第12話 理不尽

 「僕の右手、見て下さい」

 範一はんいちは意を決して蜂鐘はちがねに自分たちのことをすべて話すことにした。手袋を外そうとする指先は少し震えていたが。

手袋の下からあらわになった美玖みく雄吾ゆうごの瞳。蜂鐘は一瞬だけぎょっとしたが、二人の瞳をまっすぐ見つめた。

 「あの女装とか暴走族は……」

(心外だな、おい)

 「僕の妹と弟です」

右手を優しく見つめながら答える範一。こんなことを言ったら変に思われるだろうか。それでも範一にとっては厳然たる事実なのだ。蜂鐘は口角を上げながら頷いた。

 「それはいつからだ?」

 「生まれつきです。後、僕の本名、駒並範一です」

 「それは調べ済みだ」

何でもないように言う蜂鐘。範一はあっけに取られている。警察パねえ。

 「……弟と喧嘩でもしたのか?」

 「大体、そんな感じです」

 「そうか、気持ちの整理がついたらちゃんと帰って仲直りしろよ。それまでは居ていいからよ」

 「……いいんですか?」

 「凪もお前のこと気に入ってるみたいだしな」

幼女に気にいられるとは。範一、流石は曲者6人きょうだいの長男である。

(お兄様に幼女趣味はありませんわ)

(だからそういう意味じゃねえって)

 「あの子も寂しいだろうしな。お前がいてくれるとこっちも助かる」

蜂鐘が仕事に行っている間はずっと凪ちゃん一人だもんね。幼女には中々辛いだろうて。そういえばこのお家、お母さまが見当たりませんね。

 「あの、蜂鐘さん。つかぬことをお伺いしますが……」

 「ああ、皆まで言うな。……死んだんだよ、あの子が生まれてすぐにな」

範一は押し黙ってしまった。蜂鐘の妻は、凪ちゃんのお母さんは、すでに亡くなっていたのだ。悲しいね。娘ってだけで可愛いのに妻の忘れ形見とあればそれは……

 「……僕達と同じですね」

そうそう、そうだった。駒並きょうだいも親がいない。二人(心は6人)の出産と同時に母親は死んでしまったのだ。

 「その後、母の住んでた村で育てられて……」

範一は言葉に詰まってしまう。彼ら6人に、故郷ともいえるその村でいい思い出など一つもなかった。

 「無理に言わなくていい」

見かねた蜂鐘は範一を制止した。えー? 気にならないのー? ホントにできた大人だねこの人。

 「……ありがとうございます。でも、いつか絶対話します」

 「おう、楽しみにしとくよ」



 それから2か月ぐらい経った。結局範一は気持ちの整理がつかず自分の生い立ちを話せていない。まあ無理しなくてもいいじゃん。

 そして凪にも右手のことを話した。怖がられるかと心配していた範一であったが、杞憂だった。

 「すっごーい! もう一回、もう一回!」

 「あ、うん」

右手を目に当てるだけで早変わりする範一に興味津々。言われてみれば美玖に入れ替わった時もこんな反応だったか。

 「わー!」

 「まだやんのかよ……?」

美玖と雄吾が表に出て来るのは結構体力を使うのだ。しかし凪ちゃんの無邪気な瞳、人の良い範一たちは無碍にすることができない。朝治ちょうじ雫月しずきならちょっと疲れた段階で一蹴していただろう。

 「凪ちゃん、もう遅いですしお休みになった方が……」

 「すぴー……すぴー……」

(ありゃ、寝ちゃってら)


 凪ちゃんを寝室に運んだあと、情報収集のためにパソコンでニュースをチェックする範一。蜂鐘から自由に使っていいといわれている。

 「……変な事件は起こってないみたいだな」

範一は蜂鐘からの説教を受け、事件に首を突っ込むのは犯行に賽子サイコパワーが使われていると断定できる場合に限ることにした。

(ま、平和でいいじゃねえか)

 「そうだな。今日はもう休もうか」

すべて自分が背負う必要はない。範一はそう思い始めていた。自分の目が届く場所に、声が聞こえる場所に、自分を必要としている人がいれば助ける、それでいいじゃないかと。

 「美玖、雄吾、お休み」

(おう)

(お休みなさい)



……………………ルルル


 「……ん?」


……プルルルルルルルル!

 朝早くに目を覚ました範一。それにしてもうるさい電話だ。こんな時間に何の用だろうか。固定電話の液晶には「パパ」と表示されている。何だ、蜂鐘か。

 「もしもし、範一で……」

 『大変なんだ! 蜂鐘さんが!』

受話器から聞こえてきた声は蜂鐘のものではなかった。それにしても随分と焦った様子だ。

 「落ち着いて下さい、蜂鐘さんがどうしたんです?」

 『その……ナイフを持った犯人と取っ組み合いになって……それで……胸を……』


カチャーン


範一が受話器を落とした音だ。電話をしてきた刑事から蜂鐘が搬送された病院を聞いて玄関を飛び出した。



 「あのっ! 蜂鐘さんは……あぁ……」

集中治療室という名前の部屋。蜂鐘の顔にかけられた白い布。泣き崩れる蜂鐘の同僚。範一が状況を理解するのに時間はかからなかった。


蜂鐘は死んだのだ。


 なぜ彼が死ななければならなかった?


 これ以上僕達から何か奪うのか?


 やはり神の作った世界は理不尽だ。


(お、お兄様……?)

 「何だ?」

(あの……大丈夫、ですの?)

 「平気だよ。帰ろう、凪ちゃんも起きるころだ」





 「お兄ちゃん、おはよー!」

 「……おはよう」

 「どこ行ってたの?」

 「……凪ちゃん、お父さんはね……」

 「?」

 「……しばらく、お仕事が忙しくて帰ってこれないらしいんだ」

 「そうなのー? うー……」

 「…………大丈夫だよ。僕がいるから」

 「分かった! 凪も頑張る!」

 「凪ちゃんは偉いね、本当に偉いよ……」

 「えへへー」


また嘘を吐いた。


 蜂鐘を刺したのは、民家に強盗に入ったところを見つかり一家全員を刺殺して手配されていた男だ。蜂鐘が死亡してより3時間後、空き家に潜伏していたところを確保された。

 「ほら! 早く乗れ!」

 「畜生……」

手錠を掛けられた男は、取り押さえた警官を睨み付けながら護送車に押し込められた。人を殺しておいて身勝手な男である。

 「あいつ、よくも蜂鐘さんを……」

 「よせ、運転に集中しろ」

仲間が殺されたのだから彼らが怒るのも無理からぬことである。それでもきっちり送り届けなくてはならない。お仕事って大変だね。

 「仕事だからってこんな奴……」

 「その辺にしとけ……何!?」

次の瞬間、車内に血しぶきが飛び散った。犯人の男が頭から真っ二つに切り裂かれていたのだ。

 「ちょっ!? 一体何が!?」

 「いったん車止めろ! 何がどうなって……」


護送車から少し離れた場所には、左手に白い刀を握った少年が立っていた。


 「……完全排除する。お前のような理不尽は」


その少年には、右手がなかった。





 自分の考えが甘かった。

 甘えてはいけない。

 頼ってはいけない。

 この世界の理不尽は、

 僕がこの手で完全排除しなければいけない。

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