二-①

 白樺さんと知り合って、早2ヶ月が経った。あれから僕らはお互いに連絡を取り合ったり、ちょくちょく会ったりしている。僕らが会うのは決まってお互い午後授業の無い月曜だった。立川のファミレスで時間を潰したり、ウィンドウショッピングなどをした。

 桃奈さんの門限が18:00だと言うので、そこまで長くは出かけていられない。大学生になっても尚そんなに厳しいのだから、桃奈さんの親御さんは本当に桃奈さんを大切にしているのだろう。

 僕らは麦民同士語り合い、時には世の政治について話したりもした。白樺さんとは本当に話が合う。

 いつしか僕らは友也くん、桃奈さんと呼び合うようになっていた。桃奈さんと呼ぶ理由は、僕が相手をちゃん付けで呼ぶとなんだか相手を見下してる感じがしてしまい、なんだな悪いなと思ったからだ。

 そんなこんなで、僕らは絶妙な距離感を保っている。しかし、そんな関係だからこそ、ある1つの問題が浮上する。それは、5日後に迫った桃奈さんへの誕生日プレゼントをどうしようか問題だ。友達ではあるものの、同性と同じプレゼントにするわけにもいかない。しかし、異性だからと言って、彼女に渡すようなものをプレゼントしてはいけない。絶妙な関係だからこそ、絶妙なプレゼントのセンスが問われる。

 うーん、どうしたものか。

 そう考えあぐねていると、二限の授業終わりを告げるチャイムが鳴った。昼休みの始まりのチャイムでもある。周囲の人が席を立ち、ある者は帰途につき、またある者は食堂へ向かう。

 うちの大学の食堂は1号館と2号館、それぞれ1階にある。1号館ではラーメンやカレーなど、ガッツリ系のものが、2号館ではパスタやパンなど、少しおしゃれなものが食べられる。ちなみに3号館の1階はカフェテリアになっており、15時になるとパンケーキのメニューが置かれる。うちの大学は意外と食べ物の種類が豊富なのだ。

 1号館の食堂に行こう。そう考えながら廊下を歩いていると、誰かが僕の肩に頭を置いた。おそらく、法学科の光介みつすけだ。僕は日本文化学科で、光介と学部は違うものの、バイト先が同じだった為仲良くなったのだ。

「ほっしー…俺、もうだめかもしれねぇ…」

 光介は唸る様に言った。大方何があったかは予想がつく。

「世紀末みたいに言うな。…どうしたんだ?」

「彼女に振られました…」

 予想的中だ。光介は彼女ができては振られを繰り返している。

 禍々まがまがオーラを放つ光介を連れ、1号館の食堂へ向かう。今日は何か奢ってやるか。

 醤油と豚骨のラーメンの食券を買い、食堂のおばちゃんに渡す。机で伏している光介をみたおばちゃんは、豚骨ラーメンのチャーシューを増やしてくれた。

 会計を済ませ、ラーメンの乗ったトレーを光介の所に運ぶ。

「ありがとぉ…」

 声はまだ禍々している。

「構わんよ。で、今回はどんな人だったの?」

 聞いてくれるのか、と言わんばかりに、光介は顔を勢いよく上げた。

「それがさ、今回は浮気女だったんだよ。今日1ヶ月記念日だからプレゼント渡そうと思ってさ、新宿まで行っていいプレゼント買ったわけ。なのにさ、今日会おうって連絡したら、別の予定が入ってるって言われて。おかしくない?今日1ヶ月だよ?会いたいと思わない?」

