三.

 あの後からずっと、桃奈さんのことを考えている自分がいた。

『全然そんなことないよ。ほんとに嬉しかったもん。だって私…』

 桃奈さんの言葉が反芻はんすうされる。

 だって私…の後に続く言葉は何なのか、考えてしまっている。

 だって私、タロットの技術を見せたかったんだもん。だろうか。それとも、だって私、お客さんにあまり接してなかったんだもん。だろうか。いや、後者の場合は無いだろう。占い屋の広告には、『白樺氏の予約は1ヶ月待ち』とあった。桃奈さんの占いは当たると評判らしい。

 ならば、何なのか。ひょっとして、だって私、友也くんのこと好きなんだもん。だろうか。いや、万が一にも無い。あんな容姿端麗な子が、僕のような男を好きになるはずがない。いや、でもひょっとしたら…?

「なあ、ほっしーってそんなに辛いもの得意だったっけ?」

 光介に言われ、はっとして手元を見る。そこには食堂で頼んだうどんがあった。七味唐辛子がこんもりと乗った。

「最近ほっしー変じゃない?なんか考えてるような。」

「え…、普通じゃない?」

「いんや、普通じゃない。何かあったの?」

 2回訊かれたからには答えるしかない。僕は4日前にあったことを光介に話し、逡巡しゅんじゅんしている問を光介に投げかけてみた。

「ほう。ほっしーはなんて考えたの?」

「タロットの腕をみせたい、かなって。あとは…」

「あとは?」

「ないと思うけど…友也くんのこと、好きなんだもん、かなって。」

 光介がニヤつく。

「後者だった場合、どうするの?」

「すっごく嬉しい。けど、ないかなって…」

「なんで決めつけてるの?あるかもしんないじゃん?というか、気になるなら確かめてみれば?」

「確かめてみるって…どうやって?」

「告る。」

 口に含んだ水でむせた。

「だってさ、『僕のこと好きなの?』ってだっせえ質問できないだろ?なら、告って確かめるしか無いだろ。」

「いや、そんなこと言っても、振られたら元も子も…」

「そんなんだからいつまで経っても草食系なんだよ。振られるのがこわくて動けないとかだせぇからな?」

 言われて、確かに、と思う。

「でも、いつ告白すれば…」

「次の月曜、また会うんだろ?そん時でいいんじゃね?」

「えっ、そんな、急じゃない?」

「告白なんて全部急だろ。タイミングはかってると動けないから、その日な。」

「なんて言えばいいんだ…?」

「いや、シンプルに付き合ってください、だろ。」

「軽いって思われないかな…?」

「ほっしー、考えすぎ。もっとシンプルに考えなよ。俺も一緒に考えてやるからさ。」

 シンプルと言われても、相手の人生を変えてしまうかもしれない1面なのだから、考えてしまう。それに、僕なんかに告白されて困らないだろうか。

「僕なんかに告白されて迷惑じゃないか…って考えてる?」

 光介に言い当てられ、あはは、と微笑で返す。

「それはないと思うけど。」

「なんで?彼氏いたら迷惑じゃ…」

「彼氏いたら、他の男と頻繁に会ったりしないだろ。」

「た、確かに。で、でも、もし僕のこと好きじゃなかったら…」

「もしほっしーのこと好きじゃなかったら、週一で会わないだろ。恋愛対象かは置いておいても、好意はあると思う。」

 冷静に考えてみればそうだ。好意のない、しかも彼氏でもない男と2人で会ったりはなかなかしないだろう。

 でも待って。そしたらこれって。

「いける…?」

「いけるな。」

 どこからか変な自信が沸いてきた。いや、でもこの状況に甘ったれてはいけない。いや、でも好意があることを前提にしてもいいのかもしれない。でも…

「辛っっっっっっっ!!!!」

「百面相しながら激辛うどん食べるほっしーなんて、今後見れないかもな。」

 僕が七味唐辛子の辛さでむせる一方で、光介はおどけて笑った。


 *


 次の日。僕はとあるドーナツカフェにいた。ここは週に1度は来る行きつけの店だ。僕のおすすめはプレーンドーナツ。これはとろけるほどに絶品で、定期的に訪れないと気が済まない。

