Act.165 宮廷術師会、新たなる世代へ

 一夜の爆睡。

 それはもう今までの比ではない程の、壮絶な戦いを経た直後。

 いつものバカ騒ぎが嘘の様に皆して床に着いたのです。


 しかし流石は、おバカ導師の件からお世話になる王室御用達の豪華絢爛なお宿。

 もう一夜休むだけでも、疲れが彼方へ吹き飛んだのには感謝しかないね。


 ですがそんなくつろぎもそこそこに、私は今この後控える大事な催しのため……連星太陽さえも顔を覗かせたばかりの早朝にいそいそ支度を整えるのです。


「あ~~困った! こんな朝早くから準備とは——女王陛下も色々あるとは言え、せっかちにも程があるね! 」


「それは仕方あらへんのとちゃうか? 言わばこれはミーシャはんの晴れ舞台や。ふむふむ……「私もこの日をどれ程待ち望んだ事か。」て、ウィスパはんも言うてる事やし。」


「君は朝から絶好調だね、今日のおめかしはいつものノリではダメだから困ってるんだよ! この!」


「誰がやねんっ!? もう精霊も付けてくれへんのかいな、ミーシャはんは!? 」


「リィィ……(汗)。」


 そこで余裕と言えば余裕……焦りと言えば焦りが顔を覗かせた私は、中々珍妙な名前を思い着いたのでこの手の配慮に疎い残念さんを弄って置くも止む無しだ。

 などと、しーちゃんやウィスパに見守られながらお宿のご立派なドレッサーを睨め付ける私へ……興味本意で声を掛けて来たのは賑やかさに目を覚ましたティティ卿でした。


「なんやミーシャはん、おめかしに難儀しとりますんえ? ほならウチが、施しますえ? 」


「そ……それは——致し方ない。今絶賛この手のプロフェッショナルなオリアナとペネが爆睡中。まさに渡りに船だ、頼めるかい!? 」


「構いまへんえ~~。ほな失礼して——」


 焦りが確実に勝利した私は、ティティ卿の申し出を甘んじて受けて準備完了へと突き進みます。


 この様に私が焦りを覚える発端は、自身が口にした女王陛下の下りとしーちゃんが零した晴れ舞台との言葉の羅列がかかわるのです。


 私が一番に目覚めたのではなく、経緯として——

 あの戦いの後の疲れもあるだろうディクター氏が、もう法規隊ディフェンサー担当と言わんばかりに意気揚々と言伝を運んでくれ……女王陛下より臨時の術師会継承の儀を執り行う旨を聞いての今に至ります。


 詰まる所——

 大々的とは行かないまでもアグネス国家の重鎮に伝わる様速やかに、宮廷術師会代表移譲の儀をおおやけの場に準備したと。

 そこでの儀を以って国内——引いてはアグネス国家に難事を突き付けてくる諸外国への牽制する狙いがあると。


 即ちアグネス宮廷術師会とは、それほどまでにザガディアスへ影響を及ぼす重要機関に他ならなかったのです。


「——まぁ、こんな所おすな~~。どや?十分儀に見合ったおめかし思いますえ? 」


 急な言伝で飛び起きた私も、オサレの専門でもあるオリアナとペネは爆睡中。

 先の戦いの後で起こすは気が引けるとの思いのまま、晴れ舞台ならばなるべく自身で己を相応しく着飾ろう——


 、焦りの中での準備を熟していたのです。


「ふっふ~~、もうええんかいな?そしたらミーシャはんの晴れ姿を……ぶっ!? 」


 それが直後、時すでに遅し。

 私の変貌をあえて完成してから堪能しようと、視線を逸らして待ち詫びたしーちゃんが……ドレッサーに映る私のあられもない表情を見て——



 