 記念日ごとに会いたくない人もいるだろうなと思いつつ、光介のマシンガントークにとりあえず相槌をうつ。

「んでさ、おかしいと思って、今朝電話して誰との予定なのか聞いたの。そしたら、他の彼氏だって言ったわけ。俺は7人中5位だって言われてさ。」

「すげぇいるな。」

「そうなんだよ!俺そんなの耐えられなくて、俺だけにしてくれって言ったら、まあ、振られまして。」

 光介のため息と共に、話が一段落した。

 そんな最低な人だったら落ち込む必要も無さそうだけど、と思うけれど、おそらく光介の落胆の対象は自分だろう。

「俺、女見る目ねぇなぁ…」

「今回で何人目だっけ?」

「4人目。」

 光介は指を4本たて、ラーメンをすすりはじめた。

「1人目はファザコン女、2人目はヤリモク女、3人目は金目的女、4人目は浮気女。最悪すぎる。黒歴史だ。」

「でもさ、それだけ経験してたらそれっぽい女性は多少見分けられるようになるんじゃない?」

 光介がラーメンをすするのを途中でやめ、目を大きく開いてこちらを見た。その姿はマーライオンにしか見えない。

 光介はラーメンを再びすすり、飲み込んでからこう言った。

「それだ、そうなった気がする。この前近づいてきた女は、明らかにヤリモクだった。」

 光介は顔はいい。だから女性が近寄ってくるのだろう。話を聞き、僕は光介の顔を羨む《うらやむ》どころか、普通の顔で良かったとすら思った。

「ほっしーのおかげでなんか元気出てきたわ!あ、それと言っちゃなんだけどこれやるわ。」

 そう言って小さい紙袋を取り出す。『Harumoto TERASIMA』と書かれている。

「これさ、新宿のデパートにある洋菓子専門店のチョコレートなんだ。今日元カノにあげようとしてたやつ。振られても味は変わんねぇと思うから、やるよ。」

「デパートに売ってるのって、高いやつだろ?こんなの貰っていいのか?」

「構わねぇよ。というか、食ってほしいくらいだ。『元カノにあげようとしたけど振られて自分で食べたチョコ』って言うより、『元カノにあげようとしたけど振られてほっしーにあげたチョコ』ってした方が後々笑い話にできるだろ?」

「確かに。じゃあ家帰ったら食うわ。」

「んでさ、チョコ以外にももう1つあるんだけど…」

 そう言って細長い箱を取り出した。

「これ、元カノにあげようとしたネックレス…」

「それはいらない。」

「即答かよ!」

 僕らは笑いながらラーメンをすすった。


 *


 僕は立川のMistというファミレスでバイトをしている。

 ファミレスにした理由は2つ。

 1つ目は、家から自転車で行ける近さということ。といっても、2ヶ月前に自転車が壊れたきり、電車で通勤している。定期圏内ではあるし、何より、あの日自転車が壊れたおかげで駅で桃奈さんと出会えたから良しとしよう。

 そして2つ目。食費が浮くから。一人暮らしをしている自分にとっては、賄いという福利厚生はとてもありがたい。

 そんな僕のバイト先は、桃奈さんとよく来るjoysonの隣の店だ。同じ系列のお店なのに隣同士にあるとは、なんとも不思議な光景ではある。

 ある日、桃奈さんに立川のMistへ行こうと言われ、賛成するのを躊躇ためらった。女性を連れてバイト先に行くなど、相当な勇気がいるからだ。

 桃奈さんにそのむねを話したところ、了承してくれ、内心ほっとした。

 そして、今。

 その桃奈さんが今自分のバイト先に来店した。驚きなんてものじゃない。何が起こっているか頭がついてこなかった。確かにその時僕のバイト先を言ったが、まさか来るとは思わなかった。

「こんにちは。」

 満面の笑みで桃奈さんが言う。

 それをきっかけにし、ようやく店員としての意識が帰ってきた。

「いらっしゃいませ。お客様1名様でしょうか?」

「はい。」

 跳ねるように頷く桃奈さんを喫煙席から1番離れた窓際に案内した。いくら知り合いが店に来たからと言って、適当な案内はしない。

 いつもの接客をし、裏に一旦戻る。表では平然を装うものの、裏に行くと自分の心臓が倍くらいのスピードで脈打っていることに気がついた。知り合いを案内するとき、なぜかいつも少し緊張する。しかし、今日はその比ではない。

 ピンポン、と呼び出しボタンの音がする。表に戻ってボタンを押した席を確認する。桃奈さんの席だ。少し呼吸を整えてから向かう。

 桃奈さんはチーズケーキとドリンクバーをオーダーした。

「何か他に食べたいものある?サービスで出すことも出来るよ。」

 桃奈さんは驚いた様子で首を横に振った。

「ありがとう、気を使ってくれて。」

 ふわりとした表情で笑う。僕は何度この笑顔に見とれたことだろうか。

 1度裏に戻り、チーズケーキを皿にのせ、桃奈さんの所へ運ぶ。

 ティータイムの時間ともあり、店員は僕1人だが、お客様も少ないので1人で十分に接客ができる。

 桃奈さんはオレンジジュースを飲んでいた。チーズケーキに合うようなジュースを選ぶあたり、桃奈さんのセンスが良いことが分かる。

「お待たせしました。」

 チーズケーキをテーブルに置く。桃奈さんは感嘆の声を上げ、手を合わせた。

「桃奈さんは前にバイトしてるって言ってたけど、今日は無いの?」

「うん。平日じゃなくて、土日にやってるの。」

「土日か。どんなバイトをしてるの?」

「それは秘密。」

 桃奈さんが人差し指をたてて唇にあてる。

「そのうち、わかる時が来ると思うよ。」

 少しいたずらに笑う。

 その後桃奈さんは、オレンジジュースとチーズケーキを綺麗に食べ、お会計を済ませて帰っていった。

 帰る前、美味しかったですと僕に言ってくれ、胸がすくほど嬉しかった。それが店員としての喜びなのか、桃奈さんの笑顔を引き出せたことへの喜びなのかはわからなかったが、ただ1つの喜びの雫が心の中で踊っていた。

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