第13話 割り切れない思い
(お兄様、どうして……)
(美玖、いい加減メソメソすんなよ)
範一は自分の右手を切り落としていた。美玖と雄吾を置き去りにしたのだ。ライゲンは風呂敷包みの中に二人を隠して、ある場所に向かっていた。
「やれやれ。ま、あそこしかねえわな……」
そう、ある場所とは朝治の暮らすアパートである。蜂鐘家に右手を放置するわけにはいかない。さっさと朝治に渡して……
「誰あんた?」
背後から首を掴まれるライゲン。聞こえた声の可憐さと首を掴む手の力強さのギャップに困惑するライゲン。
(おい、ライゲン、どうなってる?)
(お兄様……)
「あれ? ひょっとして朝治くんの兄弟?」
((!?!?!?))
ライゲンを捕らえた少女は、美玖と雄吾に気づくとパッと手を離した。
「お前、なぜそれを……」
「朝治くんのことなら何でもお見通し!」
((助けて))
「朝治くん!」
初希がアヒルのぬいぐるみを抱えながら朝治の部屋(2階)の窓を叩く。朝治は手慣れた様子で窓を開けた。
「初希、それ何?」
「アパートの前でこの子がウロチョロしてたんだよ!」
初希がアヒルのぬいぐるみを床に投げ捨てると、ライゲンはプギュと声を上げた。
「あー……俺はライゲン、範一の……」
「きぃいやぁあああああ!! シャベッタぁああああああ!!」
「カマトトぶんな」
わざとらしく叫ぶ朝治の後頭部にパルポンが短い脚で蹴りを食らわせる。
「悪い、冗談だ」
「……そうか」
漂う微妙な空気。初希はいつの間にかいなくなっている。ライゲンは無言で風呂敷を広げた。
「それ……美玖と雄吾……」
「そうだ、範一が右手を捨てた」
朝治の瞳に影が差した。きっと影の底に隠したのは範一への怒り。打ち捨てられた右手を、左手でそっと拾い上げた。
「何があった?」
(お兄様、お兄様が……)
美玖は範一に捨てられたショックからか完全に平静を失っている。代わって雄吾がことの顛末を説明した。
「……マジかよあいつ最悪だな」
(お兄様を悪く言わないでください!)
(でもあんたら捨てられたんだよ?)
(姉ちゃん! やめなって!)
(確かにひでーけどさ、あいつはあいつで……)
「理由があればいいのかよ。大事な家族こんなに悲しませやがって」
長男への怒りをあらわにする次男坊、珍しく兄貴っぽいぞ。普段からこうだといいのに。そしてライゲンは遠慮がちにくちばしを開く。
「それで、提案なんだが、こいつらのことを頼めないだろうか? 範一のことも心配だ、二人だけを見ているわけにもいかない」
「勝手なこと言うんだね、お前がちゃんとパートナーを見てればこうはならなかったんじゃない?」
「何?」
パルポンが突っかかった。彼の本音としては朝治にこれ以上面倒事を抱えさせたくないと言ったところだろう。だがライゲンにしてもパートナーの一大事。結果、二人の間に火花が生まれた。
「お前がちゃんと見てないから範一はそんなになるまで抱え込んじまったんだろ? 何か間違ったこと言ってる?」
「偉そうな口を……お前のような甘ちゃんにあいつの何が分かる」
「僕が甘ちゃん? どういう意味だよ」
「よく言うぜ。ナビゲーターにもザクシア様の依怙贔屓でなった癖にな」
「違う! 僕はちゃんと実力を見込まれたんだ!」
「どうかな? ザクシア様はお前を文字通り猫可愛がりしてたからな」
「誰が猫だ、この……」
「いい加減にしろ、下らない」
朝治が静かに一喝するとパルポンとライゲンはしばし硬直した後、シュンとうな垂れてしまった。仲良くしようね!
「俺は別に構わない。2人も4人も大して変わらない」
「待てよ、朝治、これ以上は……」
「でも大事なのは、美玖と雄吾がどうしたいかだ。お前らはどうしたい?」
掴んだ右手に優しく問いかける。刻まれた目玉が宙を泳ぐ。
(……私、お兄様と一緒がいいです……)
「……そうか、雄吾は?」
(美玖がそうしたいなら俺もそうするしかねーだろ)
「優しいなお前は」
(ちょっと、あんたらさぁ……)
「雫月、いいじゃん、二人がこう言ってるんだから」
(でも兄ちゃん、僕も反対だな……)
「ずっと一緒だったもんな。ちょっと冷たくされたぐらいじゃ嫌いになれないよな」
(ぐすっ……はい……)
「じゃ、そういうことだから。こいつら範一のところに連れていってやってくれ」
右手を丁寧に風呂敷で包んでライゲンの背中にそっと乗せた。
「頼むぞ、ライゲン? だっけ」
「ああ。……任せてくれ」
ライゲンは出ていった。不安はあるが、範一のところへ美玖と雄吾を送り届ける。小さなアヒルは決意した……
「待ってくれ、ライゲン!」
引き留めたのは朝治だ。やはり不安定な状態の範一のところに美玖と雄吾を返すのを不安に感じたのだろうか……
「せっかくだしサイコロ振っていこう?」
「…………」
なるほど。美玖と雄吾のダイスに、朝治、雫月と陸、そして初希からぶんどった20面と合わせれば最大50の目が期待できるこれはビッグチャンス! ……は? なんて小賢しい男だ。
「……俺の感心を返せ」
「え? あ! ちょっと、ライゲン! ライゲンちゃーん! 待てってー!」
もはやライゲンに朝治の声は聞こえていない。否、聞く気がない。背中の風呂敷包に意識をやりながら静かにほほ笑んだ。
「やはりお前たちは、三位一体だ」
「ライゲンはなぜ怒ってしまったのか」
(あんた頭大丈夫?)
「なにゆえ!? 合理的な判断だろ!?」
(僕も、あれはちょっとないと思うな……)
「天使心は難しいなぁ……」
(こいつもう手遅れだわ)
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