第5話 女の子は耳年増

 「“二十の顔を持つ少女ウェンディ―ヌ”……?」

 雫月しずきが耳にしたという都市伝説のことである。耳も同じものを使っているはずなのになぜ情報量に差があるのか。答えは明白。朝治ちょうじりくがボーっとしているからである。

(道端でちょろっと聞いた程度だけどねー)


二十の顔を持つ少女ウェンディ―ヌ。

 彼女はこの街を闇の中から見つめる。平穏を乱す種を。そして異常の花が咲くとき、彼女は散華をもたらす突風となる。ある時は天真爛漫な女子学生。ある時は冷静沈着な女子学生。ある時は勝気な女子学生。またある時は……


 「ちょ、ちょっと待って、ちょっと待って」

(ん? 何さ、せっかくノッてたのに)

 「女子学生ばっかりじゃん。二十面相ってもっとこう……」

(そりゃそうさ。彼女は怪人二十面相じゃなくて、二十の顔を持つ少女だよ)

 「納得いかない……そんな一点特化なモンなの?」

(彼女が現れるのは満月の夜だ)

 「あっ、無視された」

(えっ、今日って満月じゃん!)

(そだねー)

 「平穏を乱す種……異常の、花……」

(……!)

(急がないとまずいんじゃない?)

 「パルポン! りょうの居場所を調べてくれ!」

 「何かつかんだみたいだな! よっしゃ、任せとけ!」


 「爆弾魔・一石かずいし了。お前はここで散らせる……」

 了は目の前の人間の威圧感に思わず腰を抜かしていた。しかしそこにいるのは屈強な大男などでは決してない。一人の小柄な少女である。彼女こそが、ウェンディ―ヌその人である。

 「爆弾魔って何の話です……ひぃっ!?」

了の耳元を桜色の光球がかすめていく。了の自宅は新築なのだが壁に大きな穴が開いてしまった。了のお父さん、ドンマイ。

完全なる勘違いなのだが、ウェンディ―ヌは了の言葉を聞こうとはしない。どう考えてもちゃんと聞いた方がいい。

 「とぼけるな。“彼”の平穏はこの私が守る」

彼女の左手の上で桜色の光球が閃光を放つ。

 「ちょっと待って、話を……」

 「弁解なら地獄で聞いてやる」

投げつけられた光球は真っすぐに了の胴体へ向かっていく。

近所迷惑な轟音とともにモクモクと煙が立ち上る。おお了よ、死んでしまうとは情けない……ん?

 「へぇ、“彼”って?」

煙の中から了をかばって現れ出でたのは朝治……ではない。顔立ちはそっくりだが。腰まで伸びた長い髪を揺らしながらウェンディ―ヌに歩み寄っていく。朝治とは似ても似つかぬ優雅な立ち振る舞いである。

 「──!? 朝治く……何だお前は」

 「あんたが噂の女の子? このサイコロ何か分かる?」

右手につまんだサイコロを見せびらかすと、少女は目を見張った。了は蚊帳の外だ。

 「お前も参加してるのか……」

 「お前“も”ってことはそういうことだよね。パルちゃん!」

サイコロの“4”の面をつつきながら呼び掛けるとサイコロからパルポンが飛び出してきて肩に飛び乗る。

 「もちろん行けるぞ! 今日は雫月か!」

 「頼むよ、パルちゃん❤」

4の面がパルポンに押し付けられる。すると何ということだろう、パルポンはその愛くるしい姿を捨てて、深紅の刃の大鎌へと変化したではないか!

 「何だあれ……質量保存はどうなって……」

安定の物理バカ。

 「何それ、ねえ何それ!?」

 「素敵で……しょ!」

雫月が振り下ろした鎌はウェンディ―ヌをすり抜けて、ローンが20年残っている家の床を切り裂く。家主が見たら顔を真っ青にするだろう。ウェンディ―ヌも別の理由で真っ青になった。

 「何て切れ味……!」

 「逃げられちゃったぁ! もっと楽しませてよ!」

(殺すなよー)

 「善処するよっ!」

雫月が力任せに振り回す鎌は、壁を、天井を、扉を、本棚を、片っ端から切り裂いていく。

 『雫月! 切り応えがない、こいつなんかあるぞ!』

 「分かってんだけどさぁ……ははははは! 止めらんないよ!」

お気の毒に、一石家の皆様、心中お察しいたします。そしてパルポンの賢明な推察通りである。ウェンディ―ヌは賽子サイコパワーを使って肉体を霧状化しているのだ。

 「けへへ……だったらさぁ、もう出すしかないよ! 朝治、陸! 振るよ!」

(はいよー!)

(あの人大丈夫かなぁ……)

 『3!1!1! やる気あんのかお前ら!』

 「いや!? こりゃいい! 死神舞─」

雫月からどす黒いオーラを感じるウェンディ―ヌ!

 「させるかぁあああ!!」

霧状化していた右手を一時的に実体化して彼女自身のサイコロを取り出す。ほう、20面ダイスとは珍しい。さてさて出目は──19! 彼女持ってるねぇ!

(何あのサイコロ!? ズルッ!!)

 「だからこそ貰っちゃおうよぉ!」

雫月が鎌を振りかざして飛びかかる、その表情は死神そのものだ。しかしウェンディ―ヌもいい目を出した、19発の光球で……

 「体がッ……」

 「まずは1本! あんたに杭が打ち込めるようになるの待ってたよ!」

先端の鋭利な木杭がウェンディ―ヌの右手を壁に突き刺していた! 彼女を実体化させるためにハッタリかましていたのだ! 雫月、意外と冷静! そして当然、杭が突き刺さった壁には大穴が!

 「向こうの出目は関係ないね! 4で十分! “死神舞―妖精の誘いフォース・オブ・デス”」

体軸にそって一撃、さらにそれに直交するようにへその辺りにもう一撃! ウェンディ―ヌの体はバッサリきれいに4つ切りにされた。


(……って、いやいや! 何してんだよ!?)

 「安心しろ峰打ちだ」

(鎌で峰打ち……)

4つ切りにはされていないのでご安心を! 雫月の大鎌は触れた相手の賽子サイコパワーを“殺す”。つまりウェンディ―ヌは生きていれども、しばらくは賽子サイコパワーを使えない、というわけだ。

 うつ伏せに倒れたウェンディ―ヌの背中に片足を乗せ、伸びをしながら大破した天井から降り注ぐ月光を見上げた。青白い月光が映えるのは美しさゆえの特権であろう。

 「月もしたたる……ってか?」

(陸、意味分かるか?)

(いやぁ……)

 「私がいい女、って意味さ」


 そう、雫月は女の子なのである!

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