、イジメられっ子のほうに向き直った。そして彼にパンチを1発。倒れた所に蹴りを1つ。


 「ちょっと何やってんの!?」

 「いいよ? ほら、先生でも誰でもいいから呼んできてよ」


陸には彼の目的が全く分からない。なぜわざわざこんな見せつけるようなことをするのだろうか? 陸は彼を羽交い絞めにした。


 「やめなって! 何でこんなことするのさ!?」

 「離してよ。僕は悪い子にならないといけないんだ」

 「十分悪いよ! 今の内に逃げて!」


イジメられていた生徒は陸に一礼して一目散に逃げだしていった。それにしても悪い子にならないといけないとはどういうことだろうか。


 「あーあ、逃げられちゃった。まあいいか。君が僕のいじめの証人になってよ?」

 「どういうこと? 君、何の目的でこんなことしてるの?」

 「僕は自立しないといけないんだよ。だからだよ」


聞いてもさっぱりだ。陸は余計に混乱してしまった。彼は混乱する陸の腕を振りほどいた。


 「証人になってくれないなら、君が助けを求めるまで痛めつけるだけだけど?」

 「さっきから言ってる意味が分からないんだけど……君の自立と何の関係があるの?」


 「お母さんが……」


彼は小声でつぶやいた。お母さんとはどういうことだろうか。


 「僕が悪い子になれば、お母さんが見捨ててくれると思って……だから」


 「じゃあ……何? 君は……親から見捨ててもらって自立せざるを得ない状況になろうって言うの?」

 「ご名答! だから協力して?」


把握はしたが理解はできない。陸は、彼とは根本的な価値観が全く違うということを感じ取った。


 「協力はできない。それに君のお母さんはきっと……」

 「じゃあさっき言った通りに」


彼は陸に殴りかかってくる。話の通じない相手だ。それにここで陸が逃げた所で、彼はまた別の生徒をターゲットにするだけだろう。面倒事になるが、陸は放っておけなかった。

陸はサイコロの4の面を触れてパルポンを呼び出す。そしてパルポンはピストルに変身した。


 「……バカなことやめて」

 「怖いもの構えちゃってぇ」


しかし動じる様子を全く見せない。余程肝が据わっているのか、ただのオモチャだと思っているのか。


 『おい、陸、こいつから賽子パワーを感じる!』

 「分かってる」


パルポンの指摘を受けると、男子生徒は笑った。そして制服のポケットからサイコロを取り出して4の面に触れる。


 「意地でも僕にイジメられてもらう。行くよ、メフィスト」

 「ああ、辰也。君の自立への踏み台になってもらおう」


男子生徒の横に鈍色のローブをまとった鼻の高い男が並び立つ。


 「君のことは、僕が止めるよ」

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