妄想の神様

「私は妄想の神様である」


 目の前に突如現れた不思議な男は、いきなり私にそう述べるのである。しかし、S氏は人を信頼しない。もちろんその男のことも信頼しない。疑いながらもS氏はその自称神に問いかける。


「……えっと、本当に神様なのです?」


「ええ、私は神様です」


「それでえっと確か、妄想の神様でしたっけ? 妄想の神様って一体どんな神様なんですか? 聞いたこともないのですけど」


「その名の通り、妄想の神様です。人々の妄想を実現させることができます」


「……人々の妄想を実現させる?」


 S氏はもちろん彼を信用しないので、こんな言葉を投げかける。


「神様すら信頼しない私が、そんな聞いたこともないような神様を信じるとも? もし妄想を実現させる力が本当にあるというなら、私の妄想を実現させてくださいよ!」


「……分かりました。ではどうぞ」


「……えっ?」


「だから早く言ってください」


「……えっ、本当に叶えるつもりなのです?」


「ええ、そのつもりですよ?」


 やけに堂々としてる姿勢にS氏は半信半疑。どうせ無理なら言ってみるだけ言ってみるか、と思い立った。


「では私を大金持ちにしてください」


「……分かりました」


 その瞬間、空から大量の札束が降ってきた。慌てて拾い集めるが、どう見ても本物の札束だった。


「こ、これは……」


「どうです? 信じてくれましたか?」


 S氏は人を信頼しない。一方で、一度信頼した人間はとことん信頼してしまうのだ。


「もちろんです!! す、すごい! 私はあなたを信仰しますよ!! 妄想の神様!!」


「……はは。あなたは面白い人ですね。もしよろしければあなたの妄想、さらに叶えてあげましょうか?」


「ええ、是非お願いします!!」


 S氏はあらゆる欲望を曝け出した。広大な土地に豪華な別荘、そしてとても優しく美しい妻。あらゆる妄想・理想を実現させていった。その頃には彼に疑心なんてものはなくなっていた。余裕の出来た人間は人を疑わなくなるからだ。


「……満足ですか?」


「ええ、満足です!! こんなに幸せな人生を歩めるなんて……あなた様のおかげですよ!」


「……ならば」


「……?」


 妄想の神様は恐ろしい目でこちらを見つめる。S氏は急にどうしたのかと困った表情をした。


「ならば……なんです? 妄想の神様?」


「……S氏さん」


「は、はい!」


「満足ならば……そろそろ現実を見ましょう?」


 ふと意識が戻ると、そこは小さな小さな自分の家だった。周りを見ても別荘などなく、優しく美しい妻もいない。


「えっ……」


 妄想の神様、確かにいるかもしれない。そしてその神様に願えばS氏の夢も叶うのかもしれない。


 しかし、妄想の神様とて、自分に願ってくれたことじゃないと叶えてあげられないのだ。


 S氏は妄想の神様ではなく、妄想の中の神様に願いを述べた。決して、妄想の神様に願いを述べたわけじゃない……だから彼は。


「えっ……えっ、えっ、さ、札束は? べ、別荘は……? えっ、なんで……」


 妄想を実現させることはできなかったのである。

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星新一さん風を目指して またたび @Ryuto52

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