∫∫∫∫∫∫



 それは抜刀妖精ティティが、桃色髪の大賢者ミシャリアのおめかしを買って出た数分後の事。

 主の艶姿を堪能しようとした残念精霊シフィエールが……ツッコミも忘れて盛大に吹き出した。


「ふぁ~~。あらミーシャお早い起床ね? 何か急用でも——ぶっ……!? 」


「あら、オリアナさん? 一体何が——ぶっ……!? 」


 あらぬ事態。

 そこへ幸か不幸か、賢者少女がおめかしををと陣取る衣装室へ現れた白黒令嬢オリアナオサレなドワーフペンネロッタが——

 やはり揃って盛大に吹き出した。


「……ティティ卿? これは一体全体どういう事だい? かのアカツキロウでは、とでも言うのかい? 」


「えっ!? アレ……おかしおすな~~(汗)。確か、こんな感じで——」


 ドレッサーに映る己の艶姿。

 そのつもりで双眸を開いた桃色髪の大賢者が……ワナワナと拳を握り潰す。

 そこにはさしもの暁の大国アカツキロウにて皇族貴族に属した抜刀妖精相手でも、抗議も辞さないとの憤怒を嫌な汗と共に張り付けていた。


 白粉おしろいに、紫のアイシャドウ。

 染め上げられ……唇を染める紅は


 か――

 それは厳かなる儀へと赴く様相ではない……これより一般大衆を相手取り、色物大道芸で笑かそうとする芸人のそれであった。


「な……な、何をしてるんですか!?ティティ卿は! 」


「へっ!? いや……ミーシャはんが急遽、術師会代表移譲の儀に足を運ぶ言うさかい。その……国賓の前で恥ずかしない様なお化粧をと——」


「ふぁっ!? それの何処が、大事な儀に出向くお化粧な感じですか!? ちょっとそこをどいて下さいな感じ! 」


 もはや立場が逆転待った無しである。

 まさかの抜刀妖精の、早朝の急ぎ支度が必要な時間へ待ったをかけた。

 怒号を放つオサレ専門とも言える二人の迫力に、まさかまさかの涙目で部屋の端へと追いやられる事となった。


「もうこれ、どんだけ塗り重ねてるんですか!? ペネ……お化粧を落とす洗顔料あるわよね!? まずこれを落とさないと……! 」


「そうな感じね! ミーシャさん、すぐに洗面台へ行く感じよ! 」


 声を上げるや疾風の如きお色直しが開始される。

 しかしそこは流石の、オサレ部門のプロフェッショナル——白黒令嬢とオサレなドワーフの御業でみるみる妖怪か物の怪かの化粧が落とされて行った。


 次いで——


「ミーシャの肌艶は明るい色身だから、ベースパウダーもそれに合わせるわ! あと桃色の髪とバランスが取れる様に同系色のチークで纏めるっ! 」


「あー……うん。頼むよ(汗)。」


「ミーシャさんのひと種ならではの瑞々しさは、お化粧を無理に乗せると逆効果な感じ! ナチュラルな感じを保ちつつ、落ち着いた透明感を演出して行く感じだわ! 素が良い所へ、! 」


「そ……そうだね。お任せするよ(汗)。」


 されるがままの桃色髪の大賢者。

 成り行きを見守る二柱の精霊も、暫し放心を余儀なくされ——時折視線を寄越すの眼光で……あられもない事態を生んだ抜刀妖精はその度震え上がる。


 そんな事態が巻き起こっている事など露知らぬ高貴なる者達は、儀を早々に行える様にと僅かではある国賓を招いた術師会代表継承の会場を準備していた。


「少し時間がかかっている様ですが? もう彼女らは目覚めているのでしょう? 」


「はっ! 先ほど宿を覗いた所、少々支度に時間を要するとの事……くれぐれも女王陛下へお伝え願うと! 」


「ふふっ……そう急く必要はありません。むしろあの戦いの後にもかかわらず、急な呼び出しを即したのは我ら——」


「国家の危機にも相当する事態を阻止した皆を、責める謂れなどありません。待ちましょう……我ら王国の未来を。」


 魔導の巨城エインシッド・マガ・キャセル大庭園。

 簡素な魔導儀式も執り行う事の叶うそこで、煌びやかな玉座に座すは正統魔導アグネス王国女王であるフェニーチェ・ハイドランダーである。


 そこへ冷や汗ながらにかしこまアウタークな騎士ディクターを始め——

 急な持て成しにも応じたかの魔導機械アーレス帝国は策謀の皇子サイザーと、親衛隊たる赤き騎士ジェシカが先の戦火など匂わせぬ御姿で庭園通路へ控える。

 さらには術師会継承を待つ術師会代表レボリアスと、今まで法規隊ディフェンサーを支え続けた美貌の卿フェザリナが。


 加えて……事の成り行きが赤き大地ザガディアスの未来さえ左右すると悟る、エルデインの牙カミュが居並び——すぐに呼び寄せられる王国内国賓が一堂に会していた。


 すでに早朝の連星太陽が夜明けを告げて半刻。

 城下町のお宿からこの宮殿大庭園までは、それなりに時間も要する所。

 それ故に先んじる事の叶う一行メンツは、狂犬テンパロットに付き添いを任せ……オサレプロ二人の怒涛のお色直し完了後――桃色髪の大賢者ミシャリアが暴れ馬ーズで乗り付けるのを庭園脇で待ち惚ける。


「て言うか、ミーシャ……時間かかってない? 」


「乙女のおめかしは時間がかかるはず……って(汗)、それはヒュレイカさんの方が知ってるはずなの。」


「いやフレードのボンよ。それについては申し開きもないわ。、この様な晴れ舞台で時間を無駄に使うなど——」


 女性陣ながらいささかお色問題にうとツインテ騎士ヒュレイカフワフワ神官フレードのやり取りに混じるは、いつになく殊勝な面持ちの英雄妖精リド

 彼の愛妻がやらかした事案には、さしもの元英雄隊もその名が吹き飛ぶと呆れを覗かせていた。


 だがそれでこその法規隊ディフェンサーと、苦笑を浮かべる二人。

 そしていつしか、共にある精霊種組が次々姿を現すや準備が整ったのだなと皆が察した頃。


 そこへ響いたのは、庭園へ直接乗り付けた暴れーズのいななき。

 オサレなドワーフと白黒令嬢も、抜刀妖精の手綱裁きで現れた片割れに乗り推参する。

 馬上より狂犬に手を取られ降り立つは、待ち望んだ桃色髪の大賢者。


 だが、それは――


「うそ……ちょっと待って。アレ――本当にミーシャ? 」


「……びっくりしたの。まるで、至高神様がそこに現れた様な――なの。」


「こりゃ、……ゴホンッ! 見違えたぞ、大賢者よ……カカッ! 」



 そこに現れたのは、煌びやかにして凛々しき少女。

 否……その姿は、世界の理法を携えし戦女神ワルキューレの如き――

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