87.過去を知る者

「ここです。大きな声は出さないように」


 医者に案内され、シンカたちが辿りついた部屋には大きな窓があった。

 硝子越しに中を覗くと、薄暗い部屋に灯る小さな発光石。その下の寝台ベッドには、白薄布シーツを体にかけられたセリスが横になって眠っている。


「そ、そんな……」

「……」


 シンカは口に手を当てながら震えた声を零し、リアンは睨むように目を細めながら、ぐっと拳を握りこんだ。


 二人の目に映るセリスの状態は酷いものだった。頭には包帯が巻かれ、深い傷跡の残る顔には血の滲んだ綿紗ガーゼが貼られている。

 おそらく、見える部分がこれでは腕や足、あばらの数本くらいは折れているだろう。


「ほんとに酷い状態だったんだが……助かってよかったよ。でまぁ、こんなときに言い辛いんだが……」

「金か?」


 店員の男が言い辛そうにしているのを、リアンが代わりに言葉にする。 


「あぁ……まぁ、そうだ。赤の他人とはいえ、目の前で死なれちゃいい気分はしねぇだろ? だから、この医者んとこまで運んだわけだが……」

「私も医者として、助かる者を見捨てるような真似ができるはずもありません。ですが、命を助けるのもタダではなく、高価な薬品などが必要になってきます。せめて……治療にかかった費用くらいはお願いしたいのですが……」

「もっともだな。いくらだ?」


 その問いに、医者は静かに答えた。


「金貨百枚……と、いったところでしょうか」

「なっ!? そ、そんな大金……」


 想像を絶する金額にぎょっとし、シンカが驚きの声を上げる。

 銅貨五枚は贅沢をしなければ、だいたい一人の一食分だ。銀貨は銅貨五十枚分の価値があり、金貨は銀貨十枚分、銅貨五百枚分の価値がある。

 つまり、金貨一枚でおよそ百食分となるわけだ。……それが百枚。

 少女からすれば、それはとても払える金額ではなかった。


「昨日大きな騒ぎがあっただろ? 実はあれで多くの怪我人がでてな。それに場所も場所だ。今ここにある薬は本当に貴重なんだ」

「で、でも……」

「少し考えさせてくれ」


 戸惑う少女をよそに、リアンはそう提案した。


「もちろんです。ですが、お金を稼ぐのに日々の宿代を払っていては本末転倒というもの。さっきのお部屋をお貸ししましょう。もちろん、お代は頂きません」

「いいのか?」

「ええ、このくらいしかできませんが……」

「十分だ」

「あ、ありがとう」


 感謝の言葉を述べるものの、当然シンカの表情は浮かないものだった。

 セリスが倒れ、かかる費用は膨大だ。

 世界を救うという目的がある中、ここで足止めを食らっている場合ではない。かといって、セリスを放っておくなど言語道断だ。

 これからどうすればいいのか、少女にはわからなかった。


 そして、そんな少女の脳裏に浮かんだのは……ロウの姿だった。



 ……………

 ……



「――ッ!?」

 

