第百十話 脱走



「んーっ! んむうぅーーっ!!」


 スキンヘッドの小柄男が運ぶ麻袋が、くぐもった声とともに暴れている。当然ながら担いでいるバランスは、みるみる崩されていく。


「ちょ、コラッ! 暴れるんじゃねぇってんですよ!」

「乱暴に扱うんじゃねぇぞ?」


 今にも投げ飛ばしそうにしていたところを、バンダナの男が咎めた。


「オメェが運んでる嬢ちゃんは、貴重な存在なんだからな」

「生まれながらにして竜の子供と会話ができる子……だったか? クライアントも随分と興味を持ってたな」


 ローブの男が、暴れている麻袋と同じくらいの大きさの袋を抱えながら言う。こちらは実に大人しく、運びやすくてありがたいと内心で思うほどであった。


「流石に俺が運んでるガキに関しては、見込み違いのようにも思えるが……」


 今現在肩に担いでいる中身――すなわちリュートに対しての意見に、バンダナの男が顔をしかめた。


「ゴチャゴチャ言うなや。それについては俺も同意だが、所詮俺たちは雇われの身に過ぎねぇんだ。クライアントの命令に従う以外の道はねぇさ」

「だな。余計なことを言った」

「分かればいいんだよ」


 社交辞令の謝罪めいたやり取りを交わしつつ、三人は森の中を進む。うっそうとした獣道を歩く中、スキンヘッドの小柄男がうんざりとしたため息をついた。


「リーダー。流石にちょいと歩き辛くねぇですかね?」


 スキンヘッドの男が先頭を歩くバンダナ男に話しかける。


「もう少し開けた道を歩いたほうが、より距離を稼げると思うんですが……」

「バカヤロウ。わざわざ見つかりやすいところ歩いてどーすんだ」


 しかしその意見は、バンダナ男に一蹴された。そこにローブの男がすかさず補足説明に入る。


「相手には空を飛ぶドラゴンがいるんだ。俺たちが起こした行動は、恐らくもう知れ渡っていて、きっと血眼になって探しているだろう。ドラゴンを使って空から探す手を、相手が思いつかないとは思えん」

「そーゆーこった。こうして木の下を歩いてれば、少なくとも上からは気づかれねぇだろうからな。ドラゴンが飛んでくりゃ、音ですぐに分かるしよ」

「な、なるほどッス!」


 ローブの男とバンダナの男の言葉に、スキンヘッドの小柄男は、感服しましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。


「流石ッス。やっぱ先輩たちは頭良いっスね!!」

「ふん。そんな分かり切ったことを言うんじゃねぇよ、バカヤロウが♪」


 バンダナの男がご機嫌よろしく笑い出す。そこにスキンヘッドの小柄男が、今がチャンスだと、目を光らせた。


「ところでリーダー。ちょっとばかし休憩したいんですがねぇ?」

「あぁん? 何ひ弱なこと言ってやがんだ!」

「ひいぃっ!!」


 ご機嫌な表情が一瞬にして怒りの形相となってしまい、スキンヘッドの小柄男は言わなきゃよかったと、怯えながら後悔する。

 そんな二人の様子に対して、ローブの男は小さくため息をついた。


「いいんじゃないか? アジトまではまだ大分あるし、少しくらい休憩するのも悪くはないだろう」

「……まぁ、それも一理あるか」


 バンダナの男はピタッと立ち止まった。


「今のところ追ってくる様子も見えねぇしな。仕方がねぇ、少しだけだぞ!」

「やった♪ ありがとうッス!」


 スキンヘッドの小柄男は、ウキウキしながら手頃な場所を探し、麻袋を置きながら腰掛ける。

 他の二人も同じようにして休憩する中、ローブの男がふと気になりだした。


「うーん……」

「どうした?」

「いや、どうにもこっちのガキは、静か過ぎる気がしてな」


 バンダナの男の問いかけに、ローブの男は浮かない表情で答える。確かに他二つの麻袋は、今でも時折派手に暴れ回る中、ローブの男が運んでいた袋だけが、ずっと静まり返っているのだ。


