第百十二話 罰というのは必ず当たるモノです
リュートとベラ、そしてレノは無事に救出された。ベラは軽傷を負っていたが、大事には至っていない。
そしてバージルとミルドレッドによって、三人の盗賊も捕らえられた。
それぞれ粘々の液体まみれ、目と唇を真っ赤に腫らした上での黒コゲ状態、真っ青なびしょ濡れ状態と、戦意喪失を通り越して満身創痍であったが、少なくとも自分で歩くことはできる状態なのが幸いではあった。
ミナヅキたちは三人の盗賊を縛り上げ、バージルが手綱を握る形でラステカへの道を連行している。
直接フレッド王都へ行ければ良かったのだが、如何せん王都へ行くには、どうしてもラステカを通らなければならない。
町に盗賊たちを入れるのは気が引けるが、致し方ないことであった。
もはや彼らに下手な行動を起こす意思のカケラも見られないのが、せめてもの救いかとミナヅキは思う。
「リ、リーダーぁ、ここは大人しく喋っちゃったほうがいいっスよぉ~」
「バカヤロウ。情けねぇ声を出すんじゃねぇ!!」
涙を浮かべるスキンヘッドの小柄男に、バンダナの男が一喝する。そしてバージルのほうに視線を戻した。
「とにかく俺たちを連れて行きてぇんなら勝手にすりゃいい。ただし、何をされようが絶対に喋るつもりはねぇからな!」
「ふーむ……これは困ったな」
手綱を握りつつ、バージルは顎に手を添えながら空を仰ぐ。
スキンヘッドの小柄男は、バージルとの約束どおりなんでも話そうとした。しかしそれをバンダナの男とローブの男が止めた。
二人は黙秘を貫く。クライアントを裏切ることはしないと言い出したのだ。
「言っちゃあなんだが、こうなってしまった以上、そのクライアントとやらがお前たちを助けることなんてないと思うぞ? いつどこで切り捨ててもいいように、盗賊であるお前たちを雇ったことは、目に見えているからな」
バージルが諭すように言う。しかし――
「んなこたぁ分かってんだよ」
バンダナの男が吐き捨てるように言った。
ちなみにまだ完全に体から粘々の液体が取れきれておらず、乾いてあちこちにこびりついている状態だが、当の本人は必死でなかったことにしようとしているのはここだけの話である。
「しかし俺たちにもプライドはある。仕事としての筋は通すってヤツをな。意地の一つくらいは守らせてもらうぜ」
その意見に、ローブの男も無言で納得の頷きを示す。その際にフッと笑みを浮かべながら目を閉じていた。しかしボロボロの状態に違いはないため、どうにも格好がついていない。
「私たちとしても、手荒な真似はしたくないんだ。盗賊とはいえ大事な命。出来る限り傷を付けずにしてやりたいところでね」
ニヤッと笑いながらバンダナの男に視線を向けるバージル。しかし相手は、余計に機嫌を損ねるだけだった。
「勝ち誇りやがって……喋らねぇったら喋らねぇぞ! フレッドのエイムズ家のお嬢様から、テメェらのガキどもを連れ去れって命じられたことは――あっ!」
バンダナの男は気づいて口を噤むが、もう既に遅すぎた。
「そういうことだったのか。実に分かりやすい説明、どうもありがとう」
「くっ……この俺様としたことが」
ニッコリと笑うバージルに、バンダナの男は悔しそうに顔を背ける。ここで更にスキンヘッドの小柄男が、必死な表情で口を開いた。
「だ、大丈夫ッスよリーダー。そのお嬢様が、裏で密かに闇商人と繋がっているってことさえ言わなけりゃ……」
「バカヤロウ! ここでベラベラ喋ったら意味ねぇだろうが!!」
「……あっ」
バンダナの男の一喝に、スキンヘッドの小柄男はようやく自分が盛大に自爆したことに気づく。
そして申し訳なさそうに頭をぺこぺこと下げだした。
「す、すいやせんリーダー」
「ったく、オメェはどこまでも口が軽い野郎だな!」
「そもそも最初に口を滑らせたのは、リーダーのほうだがな」
「んだとぉっ!?」
口を挟んできたローブの男に、バンダナの男はいきり立つ。
「目つぶし喰らって、みっともなく転がってたヤツに言われたかねぇよ!」