 何の前触れも無く、突然ロウが片膝を地面へと折った。


「どうした?」


 声の方を見ると、白銀の鎧を来た男はその場からまったく動いていなかった。

 そして、ロウの体に外傷らしきものも見当たらない。


「な、なんだ……今のは」

「ロ、ロウさん! 大丈夫ですか?」

「問題ない」


 心配するカグラに微笑みかけ、ゆっくり立ち上がる。

 大丈夫、身体は正常だ……ちゃんと動く。痛みもなければ、痺れもない。

 ロウは体の調子を確認するように、何度か掌を握って開くものの、変わった様子は何一つ確認できなかった。


「何か見えたか?」

「殺気で貴方を殺す未来像ビジョンを見せた……と、思っているのならそれは誤りです。本当に私たちは何もしていません」


 金鎧の男が言う通り、彼らは本当に何もしていなかった。

 感じた殺気もなく、むしろ凪いだ海のように穏やかな気配を漂わせている。

 高い魔力は相変わらず感じられず、相手が魔憑であるのかどうかすらわからないほどだ。

 ……ならばなぜ。

 無論、その答えを金銀の鎧を纏う男たちは知っていた。


「たとえ記憶を失っても、体がすべてを覚えている。今のはお前が勝手にイメージしたことだ」

「貴方は知っているはずです。私たちの癖を、どのような攻撃を仕掛けるのかを。何度も、何度も……戦ってきたのですから」


 そう言った男たちの言葉を、ロウはただ唖然と聞いていた。


「俺が……お前たちと戦って?」

「そこの娘」


 そんなロウを置いて、白銀の鎧を着た男がカグラに声を掛けると、彼女の肩がびくりと跳ね上がった。


「世界を救うという約束を……こいつに守ってほしいか?」

「ロ、ロウさんは約束を守ってくれます」


 揺れる瞳。しかし確かな力を宿した瞳。

 彼女の双眸はそれを信じて疑わないのだと、確かにそう告げている。


 小さな少女の想いそれは紛れもない本心で、だからこそ――


「ならば、ロウ。まずは強さを取り戻せ。このままでは、この運命にお前の席はない」

「な、何を言ってるんですか……?」

  

 その明らかに言い方は妙だった。普通、助言するならこうだ。――強くなれ。

 しかし男の言った言葉は、まるで今のロウが昔よりも弱くなったような言い方だった。

 ロウは二年前、能力を上手く扱うためにリアンたちの元を離れ、強くなって戻って来た。つまりはそう、昔に比べて間違いなく強くなったはずなのだ。

 しかし、彼らの言い分はまるで違っていた。 


「ロウ……この運命の中で、今の貴方はただの外野なのですよ。もしこの運命の中に、自分の席を作りたいのなら。世界を救いたいのなら……守りたいのなら。まずは――記憶を取り戻しなさい。そうすればただの傍観者から、確かな役になれるでしょう」


 鉄兜ヘルムに覆われた男たちの表情は見えないが、その声音は真剣だった。

 まるでそれを彼ら自身が求め、祈っているようにすら感じられるのは錯覚なのだろうか。


「お前はこの運命という強敵に、絶対勝つことはできない……今のままでは、な」

「急がば周れと言います。貴方の記憶が、この運命を変える鍵となる」


 運命を変える鍵、その言葉にロウは思わず瞠目した。

 いまだ導きの札カードに名前の挙がらない自分の記憶が、それに深く関わっているというのなら、その過去を知ることこそが二人の少女の助けになる。

 そしての先にある、二人の少女との約束に繋がっていく……それならば。


 このとき、ロウの中に浮んだのは二つの選択肢・・・・・・だった。


「お前たちの名前は……」

「俺の名はヴォルクだ」

「私の名前はブラッドと申します」


 その名を聞いて、ロウとカグラが同時に強い反応を示した。

 聞き覚えのあるどころではない。その名を聞いたのはついこの間の事だ。


「ロ、ロウさん。ブラッドさんって……も、もしかして」

「あぁ」


 ……忘れるはずがない。

 あのとき、彼らが口にした七年積もった想いを。


「私がなにか?」

「スキアとリンと言う名に、聞き覚えはないか?」


 ごくりと生唾を呑み込み、ロウは問いかけた。

 返って来る言葉など決まっている。男の秘めた実力からしても、おそらく間違いないだろう。

 しかし、こうもやけに緊張してしまうのは、やはりスキアたちの想いを知っているからだ。よもやこれほど早く、スキアに受けた恩を返せるかもしれない機会が訪れるなど、想像もしていなかった。

 

 だが、返ってきた言葉は思っていた通りのものであったものの、続く言葉はそれ以上に想像などできるはずのないものだった。


「……知っていますよ。それが何か?」


 抑揚のない声で告げらられた言葉に、ロウとカグラは自分の耳を疑った。

 その言葉に一切の感傷はなく、あまりにも冷めた物言いだ。


 今でも鮮明に思い出せる、スキアとリンの悲しげな顔。

 二人がどれだけ、今ロウたちの目の前にいる男を想っているのか。その気持ちは初て会ったロウたちにも、痛いほどに伝わるものだった。

 

 それを「それがどうした」と言わんばかりに答えたブラッドに、無意識に噛み締めた歯の隙間から小さな唸りの音が漏れ、ロウはきつく拳を握りこむ。

 だが、いくら感情を押し殺そうとしてもできるはずなどなかった。

 

「それが……何かって……? あの二人は、ずっと貴方を探し続けているんだぞ。もう七年も、貴方の帰りをずっと信じて待ってるんだ。なのに、どうして……どうしてそんなどうでもいいように言えるんだッ!」


 まるで自分の事のように、悲愴感を滲ませた声でロウは叫んだ。

 七年もの時を信じて探し続けるなど、並大抵のことではない。そんな二人がそれほどまでに大切だという仲間に、ロウも一度会ってみたいと思っていた。

 それが蓋を開けて見ればどうだ。


 当然、ロウよりもブラッドの方がスキアやリンのことを知っているのだ。

 二人の性格をよく知り、二人がどんなに辛い思いを抱えているかなど想像に難くないはずなのだ。それなのにどうして、そんな冷めた言葉を口にできたのか。


 そんなロウの思いに答えたのは……

 

