二-②
バイトが終わり、
時刻は22:30。桃奈さんは今頃勉強をしている頃だろうか。
そんなことをぼんやり考えながらマンションの部屋の鍵を開ける。部屋の電気をつけて手を洗い、風呂に入る。
風呂から出たあと、真っ先に目に止まったのは光介に貰ったあの紙袋だった。確か中身はチョコレートだったか。紙袋から中身を取り出す。
中からは『Harumoto TERASIMA』と書かれたお洒落な箱が出てきた。
元カノに喜んでもらおうと、新宿のデパートを
おしゃれな箱を開ける。中にはいかにも高そうな3粒のチョコレートが肩を並べていた。赤色と橙色、それと緑色だ。紙を見ると、どうやらそれぞれフランボワーズ、パッションフルーツ、抹茶らしい。抹茶を手に取り、口に運ぶ。その瞬間、濃厚な抹茶とチョコレートの風味が口に広がる。美味しいという言葉では言い尽くせない程であった。なんとも
これだ、と思う。
桃奈さんの誕生日プレゼントはこれにしよう。この美味しさを、桃奈さんと分かち合いたい。
これをくれた光介には感謝だ。経緯は可哀想だけれど。
*
「お前最近彼女でも出来たのか?」
単刀直入に言われる。声の主は光介だ。
「いや…出来てはないけど…。」
「じゃあ好きなやつか?」
「うーん、どうなんだろう。って、なんで?」
「『大学生 女子 友達 プレゼント』って調べてるじゃん。お前のスマホの画面、明るすぎて何を調べてるか後ろから丸見えだぞ?」
とっさに後ろを向く。幸い、光介のような物好きはいなかったようだ。
桃奈さんにチョコレートをあげようとなったはいいものの、それだけでは寂しすぎるので追加で何かプレゼントしようと思ったのだ。
「なになに、誰にあげるの?どこで会ったの?もしかしてナンパ?」
「ちげーよ。駅の線路に飛び込もうとしてたところを助けたんだよ。」
「ひゅー、やるねぇ。なに、どこの誰?」
光介は口笛が吹けないので口でひゅー、と言う。顔は完璧なのに、変なところで抜けている。
「稲城女子大の…確か心理学科って言ってたかな。名前は白樺桃奈さん。」
「へぇ、稲女か。結構おしとやかな子が多いとこだよな。桃奈ちゃん…か。聞いたことないな。」
光介は近くの大学の女子に詳しい。女子大ともなると
「んで、その子のこと好きなんだろ?」
「そんなんじゃない…と思うけど…」
「なーに嘘ついてんだ。バレバレだぞ?もも🍑っていうLINE名の子から連絡が来るとほっしーいっつもニヤニヤしてんじゃんか。」
うっ。否定はできない。いつも桃奈さんの顔を見ると胸が高鳴ってしまうからだ。
「あ、もしかして、これは恋じゃないって思いたいタイプの人?振られるのが怖いから?」
「そんなんじゃ…っ!第一、顔から始まる恋なんて、純粋なもんじゃないだろ…」
「顔から始まる恋もあるんだよ、それが。顔に加えて性格も良けりゃ、なんでもありだと思うぜ?」
光介がニヤつきながらハンバーガーをかじる。今日は2号館の食堂だ。
僕はまだ
「あのさ。」
「ん。」
「昨日バイト先に桃奈さんが来たんだよ。」
「ほう。」
「それでさ…何故かいつもより鼓動が早くなっちゃって。…これってなんだと思う?」
「恋だな。」
認めざるを得なかった。
「それか老化。」
「老化は嫌だな。」
笑いながら太麺のカルボナーラを口に運ぶ。僕の好物だ。
「んで、その桃奈ちゃん?に何あげるんだ?」
「一応、この前光介がくれたチョコレートのお店でお菓子買って、それとハンカチか何かにしようかと。」
「めっちゃセンスあるじゃん。それいつあげるの?」
「桃奈さんの誕生日は6/17なんだけど、6/18に会う予定あるしその時でいいかなって。」
光介がむせる。ハンバーガーでも喉に詰まらせたのか。
「ほっしー何言ってんの?そこは誕生日に渡すべきだろ。」
「え、だって桃奈さんその日バイトだし。迷惑かけられないよ。」
「バイトの終業時間を見計らって行くんだよ。まさか、バイト先知らないとか言わないよな?」
僕が困った顔をすると、光介はため息をついた。
「そこは、桃奈ちゃんの誕生日、桃奈ちゃんがバイト終わり次第に会いたいってちゃんと連絡するんだよ。」
「いや、迷惑はかけたくないし…」
「お前らどのくらいの頻度で会ってる?」
「週一。毎週月曜日。」
「…いける。」
「…何が?」
言い終わる前に光介が僕のスマホを取る。取り返そうとしても、光介の方が少し身長が高いので、微妙に手が届かない。
