第15話 週2で殺されるバイト─その②

 「畜生! どうしてこうなった!」


 寂れた病院の廊下を走る朝治。病院内ではお静かにとかそういうことを言っていられる状況ではない。


 朝治は非常に個性的な若者の集団に追いかけられていた。個性的と言いますのは、皮膚がズル剝けていたり、頭頂部に大穴が開いて頭蓋骨がチラ見えしていたり、両腕がバネ状に千切れていたり等々。


 「んだよ、これ! ゾンビ映画かよ!」

 「捕まえたら特別ボーナスだよ~」


金を渇望する若者の間でまことしやかに噂されている「週2で殺されるバイト」の真相を探るべく、オーナー大塚時生に接触した朝治だったが、ここに来たのが運の尽き。彼の“アルバイト達”に追い回される羽目になった。彼は朝治の体にいたく興味を持っているようである。


 「その左手! 面白いねえ! 殺してみたらどうなるのかなぁ!」

 「くっ……きょうだいには手出しさせねえ!」

(ちょーじーがんばえー!)

(姉ちゃん、からかっちゃ悪いよ!)


病院内のスピーカーから大塚の声が響いているどこかから逃げ惑う朝治の様子を監視しているのだろう。


 「パルポン! 分析まだか!?」


サイコロの2の面を触れながら朝治が吼える。ナビゲーターとの通話機能である。


 『分かったぞ! 賽子パワーを“命”に変質させてバイトの連中に与えてるんだ』

 「一つの体に複数の命が宿ってるってことか!? そんなのありかよ!?」


お前が言うな。痛みは感じない、殺そうにも何度も殺さないといけない。果たして朝治は逃げきれるのだろうか……朝治はサイコロを振る。


 「3か! まあいい!」


サイコロから3つ光球が放たれた。2つの両足にまとわせ、残りの1つは廊下に思いきり叩きつける。強化した脚力で距離を取りつつ、砂ぼこりで追っ手の目を眩ませる。そしてその隙をついてその辺の部屋に飛び込んだ!


 「クッソ……ここでやり過ごすしか……」


朝治が飛び込んだのはリネン室。積み上げられたシーツの山の裏に身を隠す。とりあえずこれでホッと一息。朝治たちはここから追っ手を撒いて大塚からサイコロを奪う手段を考えなくてはいけない。


 「どうすればいいと思う?」

(そりゃあ全員ボッコボコよ!)

(体力が持たなかったらどうするのさ?)


狂犬・雫月とブレーキ陸の意見は相反する。朝治は頭を抱えた。このまま逃げてしまおうか。ほかにも参加者は30人以上いるわけだし……。


その時、部屋のドアが開く。朝治、ばれてしまったのか? 積まれたシーツの隙間から恐る恐る覗いてみる。


 「あぁ……痛い……熱い……替えのシーツは……」


体を掻き毟りながら入ってきたのは上裸の少年だった。その姿に朝治は少しウッとなった。体全体が火傷のようにただれており、彼が引っ掻いた跡からは絶え間なく血が流れ出ている。


 「あいつもバイトの奴か……?」


朝治は息を潜めながら少年を注視する。どうも様子がおかしい。バイトとは明らかに違う。

(だったら正社員とかかしら)

(姉ちゃん……バカなこと言ってないで……)

少年はシーツとタオルを乱暴に引っ張り出す。そして積み上げられた山は土砂崩れを起こした。


 「危ない!」


反射的に飛び出した朝治は少年の代わりにシーツの山の下敷きになった。


 「君は……?」

 「あっ」


見つかった。少年の素性は分からないが、事と次第によってはかなりマズい状況である。


 「……庇ってくれて、ありがとうございます」


しかし少年は朝治を問いただすことなく、ただ頭を下げた。どうやら彼は事情を知らないようである。


 「あ、こんな格好ですみません。僕、生まれつき皮膚が弱くて」


そして聞いてもいないのに自分語りを始める。朝治は“見”に回ることにした。


 「服着てるだけで血が止まらなくなっちゃうんです。寝ててもシーツなんかすぐ血まみれになっちゃうし。埃が触れるだけでも痒くて痒くて」

 「大変そうだな」


生返事もいいところである。そこで少年は何かに気づいた(気づいてない)。


 「あっ、ひょっとしてバイトの人ですか……?」

 「えぅ? ま、まあ、そんなところかな!」


バイトのことは知っているようだ。朝治は乗っかることにした。そして少年はしばし逡巡した後、朝治の手を握りこんだ。少年の手の平から血が流れる。


 「父さんを止めて下さい!」

 「えぇえ??」


朝治は面食らった。なんと少年は大塚の息子だったのだ。


 「父さん、僕のためにあんなこと……人体が痛みを感じなくなる実験を……」

 「そうだったのか……」

(どーすんの?)


(……止めなくていいんじゃないかな)

意外にもそれは陸の意見だった。朝治たちもこの短い会話から彼が心優しい少年であることは察していた。

(ほら、彼のためって言うなら……実害があるわけじゃないし……)

要するに陸は彼に同情している。遊ぶ金欲しさに集まってきた連中より心優しい少年に同情するのも自然なことに思える。


 「陸、忘れたのか? 俺達はあのおっさんのサイコロを貰いに来たんだ」


しかし朝治は却下した。仕方ない。結果的に少年の望みを聞く形になるが朝治にはそんなことは関係ない。


 「君の親父さん、どこにいる?」

 「えっと、多分屋上だと……」

 「分かった。待ってろ」


左足にまとわせた光球を右腕に移動させて逆立ちする朝治。ふぅっと息を吐いて右腕にぐっと力を込める。


 「おりゃぁあああああ!!」


右手で跳躍し、強化した右足で天井を蹴破る。そして勢いのままに屋上へ。


 「……君、どうやって……」

 「あんたのサイコロ頂きに来た」


クールに決めた風だがこの男、着地に失敗して頭が屋上に突き刺さっている。朝治は起き上がって改めて大塚を睨み付ける。


 「大人しく渡せば、痛い目見なくて済むぜ?」

 「ダメだ! これは息子のために必要な……」


大塚は断固拒否しつつ、右手を握りしめる。どうやらそこに持っているようである。


 「変態の身の上話には興味ねぇ!」


そして朝治は彼の言葉を遮りながら大塚に右ストレートを放つ。殴られた大塚は吹っ飛ばされて倒れ込んだ。それでも右手はほどかない。


 「強情だな……」

(ちょっと兄ちゃん!)


 「ダメだ……まだ息子は……」

 「それ嘘だろ?」


見ろしながら切り込む朝治に大塚は目を丸くした。嘘とは? それじゃあこのおじさん単なるマッドサイエンティストじゃないですか。


 「人体が痛みを感じなくなる実験、だっけ? とっくに成功してんじゃん」

 「それは……」

 「“あんなこと息子にはできない”って思ってんだろ?」

 「………………」


大塚は押し黙ってしまった。どうやら図星だったようだ。


 「その通りだ……生き返るとはいえ、我が子に致命傷を負わせるなんて……私には……できない……」


 「じゃあもうそのサイコロは要らねえな。雫月、借りるぞ」

(えー壊さないでよ?)


サイコロの4の面を触れると飛び出してきた大鎌を大塚の右手に突き刺す。これで大塚の賽子パワーは無力化された。


 「貰ったからな。ちゃんと親子のコミュニケーション取れよ」


そう言い残して朝治は立ち去った。“週2で殺される仕事”はこれで廃業となるだろう。





 「……証拠抑えて弱み握るべきだったか……? 金は持ってるみたいだしいい資金源に……」

(兄ちゃん!)

 「冗談だよ!」

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