第百十一話 そして決着へ!



「んぅ……?」


 ユラユラと揺られる感触。両手で何かに掴まっていて温かい。そして聞こえてくる荒い息遣いと、ザッザッザッ――という音。

 それらを感じながらリュートは意識を取り戻した。しかし頭がボンヤリしているせいか、自分が今どんな状況なのかが、まるで分かっていなかった。

 ゆっくりと目を開けてみる。森の景色が流れていた。

 じゃあ、この温かい感触は何だろう――リュートは少しだけ顔を上げてみた。


「……ベラねーちゃん?」

「リュートくん? 良かった、目が覚めたのね!」

「キュルゥッ♪」


 ベラとレノが汗を流しながらも嬉しそうな表情を見せる。そして立ち止まり、背負っていたリュートを下ろした。

 ようやく意識がハッキリとしたところで、リュートは改めて周囲を見渡す。


「ここ、どこ?」

「分かんない。悪いオジサンたちから逃げるのに必死だったからね」

「悪いおじさん……あっ!」


 ベラの言葉にリュートは思い出す。自分たちは怖い大人に襲われ、捕まって運ばれていたことを。

 しかしリュートにそこからの記憶はなかった。故にどうやって盗賊たちから逃げ出せたのかも、分かっていなかった。

 そんなことよりも、リュートはどうしても気になることがあった。


「ベラねーちゃん、すごい汗だよ?」

「そりゃあ、リュートくんをおぶって逃げてきたからね♪」


 明るい声こそ出しているが、ベラの声は明らかに疲れていた。自分が気絶していたからだということは、流石のリュートも理解している。


「……ごめん」


 だからこそ申し訳ない気持ちになってくる。リュートがしょんぼりと顔を俯かせるのを見て、ベラは軽く頬を膨らませた。


「もう、そんな顔しないの! お姉ちゃんが弟くんを助けるのは当然だもん。だからこれぐらい、どうってことないんだよ。分かった?」

「う、うん……」


 正直、納得はしていなかった。しかしベラの有無を言わさない笑顔の威圧感に押し負けてしまい、頷くことしかできなかった。

 一方、リュートの反応に満足した笑みを浮かべるベラは、改めて周囲を見渡す。


「とにかく、こうして逃げ出すことが出来て良かったよ。早くパパとママのところへ帰らないとだね!」

「どうやって?」

「それは……うん、そうだねぇ……」


 リュートの率直な疑問に、ベラは思わず答えを詰まらせてしまう。このまま闇雲に森の中を歩いても帰れないことは、流石に分かっていた。しかし何かしらの良い手も思いついていない。

 しかしベラは、それを素直に言いたくなかった。

 お姉ちゃんとしてのプライドが、ここにきて強く働いてしまったのだ。


(うぅ、どうしよう?)


