伊東さんの部屋

 階段を右側へ登って行く伊東さんの後ろを、静かについて行く。

 実は僕、姉以外の女の子の部屋に入るのは初めてなんだけど。


 でも、伊東さんは、女の子と言っても魔法使いだ。


 やっぱり魔法使いの部屋って、色々禍々しい感じの道具が並んでいたりとか、なにが入っているか分からない毒々しい液体をたたえた大きい壺が、部屋の中でポコポコと音を立てていたりとか……。

 そういうイメージなんだけど。


「ここが、私の部屋よ」

 

 少しドキドキしながら、そう言われて、彼女が開いた部屋は……。

 

 僕が想像していたようなものではなく、普通の部屋だった。

 普通、だと思う。

 少なくとも、僕の姉の部屋よりは綺麗で、いい匂いがする。


 部屋の中には白いベッドと白い勉強机の他に、本棚(特に魔法使いとかが読んでいそうな魔術書っぽい本はない)と、クローゼット。中央には、パステルピンクの毛足の長い絨毯と、天板がガラスになった小さな長方形の机、カーペットに合う可愛らしいいくつかののクッションがあった。

 部屋自体は流石に古いけれど、なんというか、ここだけ現代的というか。

 もちろん、僕の六畳の部屋と比べたら大分広いけれど、恐らく普通の、女子高生の部屋だった。


「あの、お茶持ってくるから、適当に座って待ってて?」

「う、うん」

 

 そう言って、彼女は部屋から出ていく。

 パタン、とドアが閉まった瞬間にバクバクと心臓がうるさく鳴る。

 とりあえず、大きく深呼吸してしまった。


 適当に座っててと言われても。 

 僕だって男なんだよ……?

 もしかしたら、彼女は僕を見くびっているのかもしれない。


 ――タンスを覗きたい。


 下心はもちろんある。

 だって僕はいくら女の子に間違われるような外見をしていたって、男だから。

 でも、理性もある。

 タンスを漁っているところを伊東さんに見られたりしたら、嫌われて僕を目の端に入れるのも嫌だと言い出して、そして僕は彼女の取り巻きによってき者に……。

 そこまではないか。

 ついついネガティブな方へ思考が進んで、ネガティブな妄想をしてしまう。

 元々、僕はこんな性格ではなかった。これは、暴君の姉によって後付けされてしまった、僕の悪い癖だ。

 昨日伊東さんを見たことに関してもだ。ネガティブが暴走して、僕は伊東さんに秘密を守るために殺されると思っていたけど、どうやらそうではないみたいだし。

 この癖がなければ、今日の伊東さんからの告白だって、素直に喜べたのに。

 今でも僕は、裏があるのではないかと、思ってしまっている。

 

 治したいが、どうやったら治るのか……。 


「こりゃ智慧~! 昨日の満月までに、ハーブを摘んで散水機にしておけと言ったはずじゃぞ!! どこにも散水機がないではないか!!」

「!?」 


 ドカーン! と豪快にドアが開いて、入ってきたのは、恐らくこの屋敷のもう一人の住人、御年101歳だという伊東さんの曾祖母だろうと分かる女性。


 まさに、これは……僕の知っている魔女。

 

 年季の入った黒いローブに黒い三角帽子、大きなごつごつとした杖をついて、部屋の中に入ってくるしわしわの老婆。

 というか、このお婆さんドアを蹴破って入ってきたよな……?

 元気すぎない?


「ん? なんじゃ、おぬし? 智慧の友達かえ?」

 

 タンスに手を伸ばすこともできず立ち尽くしていた僕に、問い掛けてくる。

 

「えっ!? あの、僕は……」

「ふむ、おぬし……処女か?」

 

 処女ぉ!? 

 いきなり何を聞くの、このおばあちゃん。 

 性別を間違えられることには慣れているけど、こんなことを訊かれたのは初めてだ。

 

「ち、違います、僕はおと――」 

「なんじゃ、貫通済みか」 

 

 か、貫通って!!


「貫通なんかしてませんよ!!」

「じゃあ、処女なのかえ?」

「違いますってば!!」

「なんじゃい、貫通してないと言ったり処女じゃないと言ったり。はっきりせんかい。貫通してなけゃ処女じゃろ?」

「貫通もしてないし、処女でもありません!!」

「何を言っとるんじゃ、お主は?」


 何を言っとるんじゃって……。

 何で僕がおかしいみたいな言われ方なの?


「だから僕は――」

「魔法道具を作る時にはのう、作り手が処女であることが条件になっておる道具が多々あるんじゃ。そうでない物に関しても、処女が作った方がより効能が高い。じゃから処女でないお前さんでは、だめっちゅうことじゃのう」

 

 ええ~?? 勝手に語りだしたよ!! 僕の話を聞いてくれよ!!

 しかも、まさかのダメ出し。

 というか、だから僕は男だってば!!


「あの、おばあさん、僕は……」

「やだもう!! ひいおばあちゃん! 光江さんに私の部屋には入らないようにって言われたでしょう!?」

 

 伊東さんが、走ってきた。

 

「智慧がヒソップを用意しておらんからじゃろうが!!」

「ヒソップなら昨日の夜に、ひいおばあちゃんが自分の部屋に持って行ったでしょう? 私が用意しなきゃいけない物は、全部用意したし、全部ひいおばあちゃんの部屋に持って行ったじゃない」

「そうじゃったかのう?」

「そうだったの! もう~、今日は一日部屋に籠ってると思ってたのに……」

 

 彼女は、ハッとなって

「ご、ごめんね! ひいおばあちゃんが、変な話しなかった!?」

 と、僕に謝る。 


「智慧~、この娘さんは処女じゃないらしいぞ。手伝わせるならお前と同じ処女を連れてこんかい、処女を」


 伊東さんは、その美しい顔をさっと青くして、目を見開いた。

 オマエトオナジショジョ……?

 何かな? 今何かおばあさん呪文使いました?  


「中岡君にそんな話したの!? やめてよ、ひいおばあちゃん!! 中岡君は男だから処女とか非処女とかないから! ……。……!?」

 

 何を思ったのか、伊東さんはこちらを振り返る。 


 えっ、やめて伊東さん。

 その「もしかして、中岡君は……非処女なの!?」みたいな顔で僕を見るのは!!

 僕はまごう事なき男だから!!

 そういう意味で掘られたこともないから!! 


「僕は男なので、処女でも非処女でもないし貫通もしていません!!」

 

 こんなこと、なんで伊東さんの家で宣言しないといけないんだ。 

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