四-①

 週に一回、月曜日だけというのは変わらないが、僕らは色んなところにデートに行った。主にカップルが行くような所。例えば水族館だったり、プラネタリウム、お洒落なカフェ。次第に僕らは手を繋ぐ仲になり、お互いに友也、桃奈と呼び捨てで呼ぶようになった。たまに友くん、ももなんとふざけて呼び合うこともある。

「ほっしーまたにやけてんじゃん。どうせ彼女のこと考えてたんだろ?」

 と、よく光介に茶化されるようになった。半分嬉しくもあり、恥ずかしくもある。にやけを抑えているという旨を話しても、そんな風には見えない、と言われる。そんなにわかりやすいかな、僕。

「今日から、デートできるの1ヶ月に1回くらいになりそう。」

 そう言われて思わずフォークを落としたあたり、わかりやすいと認識せざるを得ないようだ。

 そのことを言われたのは2ヶ月前だった。

「え、どうして?」

「これから受験だから、勉強しないといけなくて。」

「受験?」

「──あっ、心理学検定の!心理学にも検定があってさ、1級を受けようと思って…!」

「1級!?それは勉強大変そうだな…!それならいいよ。いつ受けるの?」

「えっと、1月末。」

「わかった。それまで待ってるよ。」

「ありがとう。でも、月に1回はちゃんと会ってね?」

 不安そうに上目遣いで訴えかけてくる。こんなに愛らしく言われて断るなんて、一体誰がするだろうか。

 そんなこんなで季節は秋の下旬になった。気温もぐっと下がり、冬の足音がしている。僕らが出会って早くも半年以上が過ぎていた。

 今日は水曜日。桃奈に会えるまであと5日。1ヵ月ぶりに会える。『ながながし夜をひとりかも寝む』とはよく言ったものだ。

 4日後には、僕らが付き合って半年になる。いつの間にそんなに時が経っていたのだろう。長かった気もするし、短かった気もする。付き合う日々というのはこのようなものなのだろうか。

 明日か明後日には、半年祝いのプレゼントを買いに行こう。3ヶ月のお祝いは、お互い文化祭の準備でできなかったので、今回は奮発しよう。

 そう考えているうちに、光介が食堂にやってきた。プレゼントの案でも相談してみよう。

「ちょうどいいとこに来たな。ちょっと相談があって──」

「友也。」

 いつもならほっしー呼びしてくるはずが、下の名前で呼んできた。何やら重要なことのようだ。

「…何?」

「あの桃奈って子に騙されてると思う。」

 耳を疑うような事だった。

「この前、合コンに行ったんだよ。そしたらたまたま稲女の子がいて。それで白樺桃奈のことについて聞いてみたんだ。そしたら、そんな子は知らないって。んで、白樺桃奈について調べてみたら、卒業生にも、在学生にもいなかった。」

