第14話 週2で殺されるバイト─その①

 「朝治くん! いいバイトがあるんだけど」

 初希からの突然のお誘い。朝治は初希の肩をガッと掴んでその透き通った瞳を真っすぐに見つめる。そして悲しそうにうな垂れた。


 「初希……最初からそれが目当てで……」

 「ほへ?」

 「いいバイトがあるとか言って、人気のない路地裏の薄暗い建物に連れ込んで……それで中に入ったら黒服の屈強そうな男の人が沢山いて……」

 「朝治くん?」

 「それで、あんなことやこんなことさせられて……逃げ出そうとするもんなら捕まえられて従順になるまで痛めつけられて……」

 「朝治くん」

 「最初から俺を騙すつもりだったんだ……俺に親がいないからってそこに付け込んで……そうだよ、俺にこんな可愛い彼女ができるわけ……」

 「朝治くん!」


ヒートアップする朝治、いくら初希が呼び掛けても止まらない。ていうかお前らまだ付き合ってないだろ。

 「せいっ!」

 「グバァッ! ……はっ! 初希?」

初希の手刀で正気に戻った朝治。初希はため息をつきながらその“バイト”について語り始めた。


 「なになに……週2で殺されるだけの簡単なお仕事……?」

 「風の噂で聞いたんだよ! 怪しいと思わない?」

 確かに怪しい。週1でも殺されたくない、ていうか生1で終わりだろ。貧困層の若者の間でひそかに話題になっているらしい。日給30万円。命の代価にしては安すぎる気がするが、遊ぶ金欲しさなら十分すぎる金額だろう。

 「朝治くんって貧困層の若者の代名詞だから心配だったんだよ!」

 「…………ありがとぉ」

初希の優しさに情けなさを覚える朝治。気の抜けた弱弱しい声で返事する。次の瞬間、朝治に電流走る。

 「週2……?」

(サイコロ振れる日と同じだぁ!)

(じゃあひょっとして……)

 「初希、このバイトどこでやってるか分かるか?」

 「ダメだよ朝治くん!」

 「ああ、そうじゃなくて! スゴロクの参加者が関係してるかもしれないんだ!」


ルールその5.サイコロを振れるのは7日につき2回まで。

つまり、朝治や範一のような特殊なケースを除いては、賽子サイコパワーを使用できるのはスゴロクのコマを進められるその2回だけということだ。


 「その雇い主さんが賽子サイコパワーで何かしてるかもってこと?」

 「その可能性は十分あると思うんだよ」

 「確かに私もウェンディーヌやってたのそのぐらいのペースだったかも!」

であればかなり可能性は高いだろう。そういえば朝治はウェンディーヌの所業を不問にしているがよいのだろうか? 曰く、「俺達のためなんだから責めることないじゃん」だそうだ。まさに自分さえ良ければいいの体現者である。


 「よし、探し出してそいつからサイコロ奪い取る……!」

(Foo! 面白くなってきたぁ!)

(……兄ちゃん姉ちゃん)

 「……譲り受ける!」



 「ここか……」

 赤茶色の錆びに侵された看板にかすれた文字で「大塚医院」と書かれている。いかにもって感じの廃病院だ。

 「何かヤナ感じー。さっさと終わらせて帰ろう……」

貧困層の若者そのものである朝治は疑われることなくすんなりと“採用”してもらえた。あわよくばバイト代も受け取れないだろうかと都合のいいことを考えている朝治だが、もしも推測通りなら賽子パワーを奪うことはこのバイトの消失を意味するのでそれは不可能だろう。


 「君が新しく入った駒並朝治くんだね」

彼が雇い主の大塚時生おおつかときお。典型的な七三メガネの中年リーマンという感じの風貌だが、彼がこの猟奇的なバイトの雇い主とは朝治は想像つかなかった。

 「あの、バイト代って前払いですか?」

 「後日振り込みです」

目論見が崩れ去った朝治は仕方なくサイコロの強奪に集中することを決意した。

 「君も大変だね。お兄さんが両親の遺産持ち逃げして雲隠れしちゃったんだって?」

 「あっそうなんですよー。もう本当に最低ですよ!」

雇い主を信用させるために範一を屑兄貴に仕立て上げる屑弟。母親の遺産など初めから存在していないというに。しかしこんな怪しさしかないバイト、相当お金に困っていることを印象付けなければ説得力に欠ける。

 「それで仕事の内容って?」

 「事前に伝えた通りさ。週に2回、私に殺されてくれればいい」

 「それが分からないんですよねー。言葉の通りに受け取っていいんですか?」

 「そうなるね」

何でもなさそうに答える大塚。朝治は演技するのを忘れて思わず睨み付けそうになる。

 「ああ、心配いらないよ。私はね、命を与えられるんだ」

 「……どういうことですか?」

 「論より証拠。入っておいで!」

手術室に朝治と同じぐらいの年の少年が入ってくる。しかし彼は、お腹がパックリ開かれて内臓がむき出しになっていた。あんな状態で生きているとは……

(うぇええ……何あれ……)

(うわキモッ!)

 「…………おぇえええええ!!」

えづく朝治、無論自分が普通の少年であることを印象付けるための芝居である。

 「おやおや、大丈夫かい?」

 「人を見てそんななられるとショックだな……」

 「何でそんな平然としてんだよ!? ていうか普通に喋ってる!?」

あの内臓むき出し少年は朝治のバイト先輩ということになるのだろうか。雇い主の大塚によるありがたきレクチャーが開始された。


 「心配しなくても君もいずれこうなれる。最初のうちは、腹を裂かれた痛みとヴィジュアルのショッキングさで、生き返ってもすぐにまた死んじゃう。

だけど、麻酔の力も借りて痛みに肉体を慣らしていくと次第に死の痛みに慣れてくる。すると、こんな風に内臓がむき出しになっても平気で生きていられるようになる。

こうやって繰り返していく内に、いかなる苦痛をものともしない強靭な肉体が出来上がっていくというわけさ」


得意げに説明する大塚を見つめる朝治の目は据わっていた。こいつは人の命を実験台にしか見ていない、生かしておくわけにはいかないと。


 「すっごいですね! 命を与えるってどうやるんですか?」

 「ああ、それは……」

 「賽子サイコパワーですか?」

大塚の先程までの温和な表情が一気に張り詰めた。朝治は大塚を睨み付けながら自分のサイコロを取り出す。

 「あんたが命を弄ぶクソ野郎ってのはよく分かったよ。あんたのサイコロ頂くぜ」

 「やれやれ……今回の新人君は面倒臭そうだな」

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