「――お前がそれを言うのか?」


 白銀の鎧を着たヴォルグだった。

 それは問いかけでありながらも、これ以上ないほどの答えだった。

 ロウが何も言い返せず言葉を詰まらせると、ブラッドが言葉を重ねていく。


「先程、貴方に問いましたね。何故、記憶を取り戻さないのか、と。貴方が失った記憶の中の人たちは、今のスキアたちと同じ気持ちだとは思いませんか?」

「――ッ」


 その言葉はロウの心を深く貫いた。

 まさに言葉の反射カウンター。反論の言葉の一つも出てくるはずがない。


 ロウに遠い過去の記憶はなく、それが良い過去だったのかはわからないが、ブラッドの言葉は正論以外のなんにでもなかった。

 ロウを恨む者、憎む者、嫌う者、蔑む者、それらは当然居るだろう。だがそれと同じく、ロウの帰りを待ってくれている者もいるかもしれない。

 ブラッドを責める資格など、最初からロウにはなかったのだ。


 だが、少女は違った。


「で、でも! 帰りたくても記憶がないロウさんと、覚えているのに帰らない貴方とは違います!」


 ロウを庇い、カグラは強い口調で反論した。

 少女は知っている。ロウが誰よりもお人好しで温かく、優しい男であると。

 

 が、それでも男たちは微塵も動じることはない。


「記憶が無ければ許されるのか? 自ら記憶を取り戻そうとしないのは、結局同じことだ」

「それにスキアたちが探しているのは、正確には私ではありません」

「……ど、どういうことですか?」

「その内にわかります。貴方が覚悟を決めたのであれば」


 そう言って、ブラッドはロウを真っ直ぐに見据えた。

 鉄兜ヘルムでその瞳は見えないはずなのに、その奥底にある強い意志を感じ取ったのは気のせいではないだろう。

 そのあまりにも強い見えない眼光に気圧されるように、ロウは下唇を噛み締めた。皮膚から浮き出た粒が頬を伝って流れ落ちる。


「そ、そこまで言うなら、どうしてロウさんに過去を教えてあげないんですか?」

「それだと意味がない」

「ど、どうしてですか……」


 カグラは疑問の色を濃く浮かべ、感じた疑問をそのまま投げかけた。

 そうまでロウを責め立てるのなら、ロウを知っている二人が意地悪などせず教えてあげればいい。そう思えるのはカグラだからだろう。


 だが、ロウにはわかっていた。

 どうして二人がロウの失った過去を語らないのか。

 今思い出されることが、都合の悪いわけでもない。ましてや意地悪でも、ただ責めたいだけでもない。

 それは人として、もっと単純な問題だった。


「そうですね。では、仮に私が貴女の過去を知っていたとします。そして私が、貴女に・・・姉はいない・・・・・。今の姉は本当の姉ではない。血の繋がりなど何処にもなく、ただの赤の他人です……と、そう言ったら貴女は信じますか?」

「そ……そんなの信じられません」


 想像するだけでも嫌だと言わんばかりに、カグラは悲しげな顔でその首を左右に振った。


「そういうことです」

「俺たちがロウの過去を話したところで、信じることはできない。記憶を取り戻すことと、誰かから伝え聞いたことを自分の体験だと信じることは、決して同じではないと言うことだ。自分で思い出した記憶は、それを信じたくなくとも……信じざるを得ない」


 そう、それが人としての最も単純な問題だ。

 記憶のない者にたとえ真実を告げたとしても、その内容が今のその者にとって信じたくないような出来事なら、信じることは到底できない。

 都合の悪い事に耳を塞ぎ、目を瞑ってしまうのが人という生き物だ。

 そして仮にその内容が良いことであっても、やはり実感はないだろう。


 信じようとする努力はできる。しかしそう努力している時点で、その記憶は自身の体験には成り得ない。本当の意味で、その者の過去になることはないのだ。

 それはまるで物語を読んでいるようなものであり、物語の役に成りきろうとしているだけに過ぎない。

 それだと意味がないのだ。記憶を取り戻したことには、決してならない。


「俺の過去は……信じたくないようなものなのか?」


 ロウは静かに、少し震えた声でそう口にした。


「そうだ。だから、お前は常に恐怖していたはずだ。今の生活がいつまで続くのか。過去に己がしでかした罪を、裁く者が来るのではないか。己を恨んでる者もいるのではないか。いつか、己の過去に足元をすくわれるのではないか……とな。――夢の通りに」