「ちょっと様子を確かめさせてくれ」

「……まぁ、良いだろう。何かしようとしても、抑えるのは簡単だからな」


 頬杖をつきながらも、右手にナイフを握り締め、警戒心を高めながらバンダナの男は言った。ローブの男が縛っている麻袋の紐を解いて開く。

 意識を失ったリュートが、中から出てきた。


「あぁ……どーりで静かなワケだ」


 バンダナの男が呆れたような声を出す。恐らく恐怖が頂点に達したのだろうと、勝手に予測した。

 するとスキンヘッドの小柄男が、リュートのポケットの膨らみに気づく。


「ん? このガキ、何か持ってるッスかねぇ?」


 気になってその中を調べてみると、赤と水色、二つの小さな球体が出てきた。透き通ったガラス玉のようであり、どこにでもあるオモチャにしか見えない。


「こりゃ綺麗なビー玉ッスねぇー♪」

「はしゃいでんじゃねぇよ。ガキじゃあるめぇし」


 キャッキャと笑顔で騒ぐスキンヘッドの小柄男に、バンダナの男が投げやりな口調でたしなめる。


「ついでだ。他に何か持ってないか確かめろ」

「あぁ――特にないな」


 ローブの男が軽くリュートの体をポンポンと叩きながら全身をチェックするが、スキンヘッドの小柄男が見つけたビー玉らしき球体以外は、何一つ所持していない状態であった。


「見てくだせぇよリーダー。こんなに綺麗なんスよ?」


 スキンヘッドの小柄男が、水色のビー玉らしき球体をポイっと投げる。


「うるせぇ!」


 しかしバンダナの男は、それを手ではじいてしまう。

 その時――球体がはじけ飛んだ。


「ぶわっ!?」


 水色で強い粘着性のある液体が、バンダナの男の体中に纏わりつき、身動きが取れなくなってしまう。更に驚いた拍子にナイフを投げ捨て、それが偶然にも麻袋を縛っている紐に刃の部分が当たってしまい、ザクッと切れてしまう。


「キュルウゥッ!!」

「うわあぁっ!」


 中から勢いよく飛び出してきたレノに驚いてしまい、スキンヘッドの小柄男は、もう一つの赤い球体を投げ捨ててしまう。

 それがたまたま、傍にいたローブの男の頬に命中してしまい――


「ぶはっ!」


 パン――とはじけ飛ぶ音とともに、今度は赤色の粉が噴き出した。


「ぐわああぁぁーーーっ! め、目があぁーーっ!!」


 赤色の粉の正体は激辛スパイスであった。それが思いっきりローブの男の目に入ってしまい、燃えるような痛みに襲われてしまったのである。


「キュルアァーーッ!!」


 更にレノが、残ったスキンヘッドの小柄男を見つけて立ち向かう。


「ひいぃっ! く、来るな……あ、あぁーっ!!」


 逃げようとした際に足がもつれてしまい、背中から思いっきり転んでしまう。その際にたまたま転がっていた石ころに頭をぶつけてしまい――


「――がはっ!!」


 スキンヘッドの小柄男は気絶してしまった。


「キュル……キュルルッ!」


 レノは周囲を見渡し、うごめいている麻袋の縛っている縄を噛み千切る。すると中から、ベラが息を切らしながらはい出てきた。


「や、やっと出られた……ありがとうレノ。助かったわ」

「キュルッ♪」


 どういたしまして、とレノは胸を張りながら得意げに笑う。そしてベラは、意識を失っているリュートを見つけ、急いで背負った。


「よく分かんないけど、急いで逃げよう!」

「キュルウゥッ!」


 ベラとレノは、リュートとともにその場から走り去った。


「ま、までえぇーっ!」


 バンダナの男は追いかけようと手を伸ばすが、全身に粘着液を浴びて、思うように身動きが取れない。そしてローブの男も、視界を完全に封じられてしまい、ベラたちの逃げた先が全く分からない状態に陥っていた。