「それとこれとは話は別だ」
「この野郎……偉そうなクチききやがって!」
「誰のミスでこうなったと思ってる? お前が町中で突発的に狙おうとしたからこうなっているんだろうが。もう少し計画を立てれば良かったものを……」
「うるせぇっ!」
「ま、まぁまぁ。ここはひとつ落ち着くッスよ」
「俺は最初から落ち着いている。騒いでいるのはリーダーだ」
「あぁん!? テメェもういっぺん言ってみろやぁ!」
「聞こえなかったようだな。やはりもう少し冷静さを身に付けるべきだぞ」
「テメェ……ブチのめされてぇか?」
ギャーギャーとみっともなく騒ぎまくる盗賊たち。前を歩くミルドレッドは深いため息をつき、そして振り向きながら一喝する。
「アンタたち静かにしな。この子が起きちまうじゃないか!」
『――っ! す、すみません』
三人の盗賊たちは、一撃で委縮してしまった。母は強しとはこのことかと、ミナヅキは思わず感じてしまう。
ミルドレッドの背中にはベラがいた。負傷した足を応急手当し、彼女が背負って歩いているのだ。
ベラは気持ち良さそうにスヤスヤと眠っている。リュートから事情を聞いた大人三人は、そりゃ疲れがピークに達するのも無理はないと納得していた。
「まぁ、とにかく……この事件の全貌は見えてきましたね」
ミナヅキが話を元に戻すべく切り出す。
「そのエイムズ家という貴族のお嬢様ってのが、今回の黒幕だったってワケだ」
レノとベラ、そしてリュート。
ドラゴンの子供、まだ子供限定ではあるが、生まれながらにしてドラゴンと意思疎通を可能とする子供。そして魔物に懐かれやすい子供。
闇商人と通じている人間からすれば、まさにお宝そのものだ。捕まえて売りさばこうと考えるのは、むしろ自然なことと言えるだろう。
「私も聞いたことがあります。そういう貴族は尻尾を出そうとしないため、目を付けたとしても掴み取ることは至難の業であると」
バージルが神妙な表情で言った。
「王都の街門チェックとか、警備を厳重化していたのも、恐らくそういった意味があったんでしょうな」
「えぇ。こーゆーヤツらをとっ捕まえて、尻尾を掴むためってヤツですね」
ミナヅキも腕を組みながら頷く。
盗賊たち三人は、その黒幕に雇われた使い捨ての駒でしかなかった。しかしそれなりの情報を持っていることも確かであり、叩けば埃が出る存在であることに間違いはない。
ここでミルドレッドは、パンパンと手を叩きながら言った。
「さぁ急ぐよ。アンタたちの身柄を、フレッド王都のギルドに引き渡すからね。今から覚悟の一つや二つは、しておいたほうが得策だよ!」
盗賊たちの返事はなかった。しかし三人揃って表情を青ざめさせており、反応としては十分だろうと、ミナヅキは思っていた。
そして、隣を歩く弟に視線を下ろす。
「リュートも大丈夫か?」
「……だいじょうぶ」
少し反応は遅かったが、リュートはしっかりとそう答えた。
帰る際に、リュートが自分で歩くと言い出したことではあった。無理をさせたくないミナヅキは、なんとか説得して背負おうと思っていた。
しかしそれを制したのがミルドレッドだった。
――子供が自分からやると言った時は、そうさせてあげるのが一番ですよ。
それを聞いて再びリュートに視線を落とすと、確かにその表情に意思はあったように見えた。
ミナヅキは何も言い返せず、無理だけはするなよとしか言えなかった。
「コイツも割とガンコなところあったんだなぁ……」
「それだけ根性があるということですよ。いいことじゃありませんか」
ミナヅキの呟きにミルドレッドがクスッと笑う。
「娘を必死で助けようとした心意気、実に見事でしたわ。ウチの子として出迎えたいくらいです」
「ハハッ、そりゃ凄い評価をもらいましたね」
ミナヅキは軽く笑う。本気で受け取ってなどいなかった。しかし――
「冗談のつもりではありませんよ?」
「――えっ?」
軽く驚きながら振り向くミナヅキに、ミルドレッドはすました表情を向ける。