しばらくして光介はスマホを返してくれた。ただ、返ってきたスマホの画面を見て僕は思わず変な声を出してしまった。
『桃奈さん、もしご迷惑でなければ6/17の日、桃奈さんのバイトが終わり次第会えませんか?』
その文言が送信されていた。
「なんだ、俺が文章打とうと思ったらもう打ってたじゃん。」
光介がニヤニヤしながらこちらを見る。
朝打とうとしてやめた文言が残っていたようだ。くそう、LINEの機能め。
「誕生日の日、会えるといいな。」
光介の爽やかな笑顔と共に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
*
その夜。
僕は桃奈さんからのLINEを待っていた。
大学帰りに新宿に寄り(といっても帰途とは反対方向だが)、チョコレートも買ったし、ハンカチも用意し、ラッピングまでした。
僕の帰宅後のルーティンとして、バイトがない日はいつも19:00頃に風呂に入りそこから夕食の支度をしている。が、桃奈さんはいつもこのくらいの時間にLINEを送ってきてくれるので、帰宅早々に風呂に入り、ご飯ももう済ませてある。あとは返信を待つだけだ。
光介が文を送った時から僕は変に緊張してしまっている。何をしようにしても、返信が来るかとそわそわしてしまって、まるで子犬のようだと我ながらにして思った。
定刻を10分、20分と過ぎていく。その中で僕は刻刻と不安になってきた。ひょっとしたら、引いてLINEを返すのをやめているかもしれない。
不安が胸に巣食う中、そこに光が射した。光を投げかけたのは、無論桃奈さんだ。
『ほんとっ?全然迷惑じゃないし、むしろとっても嬉しいっ!』
通知欄にその文言が出てきて、僕は顔全体の筋肉が弛緩するのを止められなかった。こんな感情を得たのは何時ぶりだろう。もしかしたら得たことはなかったかもしれない。
胸の中の知らない花に気づかせてくれた桃奈さんには感謝してもしきれない。
*
桃奈さんの誕生日当日。今の時刻は16:50。立川のPALMOというショッピングモールの地下1階に来ている。4日前、桃奈さんにここに来て欲しいと頼まれたからだ。
PALMOの地下1階には、惣菜やお菓子が入ったショーケースが至る所で肩を並べている。僕が好きなシャトワールもこのフロアだ。この時間ともあり、人も多い。
そんな芳しさや甘さが立ち込める場所に、一つだけ似つかわしくない店がある。占い屋だ。この占い屋は完全に浮いていた。道行く奥様方も横目でその存在を捉えるが、すぐに真向きに戻る。
僕も前まではそうして見知らぬふりをしていた。が、今はそうしてもいられない。なぜなら、僕が今立っているのはその占い屋の前だからだ。
本当だったらその向かいのシャトワールにいたい。だが、そうもいかない。桃奈さんにいる場所を固定されてしまったので、とりあえず僕はここにいるしかないのである。
どうしてここなのだろうと疑問に思っていると、桃奈さんが僕の目の前に現れた。
桃奈さんの姿を捉えた瞬間、僕はその格好に目を見張った。黒のワンピースに紫のローブを着、銀調のキラキラしたベールの様なものを頭部に纏っている。
「びっくりした?」
桃奈さんが少し茶色がかった瞳を僕に向けて問う。
しかし、僕は桃奈さんの姿に釘付けになってしまい、その問いかけに答えることができなかった。
桃奈さんは微笑み、僕の手をひいて占い屋の中に入った。停止した脳は、先程まで嫌悪していた占い屋に入ることを躊躇いもしなかった。
中に入り、桃奈さんが机を挟んで向こう側の椅子に座った。
「いらっしゃいませ」
と桃奈さんが満面の笑みで言うと、ようやく思考が動きを取り戻した。
促されるまま桃奈さんの前の椅子に座る。
「私はここで、占い師としてアルバイトをしているのです。」
得意げに言うその手にはトランプより大きなカードの山が握られていた。
「これはタロットカードって言ってね、カードが未来を予測するの。友也くんはそういうの興味あるかな?」
タロットカード。アニメか何かで見たことはある。
「未来…か。ちょっと気になるかも。」
「じゃあ今回は特別に占ってあげるね。でも、タダだからって、手を抜く訳じゃないからね?」
注釈を加え、桃奈さんは山札を机に並べた。くるくるとカードがまぜられていく。
「何について占いたいですか?」
「ええっと…じゃあ…将来、で。」
「では、この中から好きなカードを6枚、直感で選んでください。そして、選んだカードは左側から1列に並べていってください。」
