そんなわけない

 ポカン顔からの沈黙を破って、伊東さんが喋り出す。

 

「あの、中岡君。えと……、私は中岡君に告白したかっただけで、昨日見られたことについての話を、ここでする予定はなかったよ?」

「……えっ!?」


 驚きと共に、火が出るほど顔が熱くなった。

 殺されるのは勘違いだったとか、本当に告白だったとか、そういうのが一気にぶわっと上がってきたから。

 でも、否定はしないということは、やっぱり昨日箒に乗って浮いていたのは伊東さんだったんだ。


「ほ、本当に告白……、だったの?」

「この場所で、それ以外の話をするとかないよ……」


 え~っ!? いや、ええっ?!

 でも入って来た時結界がどうとかなんか一人でぶつぶつ言ってたよね!?

 その流れからこうくるとは思えないよ、思えるわけないでしょ?


「あ、あの……え、と……」

「ごっ、ごめん。いきなり言われても困るよね!? ごめんね!!」


 伊東さんは何を思ったのか、あたふたとここから去ろうとするので、僕は彼女の手首を咄嗟にギュッと掴んだ。

 掴んで、しまった。


「!!」

「ま、待ってほしい……。その、まずは話がしたいんだけど?」

「う、うん。うん!」

 

 眼を見開いた状態で、何度もコクコクと頷く伊東さん。

 顔を逸らして、彼女は小さな声で「ひゃあ~」と言った。

 なんでそんな声を??? 伊東さんのこんな声、聴いたことないぞ。

 というか、こちらに聞こえていないと思っているのだろうか。それとも無意識なのだろうか。


 でも――。

 

 遠くの存在だと思っていた美しい彼女が、身近なところに落ちてきたような感覚があった。

 完璧な美女パーフェクトビューティ(安直にも程があるが、誰も否定できない)と呼ばれている伊東さん。

 断ったの数は知れず、断られても、まだ好きであることを諦められないほどの信奉者を持つ伊東さん。


 その伊東さんが、僕に腕を握られ顔を赤らめて、「ひゃあ~」と小さくつぶやくほど興奮している。

 その伊東さんが……。

 

「僕を、好き?」

「んえっ!? えっ、あ……あ、ひゃい、っはい……。」

 

 声に出してしまっていた。

 ボンッと音が出そうなくらい瞬間に顔を赤らめて、伊東さんがどもり、噛みながらそれを肯定する。僕もつられてまた赤くなる。

 握った手首から伝わる脈の速さは……、偽りがないと物語っているようで。


「う、嬉しい……です」


 なぜか敬語になってしまった。

 なんだこれ、くっそ恥ずかしい……。


「とにかく、屋上からは……出ようか。も、もしかしたら他に告白しに来る人がいるかもしれないから」


 一日に二回も三回も告白があり得ることなど、バレンタインだけだろうが、この学校では普通の日でもあり得る。

 実際伊東さん一人で、一日二回告白されていたことがあったし……。 


「うん、そうね」

 

 また少し重い鉄製の扉を開いて、ドアノブの前に掛けられた『屋上使用中♡』の看板をくるりとひっくり返す。裏には『屋上使用可能』と、渋めの字で書いてあった。

 表と裏のギャップが酷い。

 どっちが表でどっちが裏なのかはさっぱりわからないが。


 僕は腕を握りっぱなしだったことを思いだして、ぱっと手を離すと、伊東さんは少し残念そうな顔をした。


「どこかカフェにでも行こうか? それともファミレスとか」

「も、もしよかったら……だけど!!」

 

 声を振り絞り、伊東さんが僕に言った。


「うちの家に、こない!?」

「んう!?」

 

 僕は何度びっくりしたらいいのだろうか。


 いや……待てよ。

 そりゃ、そうだよな。

 僕は、別に殺されたりしないとわかれば、伊東さんの告白の話の他には昨日見たあの光景の話をしたい。彼女は自分が魔法使いであるという話を人に聞かれたくないだろう。

 となれば、必然的に彼女の家か僕の家……。当然の話だった。

 ……あ、でもカラオケボックスでもいいんじゃないか?

 と、僕は提案しようと思ったけれど、真剣で真っ直ぐな瞳が僕を見上げていて、とてもそんな提案をできる雰囲気ではなかった。

 彼女がどれだけの勇気を振り絞って僕にそれを言ったのか、分かってしまう。


「じゃ、じゃあ……伊東さんの家に、行こうか」

「うん!」

 

 鞄が教室にあるので一旦教室に戻ると、クラスメイトのほとんどが、なぜか帰らずにそこにいた。

 彼らはそわそわしながら、気になって仕方ない様子でこちらを見ている。

 が、伊東さんはそれを気にもせず、自分の席から鞄を取ると、

「行きましょう、中岡君」

 と、僕を呼ぶ。


 ざわりと揺れる教室と、僕に突き刺さる視線。

 

 明日、僕は一体どうなるんだろうかという不安が残った。

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