第2刀 『妖刀』

 ミナは息を切らしながら家に入り、乱暴に扉を閉めると鍵をしっかりと掛けた。「ただいま」もそこそこに部屋に駆け込むと、やはり鍵をかけながら布団に飛び乗る。


「なーにをそんなアセアセしてんのさー」


 いつの間にか、先程の男の子が勉強机に腰掛けてこちらを見ていた。よく見ると目が薄桃色である事に気がついた。服装はズタズタに擦り切れた袴に、上半身は和装、さらにその上から鎧を装備している。が、鎧はところどころ残っているだけで辛うじて元々付けていた、とわかる程度だ。兜は無く、どこの家から出たのかはわからない。鎧がこんな有様なので破損したから捨てたのだろう。


 今は令和。ここ日本において、鎧付けて戦う場面は存在しない。異様な光景だが、この少年が人でないのは間違いない。


「なんで!? いるの!?」

「えー? ……なんとなく? いてえ!」


 ゲンコツが彼の頭をポカリ! と打ち据える。頭を抑えると、非常に不服そうな顔をする。


「何すんだよ」

「不法侵入! わかる!? 不法侵入だよ!!」

「そうか、この時代では人の家、勝手に入ると不味いのか」


 常識がまるでない、大河ドラマの知識だが武家の出ならそこらへんは幼少期から叩き込まれるはずだが……? 何か事情があったのだろうか。


「なんでここに来たの?」


 何となく、とさっきの言葉をもう一度述べると彼は続けた。


「今日からしばらくは気をつけなよ。1度怪異やこの世ならざるものを見たら、そいつらとお前に縁ができてしまう。何回も怖い思いする事になるぜ。対策はねぇから、常に考えるんだ。見えてるものは真実なのか。危険な所に行かないのはもちろんだ、ダメって言うのには相応の理由がある。視野を広く持てば連れていかれることは、無い」


 言葉の端々に、高い知性を感じさせる。間違いなくミナよりも経験を多く積んできたものだ。何歳なんだろう。


「あの、名前が聞きたいんだけど」

「名前? ……猛仙。猛る仙人って書いてモウセンだ。」

「モウセン? ……その、家族はどんな名前なの?」

「俺達は六人姉弟でさ、全員が植物にちなんだ名前なのさ。上から、マンジュ。シャクヤ、クロユリ、シラユリ、ミヅハ。と、俺」


 マンジュはマンジュシャゲと言う彼岸花の別名、シャクヤは芍薬。クロユリは高山植物でシラユリもユリ科の野草だ。ミヅハは三つ葉か、水芭蕉かどっちだろうか。


 モウセン? そんな植物あったっけ……。


「モウセンって……」

「俺の一族は皆、花の名前が付くんだよ」


 どこから入ってきたのか、大きめのハエが部屋を飛んでいた。モウセンが机にガラ悪く腰掛けながら指をハエに指すと、ハエに一瞬電流が走った瞬間ドロドロに溶け始めた。ハエだった液体が発火すると、跡形もなく消えてしまった。あ、分かった。


「モウセンゴケ!」

「大当たり」


 今起きた光景に目を疑いながら由来を当てると、モウセンは「にこー」と擬音が付きそうなほど笑う。人外と分かるが年相応な表情も見せて、とてもかわいらしい。たった今指からえげつないものが出たのは気にしないこととする。


「今何歳?」


 気になる質問その2だ。彼はうーんと頭を抱えると、残念そうに答えた。


「俺は年齢を覚えてねえんだよ、ミヅハおねと5歳違いでマンジュおねと16歳違うことは知ってんだけど……多分正確な年齢は誰も知らんよ、みんな長く生きすぎて年齢の感覚がガバガバだから」


 相当俗世……というか、この時代に染まっているようで「ガバガバ」と言う最新の言葉を使う。常識はないくせに言葉はよく知っているようだ。


「でもさモウセン、それでもまだ小さいのに家族はどうして近くにいないの?」

「え、あー……」


 突然黙り込むと、手を前に出して「まった」と言う。


「その話はなしだ!」


 何かあるんだね、顔からして嫌なことが……今は違うが、むかしは自分も反抗期があった。


 ……いつ帰ってくれるのだろう。


 モウセンが窓の外をじっと見ている。薄桃色の目が細くなると眉間にシワがよる。目つきが悪いなんてレベルじゃない。憎悪に満ちた顔だ。


「じゃあ、俺は帰るから。さっきの忠告は守りなよ」


 殺気を放ちながらまたね、と言う。吐き気がするような凄まじい力にその場に動けないミナをよそに、部屋の扉の鍵を空けると出て、扉を閉める。まずい、下には親がいる。ミナは慌てて扉を開けたが、彼はいなかった。階段を降りる足音すらせず、あっけにとられてしまった。







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