計画

 あと5時間も経てば、俺は最期を迎える。

 そうすれば俺の計画は無事に成功する。


 部屋には遺書を置いてきた。それを見つけた船員たちが今ごろ慌てていることだろう。

 そう簡単に読める内容じゃ困るからね。その内容を理解できるのはあいつだけでいい。それ以外の人には、その紙が遺書であると判断できさえすればよかった。




 本当は俺みたいな人間はこの仕事に就けないはずだ。どこかでふるい落とされるようになっている。それを分かったうえで、この仕事に就こうとした。それもある一つの目的のためだけに。


 俺は他の全てを捨てて努力した。


 この仕事に就ける人間なんて本当に限られている。まずは必要な技術や知識を手に入れた。これには相当苦労したが、それでもこれを手に入れない限りはスタートラインになんて立てなかった。


 その上で自分のことをどう偽るか。これについては何度も研究した。研究すること自体はそこそこ楽しいものだった。


 身近な人に偽ることは、普段と特に変わらなかった。彼らの視界には最初からフィルターがかかっているようで、俺がわざわざ偽る必要もなかった。


 人の不幸なんて他人を幸せにする材料でしかない。その幸せを、自分から手放す人などいなかった。誰一人として、そのフィルターを外して俺たちを見た人はいなかった。


 彼らから見た俺は、よくできた兄だったのだろう。頭がよくて運動神経も良い。弟の面倒をよくみている、活発で社交的な男の子。

 一方であいつは、悲嘆にくれるか弱い弟だったのだろう。頭は悪くなかったが突出しているというわけでもなく、運動神経も普通よりは劣る。いつも兄にくっついていて、消極的で引きこもりがちな男の子。

 

 そんな俺たちに最後に付け加えられる言葉は『かわいそう』だ。それはまるで魔法のように、全ての人を俺たちから遠ざけた。フィルターの先へ来ようとする人は誰もいなかった。


 たぶん本当の俺を知っているのは弟だけだ。弟だけはフィルターがかかっていない、クリアな視界で俺を見ていた。それと同様に、本当の弟を知っているのは俺だけだった。俺も、フィルターの無いクリアな視界で弟を見ていた。


 それまでの経験のおかげで基礎はできていた。あとはそれをどう完璧にするかだけだった。


 それが順調にはいかなかった。他人を偽るために、何度も自分が騙された。本来の自分を見失うということは、その方向性が間違っていないことを示していた。ただし、自分までもが騙されるということは、計画が実行できないことを示す。

 つまり、それは失敗ということだ。


 それでも最終的にはうまくいった。そして俺はこの職業に就くことができた。


 職業に就いた後も、訓練だ勉強だと忙しかったが、本来の俺に気付く人間なんていなかった。


 そしてチャンスが回って来た。

 このチャンスは二度とこないかもしれない。俺は綿密に計画を立てた。誰にも気づかれないように偽った自分を表に向けて、その内側で何度も計画を実行した。本番の日には、この計画が失敗する確率などゼロに等しいものとなった。


 結果は成功した。今のところはだが、もう失敗することはないだろう。



 彼らと通信する手段もなければ、俺の位置を知らせるものもない。すぐこちらに来れるような装備が整っているわけでもなく、それを許可できる人なんていない。

 闇雲に探したところで、資源の無駄になるだけ。それも事故ではなく故意なのだから、許可を下せば非難されるのは確実だ。


 あと5時間、見つからなければ俺の勝ちだ。だからといって見つからないように逃げ回ろうとは思わない。隠れようとも思わない。それは目的ではない。

 今はこの残された時間を有意義に過ごすことだけを考えていよう。

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