第4話 人格者・駒並朝治

 「朝治ちょうじくん、おはよ!」

 朝治が玄関を出ると元気のいい女の子の声がアパートの廊下に響く。視線を少し下に向けると背の低いツインテールの女子が立っていた。この女子は朝治のアパートの向かいにある立派な一軒家の娘さんだ。

 「初希はつき……一人で行っててよかったのに」

 「だって寂しいんだもん!」

(他に友達いないのかな?)

(ちょっと、失礼だよ!)

聞こえていないからって平気で失礼なことを言う。雫月しずきはこういうやつだ。朝治は黙って右手の人差し指を左手の甲に突き刺した。

(痛たっ!)

 「それより聞いた? 昨日物理室で爆発があったんだって!」

 「マジデー? 物騒ダナー」

原因は紛れもなくこの男なのだが、隣を歩く初希はそんなこと知る由もない。

 「ホント! ちょっと怖いよね、最近いろいろ事件も起こってるみたいだし……」

 「物研の連中何してたんだろうなー」

こともあろうにこの男、自分に疑いの目が向くことを避けるために友人を利用した。朝治は心の中でりょうに謝罪したが、もう彼女の疑いは完全に物理研究部副部長・一石かずいし了に向いている。

 「一石くんならやりかねないね……」

 「まったくだ、あの物理バカは……」

(兄ちゃん! 了くんに悪いよ!)

(ホント最低のクズ野郎だね)

朝治は左の拳を握りしめながら手の甲をバックルに押し付けた。

((うぎゃぁああああ!))


 「じゃ、また放課後!」

 「うん」

 下駄箱で別れてそれぞれの教室に向かっていく。朝治にとって何てことのないいつもの朝だ。どうやら昨日のことが朝治の仕業とはバレていないらしい。平均的な人間として一日を過ごせることが朝治にとって至上の喜びである。

(で、どうだい朝治。普通の高校生としては、彼女とか、いた方がいいんじゃな~い?)

 「どういう意味だよ」

(とぼけんなよぉ~! 毎日朝っぱらからイチャイチャとさぁ~)

雫月に茶化されるが、朝治にそれは無理なのである。

 「少なくともお前らが独り立ちするまでは無理かな!」

そう、こいつらのせいである。肉体を共有する都合上お互いの考えていることはすべて筒抜け。家族に色恋沙汰をすべて監視されるというのが思春期の少年にとって耐えがたい恥辱であることは想像に難くないと思う。

(こいつらもうちょっと大人しくしてくねぇかな……)

(善処するよ!)

 「あー、もうやりづれぇ!」

瞬間、教室にただならぬ雰囲気が流れる。と言っても、朝治が大声で独り言をつぶやいたからではない。噂の張本人が教室に入ってきたからだ。

 「おーっす! チョージ! あのさ、あれから俺なりにいくつか仮説を立ててみたんだ!」

朝治が裏工作を働くまでもなく、先日の爆発が了の仕業であろうと生徒の大部分が推測していた。日頃の行いが悪いのが悪いと勝手に納得してわずかに残った罪悪感を打ち消した。しかし了はそんなの全然気にしていない。

 「おう、また今度じっくり聞いてやるからな!」

 「そう言うなよぉ~」

朝治の考えはどうやって了をあしらうかに集中していた。興味がないわけではないが、この状況で了と話していると確実に“浮く”。エントロピーがどうだのとわけの分からないことをベラベラ喋っている。こうなってしまったら了を止めることは誰にもできない。

(兄ちゃん、めっちゃ見られてるよ)

(どーすんの、朝治?)

教室内の注目が了に、了と話している朝治に集まる。朝治は居心地の悪さに思わず頭を抱えた。顔の瞳は虚ろに時計の針を見つめていた。……帰りたい。


 「今日はえらい目に遭った……」

 「朝から爆弾魔に絡まれてたんでしょ? 災難だったね~」

 噂に尾ひれがつきまくっているようで、了はすっかり爆弾魔扱いだ。しかしこの男、悪びれるどころかこの被害者面である。

(いやー、人格破綻してるなー)

(最低だね兄ちゃん……)

弟たちの批判などどこ吹く風。朝治は自らの平穏を守れたことにただただ安堵していた。

 「学校に爆弾しかけるなんて許せないよ!」

 「まったくだ!」

(うわぁ)

頬を膨らませる初希に全力で同調する。了をスケープゴートにしている内にほとぼりも冷めるだろうという姑息な算段である。

 しかし、その邪悪な企みは正義の戦士によって打ち砕かれてしまうのであった。


 「ただいまパルポン」

 「……おかえり」

 専用の布団をかぶったままプイッと目を逸らす。なにせ出世がかかっている、パルポンとて朝治を勝たせるために必死なのだ。

 「……パルポン、秘策があるんだ。だからお前にも協力してほしい」

 「ほんとかぁ!?」

実に単純である。満面の笑みで布団から飛び出し朝治の胸にダイブする。

 「僕は信じてたぞっ♪ それで、秘策って?」

 「他の参加者を全員盤外でぶっ潰す」

(言い方物騒になってない!?)

パルポンは固まっていた。至極真っ当な反応であろう、どんな策かと期待して聞いてみればこのような力技ごり押しの山賊戦法だったの……

 「やっぱりお前は天才だ!」

正気か、パルポン。正気を失ったパルポンに、もともと正気でない朝治が畳みかける。

 「だからなパルポン、他の参加者の情報とか、調べられる?」

 「うにゃ。それはダメだぜ、ナビゲーターは参加者の情報は口外できないんだ」

ナビゲーターのルールを知らなかった朝治たちにとってそれは計算外だった。Oh……と漏らして天を仰いだ。

 「パルポ~ン、そこを何とか……」

 「ダメだ、バレたら失格だぞ?」

(バレなきゃいいじゃんね)

(滅多なこと言わないでよ……)

 「そうか、地道に探すしかないのか……」

悲しげな表情を浮かべる朝治をパルポンが導く。それでこそナビゲーターだ。

 「でも、賽子サイコパワーを悪用してる連中も、いるみたいだぞ?」

ウインクをしながらヒントを与える。あざとい。可愛い。

 「賽子サイコパワーを……てことは……」

(怪事件みたいなの調べればいいのかなぁ?)

(そーいえば! 最近変な都市伝説みたいなの小耳に挟んだな)

 「……雫月、でかした!」

奇跡の逆転へ、六つ目の男・駒並朝治が動き出した。



 「…………そういえば何か忘れてるような?」


 忘れるな、お前が生贄にした男のことを。爆弾魔の汚名を着せられた哀れな男・一石了。

を、闇の中より見つめる一つの影。

 「────平穏を乱すものは、許さない。爆弾魔・一石了……!」

勘違いが謎の影に知れ渡っているぞ! 何とかしろ朝治!

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