 ロウは何も答えず、ただ押し黙った。

 今までに見てきた数々の夢の光景が、ロウの脳裏を過る。

 

「貴方の過去は、決してよいものではありません。だから、セツナは貴方に記憶を取り戻して欲しくなかったのですよ」


 静かにそれを口にしたブラットの声はこれまでと違い、僅かな寂しさのようなものが感じられた。


「どうしてそのことを……」

「あの女の考えそうなことだ。願いはしたが、約束はしていない。そうだな?」

「……そうだ」


 確かにその通りだと、ロウは頷き返した。

 ロウは記憶を取り戻したいと思っていた。過去に出会った人たちの為に。

 ロウは記憶を取り戻すべきではないかもしれないと思っていた。それが、恩人であるセツナの残した願いでもあったから。


 その二つの相反した思いの狭間で揺れ動き、セツナがいなくなった負い目から、それ以降ロウは積極的に記憶を戻す手段を考えることはしなくなった。

 それが何も返せなかったセツナへの、せめてもの贖罪になるのなら、と。

 

「セツナはいずれ、この日が来ることを知っていたはずです。ですが、貴方には普通に生きて欲しかった。だから願ったのです。記憶は……取り戻して欲しくないと」

「そして、約束がお前を縛り付けることも知っていた。この日が来た時、お前に普通に生きてほしいと願いながらも、最後の決断はお前がするべきだと思ったのだろう。だからこその、約束ではなく願いだ」

「セツナは……俺のことを知っていたのか? 俺とセツナはあのとき、初めて出会ったんじゃなかったのか?」


 考える事があまりに多すぎて、何一つまったく整理ができないまま話は進み、新たな真実を次々と突きつけられる。

 すでに、ロウの頭の中は混乱し、まともに思考することができないでいた。

 普段何事にも冷静に対処し、少女たちを引っ張ってくれた姿はここにはない。

 自分の思いを見失い、迷い子のように戸惑うそんなロウを見たのは、少女にとって初めてのことだった。


「……セツナは貴方の――」

「ブラッド」


 何かを告げようとしたブラッドの言葉を、ヴォルグが静かに遮った。


「セツナは俺の……俺のなんなんだ?」

「知りたければ過去を知れ。強くなりたければ過去を知れ。世界を救いたければ過去を知れ。ただし、覚悟しろ。この道を選べばお前はもう、後に退くとこはできない。逃げだすのなら今のうちだ。今の仲間と共に、世界の終焉をその目で見届けろ」


 ヴォルグが突きつけた言葉を、ロウはただ愕然と聞いていた。

 そんなロウをカグラは心配そうに見つめているが、なんと声をかけていいのかわからないのだろう。何も言えず、辛く悔しそうに唇を強く結んでいる。


「少し長話がすぎました。そろそろ、お暇させていただきます」

「ま、待て! セリスたちを返してくれ」


 この場を去ろうとするブラッドの言葉に、ロウの意識が無理矢理呼び戻される。

 自分のことは後で考えればいい。

 それよりも、セリスたちの身の安全を確認しなければならない。

 しかし、それに対するヴォルグの返答は、敵意の欠片もないものだった。 


「心配するな。男とは時機に会える」

「ハクレンのことも心配はいりません」


 そう言い残し、ロウたちに背を向けて二人は歩き出した。

 離れて行く背中を見つめ、ロウは自分自身に問いかける。

 ……これでいいのか、と。


 何故そう思ったのかはわからない。

 だが、答えを出さないまま、二人を見送ってはいけないような気がしたのだ。

 決断しなければならない。応えなければならない。

 これから先、己が進む道……己が意志、己が覚悟を。


「俺は……俺は、逃げない」


 身体の奥底から振り絞ったように出た声に、男たちの足が止まる。


「それが、セツナの願いに反することだとしてもか?」


 背を向けたまま、ヴォルグは問いかけた。

  

 ロウにとって、セツナは大切な恩人だ。

 記憶を失ったロウを救い、たくさんの事を教えてくれた。

 いずれこうなることを知り、パソスにも思いを残し、ロウに戦う為の力と知識を残してくれた。

 普通に生きて欲しいと願いながらも、こうして道を残してくれている時点で、きっとセツナにはこのときにロウが選ぶ答えもわかっていたのだろう。

 

