第5刀 斬殺嫌疑

 数日経ち、今ではすっかり空気に慣れ、ミナの部屋で寛いでいる猛仙。カーペットの上には数冊のマンガが置いてあり、その横では机に座って問題集を解いている家主(と、猛仙は思っている)の姿がある。彼は、たまに後ろから問題を覗くと、ヒントを出してくれる。数百年生きているだけあって頭は凄まじく良いのだ。


「こんな勉強、なんの役に立つんだろう」

「ほぼ役に立たねえよ? でもある程度必要になる時は来るよ。備えろ、備えあれば憂いなしだ」


 他人事の様に語る猛仙なのだが、また様子がおかしい。チラチラ窓の外を見ている。追手がまた来たのかと思ったが、どうやら違うようだ。


「……何見てるのよ?」

「ヤマトタケルの霊剣がこちらに来てる。あいつは問題児のスサノヲノミコトに代わって犯罪を犯したやつの捕縛をやってるから、俺を捕えに来たんだろな。無実を証明してくる」


 そう言いながら、ラジオを顎でしゃくって示す。そこからちょうど速報が流れてきた。


『本日未明、30代後半の女性が死亡しているのを、同居人の男性が発見しました。遺体は刀傷と見られる裂傷が数十本あり、警察は以前から起きている連続斬殺事件と同一犯であるとの見方を強めています――』


「神器なら跡が必ず残る故、犯人はあっちも検討がついてるはずだ。でも、あいつらからしたら俺を疑ってかかるのは当然だ。あの神社の神サンが言ったみたいに冤罪が追加されてたろ?」


 と言い残すと消えた。今まで猛仙が持っていたマンガが静かにカーペットの上に転がる。ぴらりと開かれたページには、怒りに呑まれ暴走する主人公が描かれていた。


 猛仙は強い力を感じる場所に向かう。同時に、彼の周りに電流が走った。


「力場演算、開始……全装備攻撃待機」


 向こうから1人、男が歩いてきた。猛仙は軽く手を上げると、向こうも親指を立てる。二人は道の真ん中で向かい合った。


「モウセン、探したぞ。親に追われてるって聞いて心配してたんだ、生きてて何より……」

「三代目……よく今までノータッチでいられたな、あのおっさんキレないの? ……で、用事はなんだ? 先に言っとくけど俺はやってねえぞ」


 三代目、と呼ばれる男――――三代目はうなづく。


「その歪んだ性格は治ってねえな。ああ、キレそうだけど嫁さんたちが宥めてるよ。俺はお前じゃないと思っているが、こちらも仕事なんで確認だ。あの斬殺事件は妖刀、もしくは神器によるものだが関与は?」

「してねえ。俺は向かってきたやつしか返り討ちにしないし、折れてるからろくに切れねえよ」


 じゃあ、と三代目は一瞬虚空を見ると剣を振り下ろす。並の人間、いや、神様だろうが今の一撃は回避出来ないだろう。


 ばぢっ、と言う音で防がれた事を理解する。見えない壁に阻まれているかの様に剣先は猛仙の数センチ前で止まっている。


「黒百合の能力か……お前のそれは白百合のやつも含んでいるかな?」

「ああ、五行載ではおめぇの攻撃を防げない。あれは対人向きだからね。『斥力、引力の操作』……力の壁は破れねえだろ」


 そして、刀を取り出すと刃を見せる。無残に真っ二つになっている刀で誤解は解けた。猛仙はなおも続ける。


「俺は人を斬れない。だからこの能力で守ってる。わかったら帰ってくれるか」

「おう、でもお前の姉貴達には話さないといけない。お前が元気かどうか狂わんばかりの心配してるからな。口止めしとくが」

「言うならここで殺す。確実に奴を始末する為にな」


 三代目の横にある街路樹が前触れなしに倒れる。彼はため息を着くと「わーった、尊重する」と言い残し、街路樹に触れる。街路樹は元の位置に戻り、風に吹かれている。これで天叢雲剣を破壊することは出来ないが、斥力を使用し音速で飛ばす事で時間を稼ぐつもりであった。


「我が主、ヤマトタケルからの言伝だ。『一度うちに顔を出せ、飯くらいは食わせてやる』……だってよ、元から捕らえる気なんてねえんだわ」

「信用できないな」

「バッカ、権能を知らんわけじゃないだろ?」


 考えておく、と答えた猛仙の頭を軽く叩くと手をひらひらしながら消えていった。


 猛仙の頭の上に何か落ちてきた。キャッチすると、今倒した樹にあった鳥の卵だった。手の匂いがつかないように卵を浮かせると、巣に投げ戻した。ゆっくり着地させ、無事を確認するとミナの家とは反対方向に歩き出した。


「うわー! 分からないよ! モウセン!

 早く帰ってきてー!」


 ミナは難問にぶち当たり、悶絶していた。




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