「え──」

 言葉が出てこなかった。光介は嘘をつくような男ではない。それに加えて、光介の持つ情報収集能力は類を見ないほど抜きん出ている。

「前にさ、友也と白樺桃奈が写ってる写真見せてもらっただろ。その写真に似た人を、この前家の近くで見かけたんだよ。」

 そう言って、光介はスマホの画面を見せた。そこには、府中南高校の制服を着た桃奈と、その友人らしき人が写りこんでいた。

 信じられなかった。半年付き合っていて、恋人の顔を間違える訳もない。だからといって、自分の通っていた母校の制服を間違える訳もなかった。

 こんなの、嘘だ。きっと、何かの間違いだ。

 光介が写真の詳細ボタンを押す。撮った日付は2018/11/20となっていた。間違いなく、昨日のものだ。

「…コスプレ。コスプレかもしれないじゃないか…!」

「…いや。校門から出てくるところをしっかりと見た。」

 光介は府中南高校の目と鼻の先に住んでいるため、疑ってもあまり意味をなさない。

 ショックだった。付き合っているのに、嘘をつかれていただなんて。

「…写真、送ろうか?」

「…いや、いい。」

 そうとしか答えられなかった。

 この写真があれば彼女の正体を突き止められるかもしれないが、そうする勇気がでなかった。いや、そうする余裕がなかったのだ。

 今まで目の前には彼女の姿がはっきりと見えていたのに、急に消えてしまった。ただ、彼女は何者なのかという問だけが置き去りにされていた。

 家に帰った後も、ご飯を食べて風呂に入った後も、答えには辿り着かずに堂々巡りだ。

 わからない。

 彼女の正体はなんなのだろうか。

 僕は不安にさいなまれた夜を過ごした。


 *


 不安なまま、月曜日を迎えた。

 僕らはいつものように、立川駅で待ち合わせをしていた。

 彼女は相変わらず集合時間より前に着いていた。もちろん、私服で。

「友也っ!」

 僕に気がつくや否や、小走りで僕に近づいて来た。いつもなら可愛さにやられていただろうが、今はそれすら毒となっていた。

「…おはよ。」

「おはよっ!どうしたの?元気ないね?」

「いや…昨日寝れなくて。」

「寝れなかったの?レポートでも書いてた?」

「うん…まあ、そんなとこ。」

 適当に促し、joysonへと向かう。

 秋の味覚フェアで、彼女はとても舞い上がっている。それとは対照的に、僕はまるで棘のある殻に閉じ込められたようであった。

「わぁ!見てみて、栗のロールケーキだって!こっちはさつまいもパルフェ!どうしようかな、何にしよう…!全部美味しそうで決められないよ…!ねっ、友くん!」

 僕が元気のない分、必死に盛り上げようとしている。

「どうしようかな。友くんはお昼食べた?食べたのなら、ロールケーキとかどうかな?1口欲しいな、なんて…」

「あのさ」

「…なに?」

「もう嘘は辞めてくれないか。」

 無理に明るくされるのも、もう限界だった。

「え…嘘…?」

「そうやって、僕のことを好きなふりももうやめてくれ。」

「え、なんで、私──」

「稲女じゃなくて、府中南なんだろ。この前、光介──友達から写真見せてもらったんだよ。君が制服着てる姿の。」

 彼女は言葉に詰まっているようであった。それもそうだ。知られたくない相手に正体がバレてしまったのだから。

 しばらくした後、彼女が口を開いた。

「わ、私、急用思い出しちゃった。ごめん、先に帰るね。」

 弱々しい声だった。目は赤みを帯びていた。それらは全て何に対してなのか、僕は知るよしもなかった。


 *


 それから2週間が経った。

 僕らは一切連絡を取っていない。

 送ろうとも思ったりしたが、僕は怖かったのだ。

 嘘をつかれていると確信したくなかった。しかし彼女は、嘘を言っていることを無言で認めたのだ。嘘をついていないのなら、あの場で弁明するはずだろう。彼女はそれをしなかった。

 なぜあの時否定しなかったのか、なぜ嘘をついたのか、なぜ僕に近づいたのか。

 それらのすべては、彼女を責めることになるだろう。それは嫌だった。傷つけてしまうことが、恐ろしかった。

 相手が連絡をしてこないあたり、そこまでだったのだろうと思考を巡らしたりしたが、それでも僕はどこかに落ちていなかった。

 今日は月曜日だ。連絡も取ってない以上、会うこともない。

 家の最寄りで降りる。

 いつものことだ。

 ほんの8か月前と、何ら変わらない生活。

 これでいい。彼女のことなど忘れよう。あれは僕が抱いた、幸せな幻想だったのだ、と自身に言い聞かせた時だった。

「友也っ!!」

 後ろから馴染みのある声で叫ばれたのは。

 後ろを振り返る。

 そこには、肩を上下に震わせ、制服に身を包んだ白樺桃奈が立っていた。

 彼女は5mくらいの距離を走って僕の傍に来た。

「お話が…あります。」

 息も絶え絶えに言うその姿は、まるで寒さに凍えた桃の花のようであった。


 僕らは近くの公園まで歩いて行った。まだ下校時間ではないため、子供たちの姿もない。丸い石でできたテーブルと椅子もどきが、数少ない遊具の中にぽつんと佇んでいた。

 そこに向かい合って座る。彼女がもつリュックは、いつものようにパンパンではなかった。

 彼女はなかなか声にださない。

 鳥が鳴いている。彼女の言葉を代弁したげだ。鳴き声が止み、それを引き継ぐように彼女は毅然とした表情を僕に向け、言った。

「今日は、本当のことを話しに来たの。私は、あなたの知っている白樺桃奈じゃない。そして、白樺桃奈という名前でもない。私は、私の本当の名前は──桃木百合華ももきゆりか、なの。」

 それを聞いた瞬間、驚きが隠せなかった。桃木って、まさか──

桃木菖汰ももきしょうた、もといあなたが桃ちゃんと呼んでいた人の、妹です。」

 桃ちゃんの、妹。

 ずっと心配していた、百合華ちゃんが、目の前に、いる。

「ずっと、隠しててごめんなさい。あなたに嫌われたくなかったの。でも今日は、隠していたこと、嘘をついていたこと、そして私の過去を、全て話します。」

 そう言って、彼女はこれまでに至る経緯を話し始めた。

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