「私たちエルヴァスティ家は、リュート君という存在そのものを、心から評価していると言ってるんです。竜の一族として迎えるに相応しいと思うほどに」
ミルドレッドはリュートを見下ろす。当の本人は歩くのに一生懸命であり、話が耳に入っていないようであった。
そんなリュートに笑みを浮かべ、改めてミナヅキに視線を戻す。
「少しでいいので、考えてくださると嬉しいですわ♪」
会話はここで途切れた。あまりにも突然過ぎる申し出に、ミナヅキはリュートを見下ろしながら、頭の中で考えがゴチャゴチャに渦巻くのを感じていた。
◇ ◇ ◇
「ミナヅキさーん!!」
ラステカの町が見えてきたところで、入り口に立っていた人物が大きく手を振りながら声をかけてきた。
その人物は、フレッド王都で王宮騎士を務めているケニーであった。
「ケニー。どうしてここに?」
まさかの知り合いの登場に、ミナヅキは驚きを隠せない。よく見ると、彼の上司でもあるダンも一緒に立っていた。
ケニーは嬉しそうに駆け寄りながら話してくる。
「ここの町長から要請があったんですよ。盗賊騒ぎがあったから来てくれって」
「要請?」
どういうことだとミナヅキは首を傾げる。するとダンが大股で歩いてきた。
「アンタのところの奥さんが、町長に伝えてくださったんだよ。一大事にすぐさま駆けつけるのが、俺たち王宮騎士の仕事だからな。まぁ何にしても、無事に連れ戻せたようでなによりってもんだなぁ、ハハッ」
ダンが笑いつつ、ミナヅキたちが連行してきた盗賊たちに視線を向ける。
「それで? そいつらが今回の主犯ってことになるのかい?」
「実行犯だけで言えば。黒幕が裏にいるみたいです」
ミナヅキはダンに自分たちの分析を話した。するとダンとケニーも、エイムズ家という名前を聞いて表情を変えた。
「そこの令嬢についてなら、俺たちも聞いたことはある。危険な人物と付き合いがあるんじゃねぇかって、ウワサが立ってたからな」
特にドラゴンの大移動が近づいている今、少しでも疑わしい人物にはマークしておくよう、騎士団の間でも厳しく通達されていた。それが今回、満を期して実を結ぶ形となったのである。
ダンもケニーも口には出していないが、エルヴァスティ一家がミナヅキたちの住むラステカに行くことになった瞬間、このような展開が起こるのではと、ギルドと王宮の間で、あらかじめ予測されていたのだった。
故に騎士たちも、ラステカの周辺を特に警戒するよう言い渡されていた。
実は盗賊たちが逃げていた先にも、ソウイチが指示した冒険者たちが、先回りして待ち構えていたのである。もっともその前にミナヅキたちが追い付いたため、良い意味での無駄骨に終わったのだが。
「とにかくこれでピースは揃ったも同然だ。エイムズ家の令嬢は、必ず俺たち騎士団が捕らえてみせる。その為にも、ソイツらから色々と話を聞かねぇとな」
ダンはギロリと盗賊たちを見下ろしながら睨む。するとバンダナの男が、冷や汗を流しながらも、必死に威勢を取り繕った。
「お、俺たちは絶対に喋らねぇからな!」
「はいはい。詳しい話は王都に戻ってから、たーっぷりと聞かせてもらうから」
ケニーがバージルから手綱を受け取る。後は我々で引き取ります、というサインであった。
そして盗賊たちは、ダンとケニーが持ってきた馬車に放り込まれる。
簡単な別れの挨拶を交わし、二人の騎士たちは盗賊たちを、フレッド王都まで連行していくのだった。
このラステカの警備も、すぐさま強化させることを約束して。
「改めて見ると、騎士の人たちって頼もしいのねぇ」
「あぁ。特にフレッド王国の騎士団は、素晴らしい人たちが集まっているようだ」
ミルドレッドとバージルが、去りゆく馬車を見送りながら呟く。それを聞いたミナヅキは、自分たちの住む国が褒められたことを嬉しく思い、リュートと笑みを浮かべ合うのだった。
◇ ◇ ◇
一方その頃――フレッド王都の港から、小型船が一隻、ひっそりと出発した。
