第11話 長男

 「おい、範一はんいち

 ライゲンが小声で呼びかけてくる。随分となぎのことを警戒しているようだ。

 「大丈夫、凪ちゃんなら学校だよ」

それを聞くとライゲンはほっと息をついた。で、ライゲンはと言うと、音楽関係者が立て続けに殺害されている事件について調査をしてくれていたのだ。なんて協力的。

 「殺された連中、全員同じ殺され方だった。右耳から左耳にかけて頭蓋骨ごと、チクワみてーに貫通してたんだと」

 「他に目立った外傷は?」

 「特に。凶器も見つかってない」

(そんな細い針みたいなので頭蓋骨ごと貫通したってのか?)

(しかも凶器の痕跡を残さずに……)

 「……賽子サイコパワーか」

ライゲンは短い首を黙って縦に振った。範一は天井を見上げながら大きく息を吸い込んだ。

 「……なら僕達がやるしかない」

(ま、そうなるわな)

蜂鐘はちがねに釘を刺されたことなどすっかり忘れて、範一は事件解決に乗り出すつもりだ。だが、犯人が賽子サイコパワーを使っているとなれば、警察よりも範一の方が適任だ。

 「犯人捜しはどーすんだ?」

 「警察がすぐに突き止めるだろうが……危険だな。僕達で先に見つけないと」

 「そう言うと思って……」

範一の前に大量の雑誌がばらまかれた。被害者のインタビューやコラムが掲載されていた雑誌が一通りそろっている。

 「かっぱらってきたぜ」

 「ありがとう、ライゲン」

やはり彼は優秀なナビゲーターだ。でも盗みはダメだよ!


 「これ、どう思う?」

 ライゲンが集めてくれた雑誌を読み漁っていた範一。夢中になりすぎて危うく凪ちゃんのご飯を用意するのを忘れそうになってしまうほどだった。しかしその甲斐あって、殺害された人たちの共通点を見つけられた。

(同じ奴のことディスってんな)

被害者は全員、記事の中で若手ピアニスト・月島陽斗つきしまはるとを批判していた。人気と実力を兼ね備えた男なのだが、素行に問題があり、品位や伝統を重んじるタイプにとってはまさに目の上のタンコブ。批判もしたくなるだろう。

 「さしずめ、過激なファンの逆恨みってところだろうな」

範一は瞳の奥を薄暗く燃やしながら重々しくつぶやいた。逆恨みは範一たちが最も嫌う種類の憎しみだ。

(ですがお兄様、彼に批判的な評論家など大勢いますわ)

 「そうだな……ライゲン」

 「はいはい、リストだろ」

仕事が速いぜ。月島を批判した評論家を一覧にしてまとめてくれていた。

(多いなー)

 「虱潰しに当たるしかないか……ライゲン、彼らを全員同時に監視することは可能か?」

 「ちょいと骨が折れるが、盤内から観察すれば何とか」

(ですがそれで間に合わなかったら……)

(……俺の出番ってことだろ?)

 「ああ。頼むぞ、雄吾ゆうご


 ライゲンは魂のみを盤内に移動して待機している。盤内のナビゲーターは、盤外の賽子パワーの揺らぎを観測してパートナーに伝えることができる。マスブロッカーとの戦闘は盤外で行われるので、他の参加者の戦闘に巻き込まれないようにするための措置だ。

要するにライゲンがやろうとしているのはその応用だ。リストの人間の居場所で揺らぎが発生すれば、そこが犯人の居場所だ。揺らぎを見つけ次第範一に伝えて駆けつける。力技だがこうするしかない。

 「範一! 見えたぜ!」

 「了解」

ライゲンからの報告を受け、右手の平で両眼を押さえる。雄吾に交代だ。5の面を押し当てられたライゲンの抜け殻は、アヒルの形をしたスクーターに変化。おまるみたい。

 「……これ、デザインどうにかなんねーかなぁ」

 『うっせぇ、文句言うな!』

わざとらしく顔をしかめながらサイコロを天井に投げる雄吾。6の目!

 「6速! 道案内頼むぜぇ!」

アヒルのスクーターはスピード全開フルスロットルで走り出した。




 「ひぃい! た、助けてくれ!」

 「お前のような耳の腐った奴は、俺の世界に必要ない」

 宮殿のような邸宅の一室。背の高い精悍な顔立ちの青年が白髪の紳士を見下ろしていた。青年は右手の薬指に巻き付けた太い糸をピンと引っ張った。

 「その使い物にならない耳、今ここで壊してやろう」

糸の先端を老紳士の右耳に押し当てる。青年は薄ら笑いを浮かべていた。

 「や、やめ……やめて……」

 「聞く耳持たん」

青年は糸に賽子サイコパワーを込める。老紳士、危機一髪!


パリーン


部屋の窓ガラスが勢いよく砕け散る。高そうな大理石の床に真っ黒なタイヤ痕が曲線を描いた。

 「これはこれは……まさか月島陽斗ご本人とはね」

 「……お前は誰だ」

 「あんたの追っかけだよ」

雄吾、ギリギリ間に合った。カッコよく登場したがスクーターはアヒルの形だ。

 「ほう、俺のファンか。どれサインでも……」

気分良さそうに話す月島の横を無関心に通り抜けていく雄吾とアヒル。失神している老紳士を拾い上げて部屋の外に放り出した。

 「あ? サイン? 俺はバイク便じゃねえぞ?」

 「俺をバカにしやがって……!」

賽子パワーのこめられた糸を雄吾に向けて伸ばしてくる。雄吾は大きく前輪を持ち上げるとそのまま糸の上にアヒルごと乗って見せた。

 「これで近づけるなぁ!」

 「な……ま、待て! この……」

器用に猛スピードで糸渡りしてくる雄吾、もはや月島に逃げるすべはない。

 「ひき逃げアタック、6速!」

 「グぅおおおお!!」




 今回の事件は批判された逆恨みというのには違いなかったが、まさか月島本人だったとは。範一はひどく失望した。

 「やるせないですね、才能のある人が力に溺れて我を失ってしまうのは……」

 「ああ、そうだな……ってそうじゃねえよ!」

捜査も一段落して家に戻ってきた蜂鐘が吠えた。実はあの後──


 「ひき逃げアタック、6速!」

 「グぅおおおお!!」

 「これで一件落着……」

 「動くな! 警察だ! ……ハジメ?」


首を突っ込んだことがバレてしまったというわけだ。その後取り調べを受けたりしたが無事に解放された。

 「お前なぁ……大人しくしてろって言ったろ」

 「……居ても立ってもいられなくて」

 「何だってそんな……こういうのはおまわりさんに任せとけばいいんだよ」

 「僕はただ、この世界から理不尽を排斥したくて……痛ッ!」

範一の額に蜂鐘の強烈なデコピンが炸裂する。蜂鐘は呆れ顔でハジメを見つめていた。

(お兄様に何をしますの!?)

(美玖、落ち着けや)

 「生意気言ってんじゃねえよ。上手に大人に甘えんのが、賢いガキの生き方だぜ」

 「でも僕が甘えるわけには……」

 「さてはお前長男だろ? 大人なんかおだてて乗せて利用するぐらいの気持ちでいりゃいいんだよ。そのための生き物だからな」


範一はその時初めて大人を頼ってみてもいいと思えた。大人に裏切られてすべてを失ったきょうだいの長男が、再び希望を取り戻したのだ。


──だけど


嘘をついたままではいられない。この人にならすべてさらけ出せる、そう思えた。

(お兄様がそうしたいなら)

(美玖に同じ)

範一は意を決した。



 「蜂鐘さん。俺の右手、見て下さい」

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