 恩人だからこそ、その願いを叶えたい気持ちはある。

 だがしかし、恩人だからこそ、記憶を失った時の出会いが初めての出会いでなかったというのなら、セツナのことも思い出さなければならない。

 だからこそ、ロウは迷いなく頷いた。


「……あぁ」

「そうか……今のお前は迷花だ。お前自身が迷っていては、誰も照らしてやることはできない。だからまずは、お前が照らしてもらえ……月に」


 言って、ヴォルグは空へ指先を伸ばした。


「やはり……お前は変わらない」


 少し鼻で笑ったような声でそう呟くと、二人は最後まで振り返ることなく、この場から立ち去った。

 

 張り詰めたような空気から解放され、カグラの緊張の糸が緩む。

 ロウは地面を見つめ、何かを考えこむように険しい表情を浮かべていた。

 そんなロウに、カグラはそっと近寄ると……


「ロ、ロウさん……あ、あのっ……」


 戸惑うような声を漏らしつつ、ロウの手をぎゅっと握った。

 自分の思いが伝わるように、しっかりと握ったカグラの小さな手は、とても温かかった。


「……カグラ?」

「こ、こうしてると怖くないって、ロウさんが私にしてくれたから。……過去がどんな過去でも怖くないです。ロ、ロウさんには仲間がいます。みんながいます。そうですよね?」


 カグラの浮かべた表情は、まるで自分のことのように辛そうだった。

 そんな彼女を前に、ロウは自分の不甲斐なさに忸怩じくじたる思いが込み上げる。

 笑顔が似合う少女には、やはりいつでも笑っていて欲しい。


 だからロウは、今にも涙を零してしまいそうなカグラを安心させるために……


「ありがとう」


 そう言って、努めて柔らかく微笑んで見せた。



 …………

 ……

 


 地下の一室に戻ると、シンカとリアンはこれからのことを考えていた。

 シンカは置かれていた寝台ベッドの上に腰を下ろし、両眼を瞑りながら壁にもたれかかっているリアンに問いかける。


「ねぇ、あんな大金……どうするの?」

「なんだ。払うつもりでいたのか?」

「え?」


 返ってきたリアンの答えに思わず目が点になると、シンカは目を何度も瞬かせながら、こてんと首を傾げた。


「セリスをあんな風にしたのは、奴らで間違いないと確信している。だから証拠を掴み、セリスを回収し、奴らを叩きのめす手段を俺は考えていたんだが?」

「そ、そうだったの?」


 不安に感じていた自分が馬鹿みたいだ。それならそうと、男たちの目が届かないタイミングで教えてくれたらよかったのに……などと、シンカは心の内で愚痴を零す。


「だが……どうすればいいか。金が目的なら、ここで俺たちが金貨百枚という大金を簡単に積めば、奴らは調子に乗って他の仲間を狙うだろう。そこを叩けばいいんだが……シンカはいくら持っているんだ?」

「わ、私? 私は……」


 なぜか言い辛そうに僅かに顔を引きつらせながら、シンカは視線を彷徨わせた。


「……そんなに少ないのか? 金の貯められない女は――」

「ち、違うの! そ、そんなんじゃなくて、そのっ……」


 その先は絶対に言わせまいと、慌てた様子でシンカが声を荒げる。


「た、貯めれないというか、なんというか。カ、カグラが……」

「カグラがどうした?」

「私が持ってるのはお小遣い程度で、残りは……えっと……カ、カグラが全部持ってるから、その……私にはわからないかなって……へへへっ」


 頭を掻きながら、誤魔化すように苦笑いを浮かべるシンカを見て、リアンは深い溜息を吐いた。

 金の貯めれない女は、というよりも、妹が管理している事実もそれはそれでどうなのだ、と。

 

「そ、そういう貴方はどうなのよ!」

「俺か? 俺は金貨八十枚くらいだな」


 突っかかるシンカは、さらりと言ったリアンの答えを聞いて驚愕した。


「ど、どうしてそんなに持ってるの?」

「軍に入ってからの貯金だ。別に使い道もなかったしな」


 そう、リアンの趣味といえば釣りだが、軍に入ってからは鍛錬やロウを探すことばかりに専念していた為、これといって金の使い道などなかったのだ。

 特に贅沢をする性格でもないし、生活する為の衣食住に関する金さえあれば、残りは自然と溜まっていく。


「へぇ~……そ、そうなんだ」

「とはいえ、一度ロウたちと合流しよう」


 そう言ったリアンに、少女は無言のまま、コクコクと大人しく頷いた。

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