 とはいえ、何かを言おうとしたところで、何も思い浮かぶことはなかった。実際ベラの中でも、どうやって帰ればいいのか見当もついていないのだった。

 その時――


「キュル? キュルルゥーっ♪」


 レノが何かを見つけたかのように、笑顔でどこかへ飛び出した。


「レ、レノ?」

「待ってよ。どこ行くの!?」

「キュルキュルー♪」


 リュートとベラの声に構うことなく、レノは一直線の森を飛んでいく。二人も慌ててその後を追った。

 しばらく森の中を走り、やがて明るい場所に出る。


「はぁ、はぁ……こ、ここは?」


 ベラが息を整えながら見渡すと、そこは大きな河原であった。


「キュルルゥー♪ キュクキュク――」


 流れゆく透明な水を、レノが美味しそうに飲み出す。どうやら水の匂いに反応したようであった。

 嬉しそうなレノの様子に脱力するリュートとベラであったが――


「そうだ!」


 そこでベラは思い出した。


「前にママから教えてもらったの。迷子になったら川を見つけなさいって!」

「かわ?」

「キュルゥ?」


 首を傾げるリュートとレノに、ベラは頷く。


「うん。川の流れる先には、村や町がある可能性が高いからってね」

「そういえばラステカの町の近くにも、大きな川があるよ?」

「そーそー♪ だからこのまま水が流れるほうに歩いて行けば、きっと帰れるよ」

「……うん」


 頷きはしたリュートだったが、その表情はどこまでも不安そうであった。それに対してベラは、強引にその小さな手を取った。


「だいじょーぶ! お姉ちゃんを信じなさいっ!!」


 ベラはドンと拳で胸元を叩きながら、自信満々な笑みを浮かべる。


「それに、きっと今頃は、パパとママが探してくれてるよ。お兄さんもきっとね」


 その言葉に、ようやくリュートの表情が変わってきたのを見て、ベラもますます気持ちが乗ってきた。

 そして改めて、リュートに手を差し伸べる。


「だからあたしたちも頑張って歩こう! きっとすぐに、パパやお兄さんたちと会えて、お家に帰れるよ」

「――うん!」


 リュートも今度は、しっかりと頷きながらその手を取るのだった。



 ◇ ◇ ◇



 川が流れる方向に沿って、リュートたちが歩き始めて少し経った頃――


「キュクゥ~……」


 レノが情けない鳴き声を出しつつ、リュートの頭の上にポスッと乗った。


「ど、どうしたのレノ? ぐあいでも悪くなった?」


 リュートは一大事ではないかと慌てだす隣で、ベラは心の底から呆れたかのようなため息をつく。


「お腹すいたんだって」

「……へっ?」


 思わずリュートは呆然としてしまい、そして頭の上からレノを両手で持ち上げ、そのまま自分の顔の前に持ってくる。


「そうなの?」

「キュルゥ」


 脱力しながらレノは頷いた。


「キュルキュル、キュルキュルゥー」

「お腹空いて飛べないって……さっきたくさんお水飲んだじゃない」

「キュルル、キュルルゥ!」

「いや、喉を潤しただけとはいっても、多少なりお腹に溜まるでしょーが」

「……キュクルルゥ~」

「分からず屋はどっちよ、全く……」


 お互いに容赦なく言い合うベラとレノ。年の近い姉弟の様子に酷似していたが、残念ながらリュートにはまだ、それを理解することはできておらず、ただ茫然とその光景を見ていることしかできなかった。