言われたように6枚選び、1列に並べる。桃奈さんは選ばれなかったカードを一息に集めた。
「では見ていきますね。このカード達は、左から『遠い過去のこと』、『近い過去のこと』、『現状』、『目標を達成するための障害』、『近い将来のこと』、『遠い将来』を表しています。」
次々にカードをめくっていく。
「あなたは過去に、後悔や遣る瀬無さを感じたことがあるのですか?」
そう言われて、真っ先に思い浮かんだのは桃ちゃんの姿だった。
「はい。」
そう答えると、桃奈さんは頷きながら言った。
「つい最近、同じような事があって、過去を振り払うため、誰かを救ったようですね。そして今、安定を迎えている。」
2ヶ月前のことを思い出す。桃奈さんを救えたことが、過去を振り払ったことになったのだろうか。
「これから先、とある大きな事件に巻き込まれるようです。その事件を受け、身近な人へ失望してしまうようです。ですが、これを乗りこえた先に、大きな幸せを得ることができます。ただ一つの分岐点は、あなたが相手を信じられるかどうかです。この失望は、あなたの信じる力がなければ取り返せません。」
もしこの占いが、桃ちゃんを救えなかったこと、桃奈さんを救ったこと、この2つのことと結びついているのならば、桃奈さん関連で何か事件が起こる、ということだろうか。
少し不安げにしていると、桃奈さんが口を開いた。
「あなたなら大丈夫です。人を信じる力を持っています。そうでなければ、私達はここまで仲良くなっていないですよ。」
桃奈さんはそう言い、微笑みかけた。
もちろん、未来が占いの通りになるかはわからないが、その微笑みは、どんな障害をも乗り越えさせてくれそうだ。
占いが終わり、桃奈さんに外で待つように言われた。退勤の時間なので、着替えとかがあるようだ。
程なくして、桃奈さんがお待たせ、と言って現れた。先程までの格好とは相反し、白地の花柄のワンピースを着ている。着替えやすい上に、可愛らしい印象を与える服装だ。
「門限近いけど大丈夫?」
「うん。ここから近いから、十分間に合うよ。」
「そうか。じゃあ送っていこうか?」
「ううん、大丈夫。お母さんに見つかったら家中大騒ぎになっちゃうと思うから。」
「…変な男が寄り付いたって?」
「ううん、その逆。桃奈にようやく彼氏ができたって、お赤飯炊かれるよ。」
くすりと笑う。
しかし何故だろうか。桃奈さんほど容姿が端正であれば告白されることもざらにあるだろう。
「彼氏、いたことないの?」
「うん。なかなかいい人いなくって。」
なるほど。告白されてもいい人ではないと付き合いたくもないだろう。桃奈さんの言葉に少し胸がざわついた。
駅に着き、誕生日プレゼントを渡すのを忘れていたことに気がつき、桃奈さんと向き直った。
「今日誕生日だよね?これ、ほんの気持ちだけど、プレゼント。誕生日おめでとう。」
少しぎこちなかったのは仕方ない。女の人にプレゼントを渡すなんて、初の試みだったのだから。
「ええっ!ありがとう!覚えててくれたんだ…!すっごく嬉しい…!中身、開けてもいいかな?」
「うん。ほんとに、ほんの気持ちだけど。」
中の2つの箱を確認し、一つづつ開けていく。1つ目はハンカチのようだ。
「すっごくかわいい…!どんなお洋服の時にでも合いそう…!こっちはなんだろう?」
2つ目も開ける。
「えっ…!なんだかすごく美味しそうなチョコレート…!高かったでしょ…?」
「ううん、気にしないで。美味しいと思ったから、この感動をおすそ分けしたかったんだ。」
「おすそ分け…!ありがとう…!」
とても嬉しそうにしている。悩んだかいがあった。プレゼントを渡したがる人の気持ちが少しわかったような気がした。
桃奈さんが箱を丁寧に紙袋にしまった。
「ほんとにありがとう。バイト先にも来てくれて、とっても嬉しかった。」
「ほんと?急に押しかけちゃった感じになっちゃったんじゃないかって、ちょっと心配してたんだ。」
「全然そんなことないよ。ほんとに嬉しかったもん。だって私…」
そこまで言って桃奈さんは口を閉じた。そして、手元の腕時計に目をやった。
「あっ、そろそろ行かなくちゃ。じゃあ、また明日ね!」
いたずらな笑みを浮かべるその頬には、ほのかな桃色が灯っていた。そして手を振りながら住宅街へと駆けて行った。
僕も手を振りかえす。気がつけば僕も頬に熱を帯びていた。
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