 カウンターに並ぶと、店員さんが定型文を喋り出す。僕はプレーンドーナツとブラックコーヒーを注文し、トレーを受け取り椅子に座る。

 ブラックコーヒーを1口飲み、ドーナツを受け入れる体制を整える。そして濃厚なドーナツを頬張る。うん。今日も最高だ。

 ふと(というよりずっと)昨日の光介の言葉を思い出す。

『告る。』

 その意味は告白するということ。告白するとは、自分の好意を伝え、相手の同意の元で交際をスタートさせること。では、交際とは何なのか。

 交際、と聞いて思いつくものはデートだ。デートとは、異性と色んな場所へ出かけること。待てよ、と思う。僕は桃奈さんとはもう色んな場所へ行っている。カップルらしいところ以外は。

 そうすると僕らは交際しているのだろうか?もちろん、広い意味では交際しているのだが、恋人側での見地としてはどうか。

 そもそも恋人とはなんなのだろうか。

 考えれば考えるほどわからなくなってきたので、ここは素直にネットで調べてみよう。

 検索をかけようとして、一旦後ろを向く。真っ白な壁があるだけだ。光介のような人に見られる心配は無い。

 安心して検索をかける。『恋人 とは』

 1番上の検索結果を見る。『恋の思いを寄せる相手。』

 自分の求める回答と少しズレていたので、今度は『付き合う とは』で調べてみる。

 色々総合すると、どうやら付き合うとは、相手を想いやり、共に辛いことを乗り越え、時には守ることのようだ。

 もし桃奈さんが辛い局面に立たされていたら、僕はどうするのか。どうしたいのか。

 僕は桃奈さんの傍にいて支えたい。共にそれを乗り越えたい。何かに虐げられているのであれば、それから桃奈さんを守りたい。

 考えるいとまもいらないほど、すぐに答えを出したことに、自分自身でも驚いた。

 ──よし。決めた。桃奈さんに告白しよう。

 そう覚悟して、ドーナツをまた1口頬張った。


 *


 月曜日。

 ついにこの日がやってきた。

 桃奈さんに、告白する日。

 覚悟したとはいえ、緊張が走る。

 昨日の夜、光介から『逃げんなよ。』と御達しがあったので、しない訳にもいかない。

 僕らはいつものようにjoysonに来ていた。今はマスカットのフェアをやっている。マスカットのサンデーが美味しそうだ。

「うーん…マスカット…パンケーキにしようかな…それともサンデー…?でもロールケーキも捨て難い…!」

 吟味ぎんみする姿も完璧だ。こんな完璧な女の子に、僕なんかが本当に告白しても良いのだろうか。

『うん。なかなかいい人いなくって。』

 8日前の桃奈さんの言葉を思い出す。僕はそのいい人に入れているのだろうか。覚悟が揺らぐ。いや、1度決めた以上ここでくよくよするのも…

「…くん?友也くん?」

 呼びかけにはっとする。

「えっ、あっ、ごめん。なんだっけ?」

「今日の友也くん、この前の月曜日からなんだか変だよ?もしかして、私なんかしちゃった?」

「えっ、いや、そんなんじゃない…よ?」

「じゃあなあに?」

 くりくりとした目で見つめられる。これは言うしかない。

 少し間を空けたあと、目を見つめて、秘めていた想いを告げた。

「僕…実は桃奈さんのことが好き…なんだ。」

 その言葉を受け、桃奈さんの目は驚きの色を帯びた。それはそうだ。今のタイミングで告白されるなど、ゆめゆめ思わなかったであろう。

「あっ、いや。その、嫌だったら別にいいんだけど、もし良ければ付き合って…欲しいなっ…て。」

 段取りも悪ければ、噛み噛みである。こんな告白、受け取って貰えるはずは…

「はい。私でよければ。」

「…えっ?」

 驚きが隠せない。なんだこれ、夢?

 告白なんて、今まで成功したことがないとあり、いきなりは信じがたかった。

「え、いいの?」

「うん。」

「ほんとに?ほんとのほんとに?」

「うん。だって、私も友也くんのこと、好きなんだもん。」

 桃奈さんの頬が、昨日見たように桃色に染まっていた。

 僕は驚きを隠すどころか、嬉しさも隠しきれなくなった。

 そして、聞きたいこともあったことを思い出す。

「じゃあ、あの時の、だって私の後に続く言葉って…」

「うん。好きって、言おうとしてたんだよ。」

 桃奈さんは恥ずかしそうに言った。

 お互いにくすぐったさが漂う中、僕らは晴れて、お互い初めての恋人同士になったのであった。

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