「――キュルゥーッ!!」


 するとここで、再びレノが勢いよく飛び出した。何かを見つけたらしく、とある木の上を目指して飛んでいた。

 ベラとリュートも必死で追いかけて言ったそこには――


「すごーい。木の実があんなにたくさん!」


 その色鮮やかな光景に、ベラは表情を輝かせる。レノが一口齧ってみると、美味しかったらしく笑顔を見せていた。

 そして他の木の実を一つ、口でもぎ取ってそのまま落とす。


「よっと」


 ベラが落ちてきた木の実を受け止め、それを少し観察し、一口齧ってみる。


「ん~、甘酸っぱい♪」


 頬に手を当てながらベラが満面の笑みを見せる。そこにレノが、もう一つ木の実をリュートの足元に落とした。

 それを恐る恐る拾い、リュートも意を決して食べてみる。


「……おいしい」


 自然と笑顔が宿る。甘酸っぱい果汁が体に染み渡り、元気を生み出してくれた。


「キュク~」


 そしてレノのお腹も無事に膨れ、満足した様子。思わぬ気分転換を果たし、リュートたちは改めて、川の流れを辿って歩き出そうとした。


「さぁ、行きましょ。レノも降りておいで」

「キュクゥ♪」


 ベラの掛け声によって、レノが羽ばたきながら降りてきたその瞬間――


「でやあぁーーっ!!」


 森から大きな影が飛び出し、飛んでいたレノを捕まえてしまった。その影はシュタッと地面に着地する。


「鬼ごっこはここまでにしてもらうッスよ、チビッ子ちゃん♪」


 盗賊三人組の一人、スキンヘッドの小柄男が、レノを抱きかかえながらニヤッと笑みを浮かべる。


「レノ!」

「ど、どうして……気絶してたんじゃ?」


 リュートとベラの中で、恐怖が一気に駆けあがってくる。それを察したスキンヘッドの小柄男も、更に笑みを深めるのだった。


「軽く転んだだけッスから、すぐに目覚めたッスよ。それで逃げた方向をくまなく探してたら、このチビスケが木の実を取っているのを見つけたッス!」


 スキンヘッドの小柄男が胸元に抱えているレノを見下ろす。レノは逃れるべくジタバタと暴れるが、太い腕でガッチリとホールドしてしまっているため、ビクともしなかった。


「ハハッ、ムダな抵抗は止めるッスよ。お前みたいなチビスケに、この俺っちが負けるワケがねぇッスからねぇ♪ ひゃーっはっはっはっ♪」

「キュ~……」


 完全に勝利を確信した様子で笑い声をあげるスキンヘッドの小柄男に対し、レノは悔しそうな表情で睨みつける。しかしレノも、そのまま黙って負けを認めるつもりはなかった。


「キュウウウウゥゥゥ――」


 レノは腹の底から力を溜め込み、視線をスキンヘッドの小柄男の顔にしっかりと向ける。

 そして――


「キュアァッ!!」


 溜め込んだ力が、炎の玉となって口から解き放たれるのだった。


「ぶほぉぁあっ!?」


 ボォン――小さな爆発音とともに、スキンヘッドの小柄男は凄まじい衝撃によって背中から倒れる。そのはずみでレノをあっさりと手放してしまった。


「みぎゃああああぁぁぁーーーーっ!?」


 ゴロゴロゴロゴロ――スキンヘッドの小柄男は物凄い勢いで転がり回る。顔面の痛さと熱さに耐えかねているのだ。

 そしてここが河原だということを思い出し、急いで川の中へ飛び込む。

 ――どぼぉんっ!!

 大きな水しぶきが上がる。そしてすぐに、スキンヘッドの小柄男の姿がザバッと出てきたのだが――


「わっぷ、た、助けてッスぅ~がぼっ……お、俺っちは、泳げな……がばぁっ!」


 スキンヘッドの男は泳げなかった。もがき苦しみながら、そのまま成す術もなく下流へと流されていった。

 それを呆然と見送るベラたち。しかし今がチャンスであることを、ベラがすぐに気づいた。


「リュートくん、私たちも早く行こ――きゃあぁっ!」


 ベラが走り出そうとした瞬間、足がもつれて転んでしまう。必死に森の中を走った疲れが、ここに来て大きな重りと化したのだ。


「い、いだい……」


 膝はすりむいていなかったが、足首をひねってしまったらしく、ベラは苦痛の表情とともに左足首に手を添えていた。

 辛そうにしているベラに、リュートは数秒ほど戸惑い、そして意を決したように表情を引き締める。


「ベラねーちゃん、ぼくの背中にのって!」

「リュ、リュートくん!?」

「今度はぼくが、ベラねーちゃんを助けるよ!」


 そう叫ぶリュートの声は、明らかに震えていた。顔からも冷や汗を流しており、必死で耐えながら呼びかけていることが、ベラには分かってしまう。


「キュクッ!」


 そこに、レノがベラに向かって鳴き声を放った。

 ベラはそれを聞き取った。リュートの勇気をムダにするんじゃない――と。


「……分かったよ。重かったら、遠慮なく降ろしていいからね?」


 ベラはなんとか這い上がるようにして、リュートの背中に乗る。そしてリュートはよろけながらも、ベラを背負って立ち上がった。


「絶対降ろすもんか。ぼくがねーちゃんを助けるんだ!」

「キュル、キュルルルゥッ!」


 そうだよ、リュートの言うとおりだ――レノの言葉がベラの耳に入ってくる。


(リュートくん……)


