第3話「失踪者の正体」


 僕は一人走っていた。


 いつの間にか外は暗くなっており、アニーも居なくなっていて。でも僕は最愛の黒猫を探す余裕もなく、ただ走り出していた。


 あの部屋に入った瞬間、結界が働いた。あの議長、なんてことを隠していてくれたんだ。魔力の残滓は方便に違いない。

 あそこは紛れもなく魔術士の部屋で、防御結界が敷かれていた。それもかなり攻撃的なものが。


 はじめから少し疑問には思っていた。残滓を読み取れる者がどうして続けて調べていないのか。

 多分、無事じゃ済まなかったのだろう。僕はぎりぎりで何とかできたとはいえ、やってくれる。


 部屋を捜索してわかったことは三つ。見つけた計画書というか日記によれば白猫は使い魔で、かつ失踪者は敵国のスパイで。そして失踪者は部屋の中で干からびていた。

 三ヶ月前の戦いで敗北したはずの国が残して行った危険人物。取り残された彼は怪我で身動きも取れず、使い魔に魔力を吸い取られ続ける日々を送っていたらしい。


 見捨てられた絶望から始まった日記。スパイの証拠になってしまうというのに、それでも書かずにはいられなかったもの。

 そこに綴られた恨み言は置いておいても、そこには妄執で描かれた陣が記されていた。軽く読み取っただけでも術理は街を半壊させるほどのものだとわかった。


 続くのは敵国の街を潰して、それを手土産にして帰国するという算段。

 華々しく帰国だなんて、おおよそうまくいかないだろう絵空事だったけれど。それでも術士としての腕はあったのだろう。その術は完成しかかっていた。


 術士である自分が怪我で満足に動けなかったとしても、使い魔をキーに満月の夜に湧き上がるマナを組み込んで発動するよう設計されているらしい。

 そして、次の満月は今日のはずだった。前の満月の晩にアニーと出会って、それからほぼ一ヶ月。絶対に発動を阻止しなければ。


「テト、それでどうするつもり?」


 目的地に着いた僕に、落ち着いた声がかかった。やっぱり、どうであれ彼女の声は安心してしまう。僕は走って乱れた呼吸を落ち着けながら応えた。


「やあアニー。やっぱり、ここだったんだね」


 月の光を反射して、小川はその魔力を流し束ねる意味を持つ。西の橋の上で、アニーは一ヶ月前のように、その黒いシルエットを浮かび上がらせていた。その姿は、いやに神々しい。


「……そういう欲を向けないでって言ったじゃない」

「そういう欲って何だい?」

「自分の好きにしてやろうという、ぶつけるような欲。それは私たちにとって殺意と同じよ、テト」


 失踪者の記していたキーとなる使い魔は、アニーという名前だった。

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