第7話 こうどなじょうほうせん

 「……りょう、あの後大丈夫だった?」

 人格破綻者・駒並こまなみ朝治ちょうじにも、100%自分の過失で自宅をズタボロにされた友人を気遣うだけの良心は残っていたようである。

 「ああ、うん。修理費もそんなにかからないから大丈夫って言ってたよ」

了のお父さん、いや、お父上は何と寛大なお方なのであろうか。そうとうフトコロがハートウォーミングなのであろう。朝治と雫月しずきがご迷惑を。

 「いやー、それにしても昨日は参ったよ」

 「ああ、あれは完全に俺の責任……」

 「賽子サイコパワーの考察資料消失しちゃってさ。もうちょっとで何か閃きそうだったのにー!」

 「え、そこ?」

物理バカノルマ達成。彼が賽子サイコパワーの謎を解明できる日は来るのだろうか……来ないだろうな。

(寛大だねー)

(姉ちゃんも反省しようよ……)

(え? 朝治のせいじゃん?)

(姉ちゃんだって必要以上に暴れてたでしょ!?)

(でもあのままじゃあいつ殺されてたわよ?)

(それでも限度ってものが……)

(お前ら人の左手で喧嘩すんな!)



 「……さて、お前ら。俺達は新たな仲間、20面ダイスを手に入れた。こりゃ出るぜ、ドデカい目がな!」

(うん、そうだね)

(やるわよ~)

 「希望を込めて……ダイスロぉおおおおおおル!!」

 これは大きなアドバンテージである。もう雫月が手加減することもない。このダイスロールは期待できそうだ。5! 4! 6! 13! 合計28!

 「いいじゃん、朝治!」

 「よし! 奇跡の大逆転へ、記念すべき一歩だ!」



ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド




『1万年に一度の大氾濫。あなたは下流の村に打ち上げられてしまった。100マス戻る。』

 「え」

足元のマスが不穏な音を立てる。その刹那、大量の水が位置エネルギーを運動エネルギーに変換しながら朝治を飲み込んだ。大洪水だ。

 「うぎゃあああああああああ!! いぃやだぁああああああああああ!!」

マス目に書かれたイベントは現実のものとなって止まった者に降りかかる。100マス戻るなら単に100個前のマスにワープさせればいいのだが、ゲームマスターの遊び心である。ちなみに朝治はカナヅチだ。

(やっぱりここのゲーマス頭おかしいね)

(まあマス目イベントで死ぬことはないから安心っちゃ安心だけどね)

 「俺の体だと思って好き勝手あばばばばばばば!!」

──────────────────

 「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」

(朝治の運をどうにかしないことには……)

(サイコロ増やしても無駄だね……)

 「くっ……言い返せない……!」

びしょ濡れになった朝治にパルポンがタオルと着替えを持ってきてくれた。かわいい。

 「災難だったな。ちなみに1マス前は200マス進むだったそうだ」

 「それ先に言ってぇ!?」

 「しょうがないだろ、未通過マスの情報は教えられないんだから」

体をゴシゴシ拭きながら朝治は顔を歪めた。とても悔しそうだ。

 「クッソ! せめて先のマスの情報が分かれば……!」

 「これは独り言だけど、“参加者同士”で情報共有する分には、問題ないみたいだぞ?」

 「……パルポン!」

(かわいい……)


 「朝治くんビリケツだったの!?」

 「……そうだよ」

 決まりの悪そうな朝治、好きな子にカッコ悪いところを見られたくないという青い虚栄心だろう。しかしこれでいいのだ。ビリということは他の参加者は全員朝治がまだ踏んでいないマスの情報を知っているということなのだから。

 「ちなみに、初希はつきは失格前何位だった?」

 「2位だよ!」

Vサインを突き出しながら明るく答える。これは僥倖。元2位とあればかなり先のマスまで情報が得られる。朝治の喉元には男のプライドのようなものが引っ掛かっていたがそんなものにかまっている場合ではない。

 「マスの情報を……! くぅっ……! 教えてくれ……!」

 「いいよ」

この温度差よ。初希はちょっと待ってねと言い残して自宅へ戻っていった。待つこと1時間弱。彼女はナビゲーター、いや彼女はもう失格しているから“元”というべきか。元ナビゲーターの天使とともに戻ってきた。

 「こちら私のナビゲーターのギャツラーさん!」

 「初めまして。あなたが初希様の意中の方ですか」

恭しく首を垂れるギャツラー。左目にモノクルを付けて燕尾服を身にまとった背の高い老紳士である。天使には彼のような人型ももちろんいる。

 「貴様ら一刻も早く中に入れ!」

 「いかがなさいましたか?」

 「目立つだろ! 気を付けろよ!」

朝治は大慌てで彼らを自室に押し込んだ。朝治は好奇の目を向けられるのを嫌う。ギャツラーの頭、どう見てもヤギそのものなのだ。ヤギ頭の男が部屋の前に立っているとなればそれは当然焦るさ。

 「……で、ギャツラーさんだっけ? マス目の情報教えてくれるんだよな?」

 「はい、私はもうナビゲーターではありませんから、教えても何の問題もございません」

参加者が失格した場合、相棒の天使もナビゲーターの刺客を失う。その後は天界に帰るのも自由なのだが、ギャツラーは初希を気に入ったようで、そのまま下界に居座り続けているというわけだ。

 「初希様が通ってこられたマス、その情報は初希様のダイスに全て記録されております」

 「マジで!?」

初希からぶんどった20面ダイスを見つめる朝治。この小さなサイコロにそんな情報が眠っていたとは……。パルポン説明しとけよ。

 「どうやったら見れるんだ?」

 「少しお借りしても?」

渋りながらサイコロを渡す朝治。もともと彼らのだぞ。ギャツラーがサイコロの1~20の面を順番に叩くと、空中にホログラムのようなものが表示される。これが初希が歩んできた軌跡だ。

 「これならいけるぜ……追いつける……範一はんいちに!」




(狙った目出さないと意味ないの気づいてないのかしら?)

(兄ちゃんのことだから多分気づいてないと思う……)

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