 ベラは不思議な気分に包まれていた。

 姉として情けない姿を晒してしまったという気持ち。そしてその裏で、無理やりながらも力強い姿を見せている弟のような存在に対する驚き。

 これらが混ざり合って、どう表現していいか分からない状態になっている。


「キュルルッ!」

「うん……がんばるっ!」


 確かにレノは、頑張れと言っていた。しかしリュートには、その声は鳴き声にしか聞こえていないハズだった。

 いや、恐らく聞こえてはいないのだろう。だが、心と心で通じ合わせたのだ。

 リュートとレノなら――ずっと仲良くしているこの子たちなら、きっと自分にもできなかったそれができるのかもしれない。

 ベラはリュートの服をギュッと掴みながらそう思った。


「健気だねぇ――姉同然の存在を一生懸命助けるチビッ子くんというワケか?」


 淡々と冷静な声が聞こえてきた。リュートたちが驚きながら振り向くと、そこにはローブを羽織った盗賊の男が立っていた。

 ――目と唇を真っ赤に腫らした状態で。


「あのスキンヘッド野郎はしくじったみたいだが、俺はそうはいかんぞ。よくも酷い目に合わせてくれたな。少しお仕置きをしてやるから覚悟しろ」


 ローブの男が両手を広げ、炎の魔法を生み出す。果たしてそれは脅しなのか、それとも本気でリュートたちを黒焦げにしようとしているのか。

 どちらにせよ、再び大ピンチを迎えていることに違いはなかった。

 その時――


「グルアアアアァァァーーーーッ!!」


 凄まじいドラゴンの咆哮が、遠くから聞こえてきた。同時に羽ばたく音が、段々と近づいてきている。


「なっ! ま、まさか――!?」


 ローブの男が振り向いたその瞬間、巨大な影が空を覆い尽くした。


「ギャアアァーーッ!!」


 滑空してきたのは大きなドラゴンであった。そしてその勢いとともに、ローブの男を翼で思いっきり殴りつける。


「ぐわあぁっ!!」


 ローブの男は吹き飛ばされ、そのまま気絶してしまう。ドラゴンが降り立つと、レノが嬉しそうな表情で羽ばたき始めた。


「キュルアァッ!」

「ジェロス。来てくれたのね?」


 レノとベラが笑顔を見せると、降り立ったドラゴンことジェロスも、振り返りながらニッと笑みを浮かべた。

 そして――


「リュート!」


 河原の下流からミナヅキが駆けつけてくる。そしてその後ろから、バージルがゆっくりと歩いてきていた。

 びしょ濡れ状態の、スキンヘッドの小柄男を縛り上げた状態で。


「――おにーちゃん!」

「良かった、無事だったんだな」


 リュートが笑顔を向けると、ミナヅキも安堵する。そしてリュートがベラを背負っている点に注目した。


「……ベラちゃんは、どうかしたのか?」

「転んで、足をくじいちゃったの。でも、リュートくんが運んでくれて」


 ベラの説明に、ミナヅキは驚きの表情を見せる。しかしすぐに笑みを浮かべ、再びリュートに視線を戻した。


「そうか。偉いぞリュート。よく頑張ったな」

「――うんっ」


 ミナヅキに頭を撫でられ、リュートは満面の笑みを浮かべた。そんな様子を微笑ましそうに見ていたバージルは、縛り上げているスキンヘッドの小柄男に、ニヤッとした笑みを向ける。


「盗賊君。抵抗はしないことを強くおススメするよ。魔導師らしき彼もジェロスが仕留めたことだし、今頃キミたちのリーダーも、ミルドレッドがしっかりとふんじばっている頃だろうからな」

「ぐっ――」


 スキンヘッドの小柄男は言葉を失い、改めて今の状況を見渡す。そして――


「ま、参りましたッス……降参ッス」


 ドサッと膝をつきながら項垂れるのだった。その様子にバージルは、満足そうに笑いながら言う。


「うむ。素直でよろしい。これから洗いざらい話してもらうぞ?」

「はいっス! だから痛いのは勘弁ッスよぉ~!」


 その笑顔が途轍もなく怖かったらしく、スキンヘッドの小柄男は大粒の涙を流しながら訴える。その様子を見て、ベラとレノは呆れ果てた表情を浮かべていた。


「ホントやーね、男があんなに泣いちゃって。みっともないったらありゃしない」

「キュルキュルゥ」


 その様子にミナヅキは苦笑しつつ、バージルのほうを振り向く。


「バージルさん。盗賊たちは俺が引き受けますから、ベラちゃんを――」

「はい。ありがとうございます」


 縛り上げている手綱を受け取り、ミナヅキはそのまま倒れているローブの男の元へ向かう。ジェロスがしっかり見張っているため、万が一目が覚めても、不利な状況になることはない。


「娘を助けてくれて、本当にありがとうリュート君。キミは勇気ある子だね」


 バージルは誉め言葉を送りながら、ベラをゆっくりと降ろさせる。そしてケガの様子を確認し、持ち合わせの布を取り出して、ベラの足首を固定し始めた。

 リュートは兄の様子が気になり、駆け寄っていく。そしてその後をレノがごく自然に追いかけだした。


「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでアンタもそっち行くの?」


 ベラが飛んでいこうとしたレノに抗議すると、レノがうるさいなぁと言わんばかりにうんざりとした表情で振り向いた。


「キュルキュル、キュルルル、キュルキュルゥー」

「いや、リュートのそばにいるのは当たり前、ってどういうことよ?」

「キュルルル、キュルキュルゥー♪」

「リュートのことが大好きだから……うん、それは分かるけど」

「キュルキュルキュルゥー」

「だったらいいじゃん、ってアッサリと言わないでよ。それなら今はあたしの傍にいてよ。あたし今、ケガしてるんだよ?」

「……キュルル?」

「だから、じゃないからあぁーっ!」


 ベラの悲痛な叫びも、今のレノには届かない。色々な意味で、早速子供たちがいつもの光景に戻ってくれたかなと、ひっそり安心するバージルであった。



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