宙を漂う

雪鼠

「月が綺麗ですね」


 俺はいつ言っただろうか。よく覚えていない。ただ、その言葉を聞いて夢を見たのを覚えている。


 そこには母がいて、父がいて、弟がいた。確か、タロウも祖父もいた気がする。そんなに昔の話だったかな。


 あの頃は俺の周りには多くの人がいた。それを何とも思っていなかった。それが特別なことだなんて気付くには、俺はバカすぎたんだ……。



『月が綺麗ですね』


 俺が返事をしないといつもこうだ。何度も同じ言葉を繰り返して、新しいことを言おうとしない。


「月なんてただの大きな岩だろ」


『あなたがそれを言ってはいけないと思いますが』


 こいつと意見が合ったことなど一度もない。それはもう諦めていた。


 俺は腰を上げて跳ねるように歩いた。どうせ行く当てもないのだが、このままじっとしておくのに飽きたのだ。


『目的地を教えてください』


「そんな場所はないから、少し黙っておくといい」


『了解しました』


 俺は当てもなく歩いた。

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