第8話 六つ目の双生児
二人暮らしの6人きょうだい。長男・
「範一、もう部活決めた?」
「ああ、物理研究部にする」
二人は今日から高校生だ。部活は学生生活の華、慎重に選びたいところ。しかし範一は直感で選んだ、そこが自分の求める部活だと。
「えぇ、何それ? もっと普通のにしようぜ~」
朝治の意見ももっともだ。そんな部活に入った人間が平均的な青春を過ごすのは至難の業だろう。…………という朝治の偏見。
「お前も入る必要はない。それともお兄ちゃんと一緒じゃないと寂しいか?」
「はぁ~? 数秒先に出てきただけの癖に兄貴面とかマジウケるんですけど~」
(ははっ、それあんたが言う?)
(姉ちゃん、僕たち出てきてすらないから)
朝治の左手には生まれつき、妹の
「陸の言う通りだ! 雫月は俺へのリスペクトが足らん!」
「仲良さそうで何よりだ。朝治、古典力学は良いぞ」
ここにも物理バカが一人。
「勧誘すんなし」
(朝治は範一と違って頭わりぃんだからそりゃ酷だぜ)
(そうです、範一お兄様)
そして同様、物理バカ範一の右手にも妹の
「ふっ、そうかもな」
「美玖、雄吾! なんか失礼なこと言ってるだろ!?」
正解。だが、たとえ失礼でも真実は真実である。
「まあまあ。よし、今日の夕食は僕が作ろう」
((うげぇっ!?))
(お兄様、私と代わって下さい!)
(そーそー! 範一学校で疲れてんだろ!?)
「そう言うな。新しい仮説を立てたんだ」
「それ一番ダメなパターン!」
(朝治、何とかして!)
(僕たちもうおしまいだ……)
範一が料理をすることは、大雑把に言うと貴重な食料資源の浪費だ。実験と称して独創性のある味付けをするせいでとても食えたものではなくなってしまう。だから弟たちは止めるのに必死だ。朝治は外から、美玖と雄吾は中から。
「マジでお前余計なことすんな。食べ物が可哀想だ」
「朝治、科学は多くの実験を礎にして発展してきた」
(料理は科学じゃねぇんだよ!)
(お兄様、途上国には食糧難で苦しむ子どもが沢山いますのよ?)
「お前ら何で……」
「お前の料理マズいんだよぉ!」
(キャー、言っちゃったー!)
(兄ちゃん、包もうよ……)
はたから見れば異様な光景かもしれない。でもこれが彼ら6人の日常なのだ。平穏で、幸せな……
『おめでとう。君たちは次の神を決めるスゴロクへの参加権を得た』
日常というのは簡単に崩れ去るものである。6人が暮らす部屋に突如現れた6個のサイコロ。そして自らを“ゲームマスター”と名乗る男。
「はぁ? お前何者だよ!」
『ゲームマスター・
「…………どういうことだ」
次の神を決める戦いへの参加権という降って湧いたビッグチャンス。しかし範一と朝治はあまり興味がなさそうに見える。どうした物か。
『言葉の通りですよ。このゲームの勝者が、新たな創造神となり思うがままに世界を作り変える力を手に入れる』
「……なるほどな」
「おあいにく様! 俺達は神様って奴が大ッ嫌いなんだよ!」
おやおや、欲深い人間ならすぐにでも飛びつきそうなものなのだが。相当強い恨みがあるみたいだね。
「さっさと消えろ! 俺達は参加しない! だろ、範一?」
「…………いや、僕は出る」
『ご参加、ありがとうございます』
結局出るのか、それでこそ範一。しかし朝治はそれが気に入らない。顔の目玉をひんむいて範一に掴みかかった。
「お前、神って奴が俺たちに何したのか忘れたのか!?」
「もちろん憶えている。忘れられるはずがない」
「だったらどうして……」
「神が完璧でないなら、僕がなる。賽を振らない神に」
あっけにとられる朝治をあっさり突き飛ばして
『あなたは、どうしますか?』
「俺は……俺は……」
『まあ時間はたっぷりあります。しっかり考えて下さいね』
「ふざけるなぁあああ!!」
朝治が振りかざした拳は
「朝治」
無様に床に倒れ込んだ朝治を範一が見下ろす。
「お前達は今まで通りここで暮らせ。僕達は出ていく」
3つのサイコロだけを握りしめて、6人の部屋から出ていこうとする範一たち。範一は知っていた。朝治の“普通”への尋常ならざる執着を。
「何でぇッ……、何でだよッ……!」
右の拳を何度も床に叩きつける朝治。拳が割れて血が流れ始める。左の拳を打ち付けようとしてしまったところでようやく動きを止めた。
「雫月……陸……」
(いったん頭冷やしなって。範一の気持ちも察してあげなよ)
「……俺の……ために……?」
朝治も気づいたようだ、範一の真意に。範一は知らなかった。その選択が朝治を駆り立てることを。
『答えは出ましたか?』
「……ああ。俺は普通に暮らしたい」
『そうですか…………しかしあなたにはぜひとも参加していただきたく……』
「最後まで聞け。俺はどうやら神様に嫌われてるらしい、このままじゃ絶対普通にはなれない。……だから、このゲームに勝って、その神様とやらをぶっ殺す。平穏は、普通は! 俺が自分の手で切り拓いてみせる!!」
『……………………ご参加、ありがとうございます』
「また放火か……」
黒焦げになった民家を見つめながらスーツ姿の刑事がぼやいた。近頃連続放火魔が幅を利かせているようだ。警察もその手掛かりは全くつかめていない。
「ま、死人がいなかったのが救いだな」
「うわ、よくここでタバコ吸えますね」
「はは、すまん、すまん……あれは……」
吸殻を携帯灰皿に落とす刑事の視線の先を一人の少年が通り過ぎる。彼の長年培ってきた直感がささやいていた。あの少年は何か知っている。思い立ったら即行動。さっそく尾行を開始した。
「あのガキ、何だってこんなところに……」
歓楽街の裏路地、どう見ても高校生かそこらの少年が夜更けに来る場所ではない。建物の隙間の狭い道で彼は立ち止まった。
「お前、そこで何をしている?」
バレたか? 刑事は一瞬焦ったが違ったようだ。少年はガリガリに痩せこけた目つきの悪い青年と対峙していた。
「何だぁ、ガキぃ……?」
「お前が連続放火魔だな」
何!? 警察が全力を挙げても足取りすら掴めなかったというのになぜあのような子どもが……彼は長年培ってきたプライドをズタボロにされた気分だった。
「だったらどうするってんだよぉ!?」
「お前のような理不尽を、この世界から排斥するのが俺の願いだ」
「寝ぼけたこと抜かしてんじゃねぇぞ、このガキがぁ~!」
放火魔がナイフを構えて少年に突進する。マズい! このままでは……しかし少年は驚くほど冷静だ。
「どちらが寝ぼけているか……悪いが夜明けまで待つ気はない」
いつの間にか少年の左手には白い刃の刀が構えられていた。刀の鍔の部分をクルクルと回す。
「1、か。十分だな」
「何が十分だ、ってんだぁ~!?」
「──
何が起こった? 次の瞬間、放火魔の男は頭から真っ二つに切り裂かれていた。
(……お兄様)
「分かっている」
刀が少年の手から消滅すると、少年は刑事のほうに向き直った。
「お前、そこで何をしている?」
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