第3刀 『妖刀』②
ミナは親の居る方向に行ってしまった猛仙を追い掛けようとしたが、部屋の外には誰も居ないという、傍から見れば摩訶不思議な光景を目にしていた。
さっきの憎悪は何だったのだろうか。あの歳……とは言っても数百年単位の話だろうが、見た目にして小学校低学年かそれ以下にしか見えない子のする顔では無い。ただ戦に次ぐ戦の時代を生き抜いたというだけでは説明できない根深い闇のようなものを感じる。正直、彼とは二度と会いたくないとまで感じさせる眼光であった。
「モウセン……」
ミナはそう独り言を言うが、さっき彼から聞いた言葉を思い出す。そして、その顔をしていた時に小さくこうも言っていた。
「ああ、またか」
――1度この世ならざる者を見たのなら、そいつらとお前に『縁』が出来る――
しかし、それでも、どんなに嫌な顔をしていたとしても、自分を助けてくれた。命の恩人が何かやらかして捕まりでもしたら、後味が悪いことこの上ない。
ミナは窓辺に駆け寄ると、猛仙が見ていた方をじっと見つめる。そちら側は住宅街となっているが、街の中ではそこそこ目立つ公園がある。何となく猛仙の見た目から連想し、公園に向かう。
「ちょっとミナ、どうしたのよバタバタと!」
「用事があるの! 行ってきます!」
リビングから母親の声が追いかけてくるが、それを置き去りにするように外に飛び出す。ここだけの話、ミナは高校時代陸上部に所属しており、短距離を専門としていた。なので脚力には自信がある。猛仙には追い付けるはずだ。
「しつこいな。やっぱお前ら腐れ猿野郎の差し金だろ」
「我々は貴様を殺せと命令を受けてきた。依頼者のことも話すことは無い」
そんなやり取りが奥の路地から聞こえてくる。片方は知らないが、この声は猛仙だ。
「殺せるというなら、やって見せろ」
「モウセン!」
路地に入ると小さな背中に声をかける。彼は振り向こうともせず、その場からバリッと何かがはじける音がし、次の瞬間には居なかった。
そして、その奥には数人の仮面を被った人達がいる。そのうちの一人が言う。
「この女、見てるぞ」
「見られた」
「連れて行こう」
口々に『見ている』ことを連呼すると、数人いる連中のうち一番手前にいる一人が指を向ける。すると、ミナは指一本動かせなくなった。
「な……なに……これ……」
「回収完了。あとは奴を始末すれば終わ」
ざりっ。
言葉を言い終わる事も出来ずに1人の首が地面に落ちた。瞬間、ミナを拘束していた1人の体が凄まじい力で吹っ飛び、電柱に衝突する。体が弾け飛び、大量の血液がアスファルトと電柱、外壁にかかる。ふわりと金縛りが解けた。
その光景と血の匂いにミナは瞬時に目を背けるが、吐き気が込み上げてきた。近くの側溝にぶちまけてしまう。
「ねくすと」
残党を見ている猛仙の左手には雷、右手に炎がチラつき、爆ぜている。
ミナは涙目になりながら彼に飛びつく。猛仙の体は、服の上からでもわかるほど傷でボコボコになっており、かなりショックを受けたがとにかく抱き締める。
「もうやめて! ……もう、やめて」
猛仙の両手から雷と炎が消えた。が、相手に異変が起きた。剥き出しの腕がどんどん細く、瘦せこけ始めた。
「お前、なんで……あと少しだったのに」
「あと少しって……人だよ、人を殺してるんだよ!?」
「さっきも言ったな。『見えてるものが真実か考えろ』って。よく見ろ」
ため息をつく猛仙の向こうに転がっていたはずの死体が消えている。飛び散った血もいつの間にか無くなり、いつもの路地がそこにはあった。上を見ると、干からびた残党が路地にボトボトと落ちてきた。真実じゃないか。ひっと息を呑むと、猛仙は言った。
「これが俵絶の呪いだ。俺は、俺を粗末にする者を許さない。ぞんざいに扱う者を認めない」
そして、話が続く。ミナは聞き入ってしまう。
「ひとつは名刀としての側面。俺は折れてるからアレなんだけど、丁寧に扱えば俵を何個重ねても撫で斬れる程の斬れ味を持つんだ。これが、俵を『断』つ力。でも粗末にすると、こうなる。持ち主の生命力、栄養を全て奪う。本人は飯が食えない体になるし、大体ミイラ化して即死する……文字通り俵、食料を『絶』つんだ」
そう言いながら砂のように消えていくミイラを指さす。ミナは意地でも見ないようにしながら話を聞く。 見るものは猛仙の顔しか選択肢が無いので、恐怖を抑えながら見る。
驚くことに、少し笑っている。先程の強い憎悪は全く感じられない。こう見ると、かなり優しい顔をしていると思う。
「そしてこいつらは八百万の神。いっぱいいるからちょっと欠けたくらいどうということはない。信仰さえあればまた生まれる」
ミナはそういう話をしているのではなく、命を奪うことについて述べているのだが価値観が違いすぎて開いた口が塞がらない。
「姉ちゃんたちは、この呪いを持ってない。みんな丁寧に扱われて、最終的には神様にして貰ったからな」
「……なんでモウセンはそうなってないの?」
何となく今までの話の流れと語られた彼らの特性から察しはついているが、とりあえず腰を落ち着けたい。目についた赤地に黄色のマークのファストフード店に入る。店員さんが、「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりでしょうか?」と声を掛けてくる。
「モウセン、食べたいものある?」
「え? あ、いやー……じゃあ、あれ」
と言って指さすのは、『最強のメガサイズバーガー!』とデカデカと描かれたポスターだ。これを頼むのは、屈強なメンズばかりなのを知っているミナなのだが、隣で嬉しそうにしている猛仙を見ると後には引けない。恥ずかしさを抑えながら注文する。
「スーパーキングバーガーひとつ」
「え、あ……はい! スーパーキングバーガーをおひとつですね! 980円になります!」
店員さんに困惑とドン引きをされ、恥ずかしさで消え入りそうになりながら俯きがちに待つ。周りの人はヒソヒソと話しており、ひどい空気だ。
「なんだコイツら、面と向かって話せねえのか? ミヅハおねのいうコミュ障ってやつか? あたまわるそ」
「……さい」
「ん?」
「うるさい」
ドスの効いた声で一言。それを見た猛仙は即座に謝ってきた。
「ごめん」
「いいよべつに」
ちゃんと謝れる子は大好きだ。そんなわけで渡されたお盆は、本当にハンバーガーを乗せているのかと言う程の重量であり、それをもぎゅもぎゅと口に押し込む猛仙は、さながら深海魚だ。
「話の続きを聞かせてよ」
「俺は昔……親に散々いじめられた。ある時……我慢の限界になって、俺は家出したんだ。……変な罪がいつの間にか増えてたけど。俺が消えて、おね達も芋づるでいなくなったから神器や神とのつながりが切れて家は没落、ハジケた親父がさっきの奴らみてえな刺客を昼夜問わず山のように送り込んでくるのさ」
「なんて酷い……」
「ああまったく酷い話だよなぁ。お前は悪くない。そうだろ、猛仙?」
ふたりのいるテーブルの前に、店の制服を着た男が立っている。いま、『猛仙』と呼んだ。彼が見えている。普通の人には見えない妖刀の化身が。猛仙の方はと言うと、非常に驚いた顔だ。
「『ヘキサボルグ』お前何してんだ?」
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