第4刀 古なる者

「ヘキサボルグ、何してんだ? 」

「見ての通りバイトだよ。お前の背格好じゃ誰も雇ってくれねえだろ」


 そう言って胸の名札を親指で示す『ヘキサボルグ』と言う男。名札には『ムツマタ』と書いてある。


「ムツマタ……さん? ですか?」

「偽名な。俺の銘はヘキサボルグ、六又の槍だからな」

「でも、コイツは正確には槍じゃねーぞ。変形すると槍に見えるだけで、先端が四つの形態に可変するなんて武器はおまえら人間の文化体系では製造できない」


 傍から見ると食べ物の追加に見えるらしく、周りは何も言わない。それに、猛仙のその説明はよく分からない。その旨を伝えると、ヘキサボルグは親切に教え直してくれた。


「そらーな。俺は人の言うところの古代兵器……オーパーツ……まあ、おまえらとは違う文明で作られた物だ。こいつのいう技術体系が違うってのは、お前らの文明とはスキルツリーが根っこから違うから造れないって事。おい、お前バーガー速攻で食っとけ、消える魔球みたいになってんぞ。国の名前は、そうだな。俺以外発音できんな」

「言うなよ?」


 猛仙いわく、その言葉を聞くと何か良くない事が起きるらしい。なんで国の名前が呪詛なのか、非常に深い謎が残る。


「あなたはじゃあ、歴史に居ないってこと?」

「そうだ。文明がそもそも違うから当たり前だけどな」

「そう言えば名前聞いてなかった。俺を知ってるのに俺が知らないのは不平等だよ」

「不平等て何言ってんのよアンタ。私は愛鹿まなしかミナ」


 小学生並みの理論にぶっ飛びながら、ミナは自己紹介をする。猛仙は大きく頷くと、半分以上残っているバーガーを一吞みにする。席を立つと、ヘキサボルグの袖を引っ張り奥に連れていくと、何やらヒソヒソ話している。


「……大丈夫だろ、何かするとも思えねーよ」

「それはそうだが……今は『ナギリオウマ』が帰ってきてる。あのメンヘラマジキチ女が発情したら……」

「え? 両方いけんの?」

「ん? おお、うん。言ってた」

「え?」

「え?」


 程なくして席に戻ってきた二人は、残念そうな顔をしてミナを見る。


「なによ」

「あー、厳正な協議の結果、アジトで縁切り作業ができなそうなので時が来るまで猛仙が君をしばらく護ります」

「縁切り? 私を何から守るって言うのよ」


 突然の言葉に驚きながらも、言葉を返す。それに対しヘキサボルグが即答した。


「俺達は『歴史から消えた武器』。でも、この世界には当然『歴史に名を残した武器』もある。草薙剣や猛仙の姉達の事だよ。俺達はそいつらに恨みを持たれたり排除の対象にされてるんだ。俺らと接触したってことは、君も狙われる可能性が高い。それに昔ながらの怪異も縁がある以上連れに来ようとするはずだ。脅威はクソ多いんだ、人じゃ自衛しきれんレベルでな」

「そんな……! なんでそんな事に」


 実際、怪異なんて何でもありだし、正面から尋常に来る奴見たことないよ。と猛仙も言う。全くいい迷惑だ。しかし、現に自分は骨の群れに襲われ、猛仙の追っ手たちには意味深な言葉を告げられている。


 ――――目眩がしてきた。


「理解の限度を超えちまったな」

「ともあれ関わらんでいい人を巻き込んじゃった責任は取らないと。それに、ぞんざいな扱いをしなさそうだし」

「本当におめえはチョロいな」


 ヘキサボルグが立ち上がると、店員らしく軽くお辞儀してキッチンに戻る。猛仙もハンバーガーの包み紙を捨てに行った。

 送るよといった彼は、ミナの家の近くまで一緒に帰ってきた。横に頭がなくなったので振り向くと、猛仙は家の前の十字路で佇んでいる。


 どうしたの、と聞こうとした。でも、その言葉は呑み込んだ。彼には帰る家がない。今までずっと、追われてきた。ひとり孤独に戦い続けてきた。

 いろいろ落っことしてきたのだろう、彼から伸びる影は鎧の凹凸で頭を抱えているように見える。薄桃色の目はこちらをじっと見つめるだけで言葉を発さないが、こう言っているような気がした。


『ミナは帰る場所があって、不自由のない生活が送れる。感謝するんだ』


「何ボケっとしてんだー、早く家入りなよー」


 猛仙が腰に手を当ててそう言った。ミナの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。猛仙には、憎悪はあれど悪意は見えない。こんな優しい子が手を汚すほど追い込んだ家庭とそれが良しとされた時代そのモノに怒りがわいた。これ以上彼が苦しむことはないと強く思った。だから、ミナも叫ぶ。




「……っ、あんたこそ何でぼーっとしてんのよ! 早くうちに入るよ!」

「施しはいらんよ、こんなナリでも戦国出身のサムライだからな。……あっちょっと、ああっ」

「知らないよ、なんでもいいから、おいで」


 猛仙の所に走って戻り、さっと手を掴むと引っ張り、家の門を開ける。本人は力を入れて抵抗しているが、グイグイ引きずられる。やっと諦めたようで、手を繋いだまま並んで歩き出す。「変な目にあっても知らねーぞ」と脅してくるが別に気にしない。弟ができた気分だ。


 ドアを開けて入る時、ちらりと後ろを向いた猛仙は、夕日に映り込む影法師を見ると本来の性格が良く出ている、安らかな笑みを浮かべていた。


 ――伸びる影、仲良く手を繋ぐ姉弟の記憶。怒りと恨みに塗り潰された、はるか昔の話なのだ――


「五代目よ、やっぱお前は優しいんだよ。父は許さないでも良いだろうけど、姉達だけは許してやって欲しい」


 金色に輝く剣――× × × ×を担いだ男は、ミナの家から遠く離れたビルの屋上で風に吹かれていた。


「お前はそんなことしない、俺は信じてるぞ」




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