操縦士を執事服の男性に任せ、ソファーに腰かけながら爪を噛む。長い金髪をかき分けながら、女性はギリッと歯を噛み締めた。
「全く……ゴロツキに頼んだのがそもそもの間違いでしたわね。おかげでこのワタクシがエイムズ家の屋敷を捨てて、国外へ逃げる羽目になるだなんて……」
彼女こそがエイムズ家の令嬢であった。そして今回の件の黒幕でもある。
盗賊たちが捕らわれたことを知った時点では、なんてことないといわんばかりに振る舞っていた。所詮はゴロツキだと高を括っていたのだ。
しかし、それは甘い考えだった。
盗賊たちは仕事をする上では優秀だった。それが裏目に出てしまった。
彼らはクライアントとの関係を確固たるモノとするために、色々と裏の部分まで調べていた。それこそ少しでも外に漏れ出たならば、あっという間に闇がさらけ出されてしまうほどに。
人は見た目によらない――その言葉が皮肉な形で実現したのだった。
盗賊たちが捕らわれたことを知り、騎士たちによる捜査が自分のところに伸びるのも時間の問題だと、嫌でも認識してしまった。
ちなみにそれを伝えたのは、闇側の人間の一人である。あくまでビジネスパートナー的な存在でしかなく、令嬢に今回の結末を伝えると同時に、綺麗サッパリ姿を消してしまった。
もはや自分の身は自分でなんとかするしかない――そう悟った令嬢は、気ままなバカンスと称して、しばらく身を隠すことに決めたのだった。
あまり大掛かりな旅行だと人目についてしまうため、最低限の荷物と世話役の執事のみを同伴させ、自家用の船でひっそりと見送りもなく旅立った。
そうせざるを得なかったことは分かっていても、やはりため息はつきたくなる。
「お嬢様。差し出がましいようですが――」
「しつこいですわよ」
執事が何かを告げようとした瞬間、令嬢はそれを制した。
「確かにエイムズ家にかかれば、私のブタ箱行きを逃れることぐらい、造作もないことでしょう。しかしそれが限界でもあります。私を散々甘やかしてくださったお父さまやお母さまも、流石にこれで私のことを徹底的に調べ出し、膿を摘出しようとするに違いありませんわ」
どこまでも淡々と語る令嬢に、執事はひっそりと息を飲む。
「そこまで理解されておいででしたら、何故……」
「決まってますわ。私自身が惨めな思いをするなど、我慢ならないからです」
何を分かり切ったことを、と言わんばかりに令嬢は言った。
「どうせドラゴンの大移動が終わって、数ヶ月も経てば、ほとぼりも冷めますわ。それまでワタクシは、気ままなクルージングを楽しむことに決めましたの。今の言葉に何か文句でもおありかしら?」
「……いえ。滅相もございません」
「ならばよいです」
重々しく答える執事に、令嬢は満足そうに笑い出す。折角だからデッキに出て海風を気持ちよく味わおうかと思った、その時だった。
――ザバアァッ!!
目の前を大きな影が、凄まじい波しぶきとともに飛び出してきた。
「な、何ですの!?」
「どうやら、超大型の魚系の魔物のようです。いつのまにか、アレのナワバリにきてしまったのかもしれません」
冷静を装って答える執事だったが、舵を取る手は震えていた。
大きな影が海に潜った際に発生した波に巻き込まれ、小型船が大きく揺れる。バランスを崩した令嬢は、なんとかソファーに身を放り投げた。
「な、何をしているのですか? 早くここから逃げなさいっ!」
「先ほどからそうしようとしております! ですが、波に囚われて――」
舵が思うようにきかない――執事がそう言おうとした瞬間、急に前方が真っ暗になってしまった。
大きな口を開けながら迫っていることに気づいたのは、その口が小型船をパクッと一口で食べてしまった時だった。
――ザバアァーンッ!
魚系の魔物は、そのまま波しぶきを立てつつ、海の中へと消えていった。
まるで最初から何もなかったかのように、海は再び静かとなった――
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