「な、何なんだあのビー玉は!? ガキが持つようなモノじゃないぞ!?」


 ローブの男がそう叫ぶのも無理はない。何故ならそのビー玉こそが、ベアトリスがリュートに託した護身用の錬金物だったからだ。

 一つ目は、スラポンの粘液を使った粘着玉。

 相手に投げれば、粘着力の高い液体が大量に噴き出し、身動きを取れなくする。毒性はないが、動きを封じるにはもってこいの代物なのだった。

 戦いのときには勿論のこと、悪い虫を捕らえる際にももってこいだと、ベアトリスはひっそりと思っていたとかいないとか。

 そして二つ目は、ベアトリスがひっそりと開発していた護身用の錬金物。

 大量の激辛スパイスで目や鼻を刺激させ、凄まじいダメージを与えつつ身動きを取れなくする代物であった。

 リュートはそれを、肌身離さず持ち歩いていた。それが今回、功を奏する形となったのである。


 かくしてリュートたちは、偶然に偶然が重なった形で、まんまと盗賊たちから逃げ出すことに成功したのであった。



 ◇ ◇ ◇



 一方、ミナヅキたちも森の中を歩いていた。

 連れ去られてから、まだそれほど時間は経っておらず、山の奥地にまでは入っていないだろうと予測はしていた。

 しかし、未だ手がかり一つ見つからない。上空を飛びながら探すジェロスも、逃げる人影らしき姿は見つかっていない様子であった。


「流石に盗賊たちも、バカじゃないということかしらねぇ?」


 額に浮かぶ汗を手の甲で拭いながら、ミルドレッドが呟く。


「私たちにジェロスがいることを見越して、空から見つからないよう、木々の中を進んでいるのかもしれないわ」

「あぁ」


 バージルも同意を示した。そして悔しそうに歯をギリッと噛み締める。


「完全に油断してました。盗賊がどこかで私たちの存在に気づき、つけ狙っていたとしてもおかしくはなかったんです」

「全く……どこで私たちのことを知ったんだか。絶対に取っ捕まえて、この手で全貌を聞き出してやる!」


 ミルドレッドも怒りを燃やしていた。大事な家族と世話になった子供が、今頃どれだけ怖い思いをしているか――少し考えただけでも、胸が張り裂けそうになってしまうほどであった。

 連れ去った者たちの狙いは、もはや決まっているも同然だと思っていた。

 竜の子供であるレノと、そのレノと会話ができるベラ。更にスライムを従え、レノともすぐに仲良くなってしまったリュート。盗賊からしてみれば、恰好のエサもいいところだと。


「連れ去ってどこかで売り飛ばすつもりか……頼むから無事でいてくれぇ~」


 バージルが力なき叫びを出す。チラッとミナヅキが振り向いてみると、目からキランと雫を流しているのが見えてしまった。

 すると――


「情けない声を出すんじゃないの!」

「あだっ!?」


 肝っ玉母さんからの鉄槌が下されるのだった。


「急に叩くことは――ひぃっ!」


 頭を抑えながら恨めしそうに振り向くバージルだったが、仁王立ちするミルドレッドに恐怖する。


「本当に怖くて慌てているのはあの子たちなのよ? 保護者の私たちがしっかりしないでどうするっていうのさ!?」


 その言葉が男二人の心にスッと突き刺さる。対象となっていないハズのミナヅキでさえも、耳が痛いと思っていた。

 つまりそれだけ、彼も心の中で慌てていたということになる。


(いかんなぁ。兄ちゃんである俺がしっかりしないで、どうするってんだよ……)


 ひっそりと心の中でミナヅキが反省していると、バージルも申し訳なさそうな表情で項垂れていた。


「……あぁ、そうだな。済まなかった」

「謝ってるヒマがあるなら、さっさと探す!」

「はいっ!」


 そして再び一喝され、バージルは背筋をピンと伸ばし、威勢よく返事をする。

 まだ一日しか経っていないのに、もう幾度となく見た光景に見える。尻に敷かれる様子はどこまでも相変わらずっぽいなと思いつつ、ミナヅキはミント入りポーションを二人に差し出した。


「これを飲んで、少し落ち着いてください。一息つけば、より頭がスッキリすると思いますから」

「――あぁ、ありがとう」

「済まないね。ミナヅキさんもリュートくんが気がかりでしょうに」

「いえ、それはお互い様ですよ」


 三人はポーションを飲み干した。スッキリとした味わいが頭をハッキリとさせ、体に元気が湧いてくる。

 それぞれの表情は、改めて引き締まっていくのだった。


「よし、じゃあそろそろ――」


 行きましょうか、とミナヅキが言おうとしたその瞬間だった。


「ギュワアァーーッ!!」


 ジェロスの鳴き声が響き渡る。上空を見上げると、とある方向を促しながら羽ばたいているのが分かった。


「どうやらあっちのほうで、何かを感じ取ったようですね」


 バージルがジェロスの叫びを分析する。ここでミナヅキは、頭の中でこの周囲の塵を思い浮かべていた。


「あっちには確か……大きな河原があったハズだな」

「河原――」


 ミナヅキの言葉に、ミルドレッドはあることを思い出した。


「私、以前ベラに言ったことがあります。迷子になったら、川の流れる方向を辿って行きなさいと。そうすれば、町に辿り着けるからと」

「なるほど。隙をついてベラたちが逃げ出していれば、もしかしたら――」


 娘たちに会えるかもしれない――バージルはそう期待を寄せた。ミナヅキもそれを察して、バージルたちに提案する。


「行ってみましょう。このまま闇雲に探しても、体力を消耗するだけですから」

「――えぇ!」


 バージルは強く頷き、ミナヅキとともに走り出す。張り切る夫の姿に、ミルドレッドは小さな笑みを浮かべつつ、あとを追いかけるのだった。



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