第6話 命知らずな願い

 「おい、起きろ」

 雫月しずきはひとしきり暴れてすっきりしたら引っ込んでしまった。はた迷惑な女である。朝治ちょうじは気を失ったウェンディ―ヌの頬をペチペチ叩いている。

 「……ぅはっ! 生きてるぅ……私生きてるよぉ……」

 「よし、お前のサイコロ寄越せ」

目を覚ましたばかりの少女に容赦なく自分の要求を押し付ける朝治。

 「ダメだよ、いくら朝治くんの頼みでも……あ」

(やっぱりあんた初希はつきちゃんか)

その通り! 二十の顔を持つ少女ウェンディ―ヌの正体とは、朝治たちの幼馴染・新渡戸にとべ初希はつきなのである!

 「おかしいと思ったぜ。俺のこと『朝治くん❤』何て呼ぶ女はお前しかいないからな」

(ハートマークは付いてなかったと思うよ……)

 「初希、どうしてりょうを襲った?」

 「朝治くんが言ったんじゃん……昨日の爆発の犯人は一石かずいしくんだ、って……」

何ということだ。噂が過激化しすぎたことが原因で、自分の責任はそこまで大きくないと思っていた朝治。まるっきり朝治が原因ではないか!

 「ダメだろ、噂を鵜呑みにしたら!」

こいつはどの面下げて説教しているのか。

 「とにかくこの件と了は無関係なんだ。あいつはただの被害者だよ」

グスグス泣いていたウェンディ―ヌ改め新渡戸初希。朝治の言葉を聞くと泣き止んで顔を上げた。


 「朝治くん。私に嘘吐いたの?」

 「え。」

ついさっきまでベソかいていたとは思えない殺気を放つ二十の顔を持つ少女。

 「ひどいよ、私は朝治くんの平穏を守るために戦ってきたのに」

 「なにそれ、えっ、いや、その、それは、」

つらら針のような初希の視線にたじろぐ朝治。彼の心は恐怖の感情が支配していた。おかしい、さっき倒した相手のはずなのに。

 「信じられない……最低だね朝治くん」

この男が最低であるのは疑いようもない事実だが、彼女の怒りの矛先は少しずれているように見える。

 「私ずっと頑張ってたんだよ? 朝治くんが普通に暮らせるように」

 「初希……お前……」

 「危険分子がいれば朝治君に近づく前に摘み取ってきた」

 「ん?」

 「そのために一日中朝治くんのこと観察してた」

 「んん??」

 「それも全部朝治くんと私の幸せな生活のため……」

 「ちょっと待って!?」

自分の平穏を望んでくれる人間がいたことに少ししんみりしていた朝治であったがすぐに危険を察知した。

(はははっ! モテル男はつらいねぇ!)

(兄ちゃん、この人ヤバいよ!)

朝治の困惑を察した初希はすぐにフォローを始めた。

 「それにね! もちろん、左手の人たちも含めて受け入れるよ!」

((なっ!?))

 「何でそんなことまで知ってんだ!?」

人差し指を唇に当てて艶めかしい表情を浮かべる。朝治はいろんな意味でドキドキが止まらない。

 「朝治くんのことなら、何でもお見通し❤」

その時兄弟の心は名実ともに一つになった。

(((誰か助けて)))


 朝治は初希を自室に招き入れた。しかしそこに青春のトキメキが介在する余地は一切存在していなかった。

 「お前の気持ちはよく分かった。ダイスをよこせ」

 「絶対にイヤ!」

二十面ダイスを固く握りしめる初希。貴重なダイスを是が非でも手に入れたい朝治たち。交渉は難航していた。

 「俺のこと好きなんだろ? だったらくれよ」

ヒモ亭主のようなセリフを口走る朝治。初希は当然断固拒否だ。

(こーなるなら気絶してる隙に勝手に奪っとけばよかったね)

(それはダメだよ……)

陸は比較的まともな感性を持ち合わせているのだが今回はそれが災いした。きちんと交渉したうえでサイコロを貰うというのは“盤外乱闘でぶっ潰しちゃおう大作戦”に最後まで消極的だった陸への妥協案なのだ。

 「初希、お前にとっても悪い話じゃないだろ? このスゴロクは命がけだ、早いとこ抜けた方がいい」

ルールの第4項だ。

死亡者及び振れるサイコロの数が0となった参加者は失格とする。

逆に言えば、死ぬかサイコロの紛失以外での離脱は認められない。だが朝治は知っていた。このサイコロは捨てても戻ってくる、持ち主の賽子サイコパワーに引き寄せられるのだ。つまり実質的に死ぬこと以外では抜けることができないということだ。

 だが、使用者の賽子パワーとサイコロのつながりが切れた状態で“上書き”すれば?雫月の力を使えばそれが可能であった。

 「頼むよ、初希。お前も俺の大事な“日常”だ」

我ながらいい落とし文句ではないかと悦に入る朝治。しかしそれでも揺るがない初希。

 「これがないと、朝治くんを守れないもん……」

初希はずっと見てきた。平穏とは決して相容れない自分を必死で日常とすり合わせようとする朝治の姿を。彼女は決めたのだ、そんな朝治を影から支えようと。

(いじらしいねぇ)

(僕ちょっと感動しちゃった……)

(お前ら単純が過ぎるだろ!?)

 「初希」

 「ヤぁ~ダぁ~!」

子供のように駄々をこねる初希。本来駄々をこねているのは朝治の方なのだが。

 「普通に暮らしたいんでしょ!? だったら朝治くんの方がやめればいいじゃん! 私が神様になって朝治くんに都合のいい世界を作ってあげるからぁ~!」

何とも魅力的な提案。しかし、少なくとも朝治たちはそう感じなかったようである。

 「確かに俺は普通に暮らしたい。……でもその前にやらなきゃいけないことがある」

 「何よ? それがそんなに大事なの?」

 「ああ。今の神様ぶん殴って文句言ってやりたいんだ。『テキトーに世界作りやがって』……ってな」

 「それだけのために?」

 「それだけだ。神様なんかヌッ殺してやる。神のいない世界で、自分の力で平穏への道を切り拓いてみせる」

朝治の恩知らずな願い、偉大なる創造神への殺害予告。初希は目の前の男を計り違えていたことを自覚した。彼の言う平穏とは、初希が思うよりずっと果てしなく険しい道のことだったのだ。


 「お前の力、俺に預けてくれないか?」

 「……分かったよ。死んじゃダメだよ!」

 「お前を遺して死ねるもんか」

((えっ!?))

サイコロを受け継ぎながら告白めいたことを口走る朝治に弟妹は驚愕した。

(あんたトキめいちゃったの!?)

(兄ちゃん【何もかも平均的な女の子】が好きって言ってたじゃん!)

(いやぁー、こうもストレートに好意ぶつけられちゃうとさぁ……)

((お前が一番単純じゃん!))

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