第2話「ちょっとした捜査依頼」

 路地を歩きながら、必死に黒猫に弁解する小柄な男子の姿がそこにはあった。僕である。


 なんとも恥ずかしかったので、将来眷属を得たとしてもこんな関係性にはならないよう気を付けようと思ってしまった。


「呆れたわ。それで受けてしまったというのね」

「だってしょうがないじゃないかアニー。確かに一ヶ月分の宿代や食費は無視できないし」

「乱れを均すのはテトの仕事だとしても、そこに住まう者たちで支援するのは当然の事じゃないかしら。自分たちに関わることなのだから」


 アニーはぷりぷりと尻尾を振っている。ついつい僕はにやけてしまいそうになるが、どうにか困った顔を作って必死に対応中だ。

 議長の頼み事は、街中で起きた失踪事件の調査。どうも軽く調べたところ魔力の残滓があったらしい。


 詳しくは僕の領分じゃないと思うんだけど、今現在この街でその手の調査が出来そうな人材は僕だけだそうで。手が空いたのなら頼めないだろうかと、ここ一ヶ月の宿泊費や食費について触れつつお願いされてしまったのだ。


「でもアニーはそう言いながらもついて来てくれると」

「……帰ろうかしら」

「ごめんごめん。お願いだから一緒に居て」


 脚を止めたアニーに半眼で睨まれてしまった。さて、そろそろふざけてないで真面目にやらなければ。


「資料によると失踪者は南区に住んでいた30過ぎの男性。戦中に怪我を負って療養中だったとのこと。毎朝パン屋に来ていたのに、一ヶ月ほど前から急に来なくなってしまったらしい」

「その説明は、私にも協力しろということかしら?」

「あはは、自分の考えを整理するためでもあるよ。というわけで、ここがそのパン屋」


 僕とアニーは南区にあったパン屋にやってきていた。帝国ではパンはパン屋組合でしか焼くことが許されていない。郊外というか地方では徹底できていないそうだけれど、少なくとも最近帝国へ入ったこの街は行き届いているそうだ。


「ごめんくださーい」


 僕はアニーの事もあって表から声をかけた。食糧を扱うお店にアニーを伴って入るのは気が引けたからだ。ただの猫として振る舞う彼女が箒で叩き出されるなんて光景も見たくない。


「んだぁ? 朝の分はもう終わったぞ坊主」


 真新しい店構えから出てきたのは体格の良い筋肉質な男性だった。粉で汚れた前掛け姿を見るに、きっとこの店の主人なのだろう。僕は議長に貰った資料を彼に見せ、話を聞いてみた。


「ええっと、議長から失踪者について調べるように言われているんですが」

「ああ、議長が言ってた奴か。ったくまだ落ち着いてねぇってのに失踪者の一人二人。午後の分もあるってのに」

「そう言わずに。魔力の痕跡があるのなら人為的なものかもしれませんから」

「ちっ、嫌なもんだぜ戦のあとだってのによ。で、何が聞きたいんだ?」


 主人は不機嫌そうに腕を組んではいたが、こちらの話を聞いてくれるようだ。ただの子供にしか見えない僕を追い返さないだけマシかもしれない。


「名前は、悪りぃな。いちいち大量に来る全員は覚えきれてねぇんだ。戦のあとこの地域を一手に引き受けることになっちまったしな。でまぁ、こいつぁ怪我してたろ。自分でこれねぇんじゃねぇかって話になったんだが、遅くなっても必ず取りに行くからってよ。そう言ってた奴が来なくなっちゃおかしいだろ」


 眉根を寄せて主人は語ってくれた。魔力の流れを見るに、動揺や隠蔽という動きは見られない。彼の生命力は静かに流れていた。

 特殊な訓練を受けているなら別だけど、多分本当のことだろう。


「ついに逝っちまったと思っても確証はねぇし、議会も青年団もとにかく手が足りねぇ。んで落ち着いてから聞いてみたら不明だって話になった。俺が知ってんのはそのぐれぇだな」

「ありがとうございます」


 そこで初めてパン屋の主人は傍らのアニーに気付いたのか、ちらりとそちらを見ていたが、店の中から聞こえてきた赤ん坊の声で慌てたように組んでいた腕を解いた。


「お子さんですか?」

「ああ、悪りぃがもういいか? 娘が産まれたばかりでな!」

「僕で良かったら診ますけど」

「あぁ? どういうこった」


 訝しむ主人に僕はにっこりと営業スマイルで話を持ち掛けた。


~~~~~


「テト、あなた意外とちゃっかりしてるのね」

「それはどーも」


 僕らは失踪者の住んでいたあたりへ聞き込みにやって来ていた。その際に有効なカードとなったのが、パン屋の主人から頂いたいくつかのパンである。

 泣いた赤子の魔力を安定させてリラックスさせることも、ゆっくりと眠らせることも、何が原因で泣いているのか単純に流れを見て判断できる僕にすれば簡単なことだった。


 魔力の流れは正直だ。生命力の流動を見るだけなので、特に訓練を受けた術士でなければ色んなことが読み取れる。師匠によれば僕の眼はなかなかのものらしい。

 最初主人は大事な赤ん坊に僕のような見知らぬ子が触るのを嫌がっていたものの、すぐに感謝してくれお礼にとパンをいくつか用意してくれた。


 あとはそのパンを報酬にご近所さんから情報を集めたというわけ。


「それにしても白猫だってよアニー。知り合いだったりしない?」

「さぁどうだったかしら」


 失踪者はどうやら飼い猫が居たらしく、怪我をしているというのに居なくなった白猫を探していたという。

 流石に一ヶ月も前の痕跡を追うことは出来ないけれど、それでも目標が見えればやりようがあった。


 それにしてもよほど大事な猫だったのだろう。その気持ちは僕にもわかる。アニーが居なくなったら僕だって必死に探し回るに違いないのだ。


「というわけで彼の部屋に着いたけど、アニーはどうする?」

「私は遠慮するわ。白猫の毛を探すのでしょう?」

「あー、確かに。アニーにもあるもんね白い毛」


 初めは白猫の毛を探すつもりだった。彼が探し当てたかはともかく、生きている白猫からなら深く関わりがあったはずの失踪者との繋がりを辿れるから。

 僕は魔術体系として、理論を用いて効果を引き出す術式より、縁さえあれば死者や魂との交信を得意としていたから。


 でも、その考えは部屋に入ってすぐに捨てた。

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