夏の雪 ー寛喜《かんぎ》の飢饉《ききん》ー
河依龍摩
第1話夏に舞い散る、白き羽
この年、異変の
天候不順による、
時は鎌倉、時の天皇、
「はぁ、今年も作物の育ちが悪い。こんなのがいつまで続くのか」
「五十年前に比べれば、まだ良いのでは無いか。あのときは、源氏と平家の争いが激化しており、酷いもんだったと聞く」
「だが、そのおかげで俺たちの今の立場があるわけだし、何ともいえんなぁ」
都を歩く、武士とおぼしき者が、今の現状を嘆きながら会話をしていた。
「だが、あの時は農民が土地を投げ出す者も多く、
「あの頃は、
「いやぁ、都はまだ公家のほうが力はある、我々の立場は昔よりはいいとはいえ、こちらの力はここでは余り影響力がない。とはいえ不作になるのは今後を考えると良くない兆しだな」
「そうだな、あまり長引かぬ事を祈るしかないな」
この時より約五十年ほど前、
その後、ご存じ平家滅亡に至り、鎌倉幕府成立となるのだが、東日本一帯は幕府の力が及ぶも、西日本まで力が及ばず、二大勢力による二重支配状態となるのである。
寛喜二年、この年は前年からつづく飢饉はじわじわと拡大していた。
冬が終わり春を迎え、夏が近づきつつあるにも関わらず、まったく暖かくなる兆しが無い。いわゆる冷夏である。
「もうすぐ夏だというのにまったく暖かくなる兆しが無い、どうしたことか」
「昨年の不作で
農民の男達は困り果てた様子で、発育のわるい苗を見る。このまま苗が育たなければ秋の収穫に影響が出るのは必至、農民達にとっては死活問題である。
「まぁ、まだ夏には時間が少しある、様子をみるしかあるまいて」
だがこの後、今より状況が悪くなってしまい、経験したことの無い
「かあちゃん、寒いよ。冬みたいだよ」
幼い娘が、部屋の片隅で体をさすりながら、母親に語る。
「そうね、こんな寒い夏は始めてだわ。このままでは作物の生長にも影響が出るね、心配だわ」
「ねぇ、このまま冬になったらもっと寒くなるのかな、そんなのいやだよ」
「そんなことはないよ、この寒さはいまだけよ、きっと」
幼い娘を気遣うように、女性は優しく頭をなでる。
「やっぱり駄目だ、稲の生長が止まっている。このままじゃ今年もろくに米がとれんぞ」
そこに外から戻ってきた、男性とその子供とおぼしき数人が入ってくる。
「外は冬みたいに寒いよ、母さん。山でなんとか鹿はとれたけど、米がとれないと食べ物がなくなちゃうよ」
長男であろうか、鹿を足下におくと、そうため息をつく。
ここは、
とはいえ、夏にここまで寒いというのは過去に、いやこの先にも無いことであった。
そして、それがさらなる異常気象を、巻き起こすことになるのである。
「ねぇ、今日とても寒いよ、今夏だよね」
「ああ、朝とはいえここまで寒いというのはおかしい。稲も気になるしすこし外をみてくるか」
末娘にそう語ると、男は様子を見るべく建物の外へ足を運ぶため、身なりを整える。
寒さを感じながらも、軽装で外へ出たとき、男は目を疑うことになる。
今が夏であるはずなのに、夢でも見ているのかと、硬直した。一瞬自分の頭を疑ったが、それは紛れもない事実であった。
目の前を通り過ぎ、降り注ぐのは、風にゆれる白き羽のような、ふわりとしたもの。手を伸ばせば、ひやりと冷たく、手の中で消えていく。灰色のそらから降り注ぐもの、雨では無く雪だった。
一面銀世界のまるで冬のような景色、そこに舞い散る、雪、雪、雪。
「な、なんてことだ、こんな事あるのか」
男はその場で呆然と立ち尽くすと、自分の頬をつねる。夢などでは無い、現実である。
すぐさまきびすを返し、慌てて家の中へと戻ると。
「おい、みんな起きろ、雪だ、雪が積もっているぞ!」
父親は、顔面蒼白でそう叫び、家族をたたき起こした。
父の言葉に、耳を疑った家族は、慌てて外に飛び出す。
「な、なんだこれは、今、夏だよな。おかしいよ」
山も、地も、目に見えるところ、一帯が真っ白である。
「すごーい、夏に雪なんて凄いね」
一番下の末娘は、雪を前に走り出すと、はしゃぐように雪と戯れる。それに続くように、猟犬も娘と一緒に走り回り、楽しそうにじゃれついている。
だが、それ以外の家族は全員、硬直している。それもそのはず、このような事は、経験もなければ、今後の生活を思えば、むしろ良くない兆しである。
「こ、こんな事って……」
母はそうつぶやくと、その場で座り込んでしまっていた。
この年、全国的に長雨を引き起こしたあげく、別地では八月六日には大洪水を引き起こす。
さらに冬には夏とは打って変わって、極端な暖冬となり、農作物に大打撃を与えていた。
翌年は、
寛喜三年(西暦一二三一年) 某日
「これで、少しは良くなると良いのだがな」
「そうですね、あまりに長く続いては、死者が増えるばかりか、残った人たちも疲弊していしましますから」
この年、鎌倉幕府、
だが、それでも事態収拾に至らぬ為、翌年、年号を
それによって、妻子だけに飽き足らず、自分自身までも売り出す者が出る事になってしまう。それは、以後の混乱も引き起こすことになるが、それはまた別の話である。
この飢饉がいつ収拾したのかは、定かではないが、数年は続いたとみられる。
これら一連の騒動は、鎌倉時代最大の飢饉。
後に「天下の人種三分の一失す」とまで語られる規模に至る「
夏の雪 ー寛喜《かんぎ》の飢饉《ききん》ー 河依龍摩 @srk-ryu
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