Act.164 ―凱旋―

 事後処理——

 その諸々は、まず暗黒兵団の完全なる撤退を確認する事に加え……私達を支えてくれた協力者方への対応です。


 その中でもやはり王国の守備もあろう中で、我ら帝国部隊のために兵力捻出を惜しまなかったアグネス警備隊への謝意は怠ってはならぬ所。


 だったのですが——

 そんな事態があられもなく吹っ飛ぶ嫌な惨状が、私達法規隊ディフェンサーを強襲したのです。


 発端となったのは……リーサ姫殿下でした。


「私はようやく、一つの重荷が降りたと思った所でした。ええ……それはもう、これからミシャリア様を祝うため——まず王国首都へと凱旋し事に当たろうと。それなのに——」


「……うわぁ~~。ねぇ、フェザリナ? 怒ってる? 」


「あ・た・り・ま・え・です! 」


「ぎゃ~~っ!!フェザリナが死霊になった~~!! 」


「ちょ……お待ち下さい、姫殿下! 王族たるあなた様がこんな戦場へのこのこしゃしゃり出て来て、何のお咎めも無しが通るとお思いですかっ!! 」


 そこに現れたのは、かの赤き最強の騎士様が舞い降りた様な……修羅。

 凛々しかった姫殿下を、……羅刹。


「……あの、サイザー殿下? これがあのリーサ姫殿下の——」


「言うな、ミシャリア。くれぐれも、決して、罷り間違ってもなどとは口にするな? 」


「殿下が言ってるじゃないですか(汗)。はぁ……。」


 詰まる所、私達法規隊ディフェンサーのノリがそのまま通じる様な……想定外の惨劇が訪れたと言う訳です。


「ああ……もうフェザリナさんが見えるな。」


「ほんと……二人に——ひっっ!!? 」


「ほう……誰が二人ですって? だ・れ・が。」


 そこであろう事か、ウチのおバカ二人は零してしまったのです。

 この戦いに参戦していたお方。

 サイザー殿下がおられるなら、必ずお側に仕えるが当然の親衛隊——赤き最強の騎士様が付いている事などすっかり忘却して。

 て言うか君達は、さっきジェシカ様の剣の餌食になりかけてなかったかい?

 

「いい機会です。抜きなさい……あなた方の武器を。ここで大賢者様を目指すと仰られたミシャリア様に、あなた方が本当に相応しいかどうか——試してあげましょう。」


「ちょっと待て!? おいヒュレイカ! お前の所為だぞ、何とかしろこのメスゴリラ!! 」


「バカなの!? あんた、ほんとのおバカなの!? 最初に口にしたのは、どう見ても——」


「二人まとめてかかって来なさいっ!! 」


「「ぎゃあああああああああーーーーーーーーっっ!! 」」


 襲う

 死者さえ出なかったこの戦場で、出かねない第二幕。


 置いてけぼりを食らった、残る法規隊ディフェンサー面々が遠い目をして呆れを零したのは言うまでもありませんでした。


「えと……ねぇリドさん? この状況はなに? 」


「ワシに聞くな、ワシに。」


「リーサ姫殿下……法規隊ディフェンサーメンバーかと思ったの。」


「フレード君(汗)。でも失礼かもとは言えない感じ……。何かこう、同じ穴のむじなと言うか——」


「ほんま楽しそうおすな~~。ウチも混ぜて貰いたい所おすわ~~。」


「「「「それはあっちでやって。」」」」


 遠い目のオリアナにリドジィさん……フレード君にペネと、明らかに違うたぎりが湧き上がるティティ卿は——

 どう考えても、ジェシカ様の腕試しに反応したとしか思えないね。

 四人同時の切れたツッコミで確信したよ。


 そこで唐突に思考を過ぎったのは、私達はどこまで行っても法規隊ディフェンサーである事実。

 この仲間がいるからこそ、いかな苦難も乗り越えられるのです。


「あっ、ミシャリア! もうミーシャでいいよねっ! じゃああの件、考えといてねっ! 」


「はぁっ!? あの件ってどの件の事で……ちょっと姫殿下っ!? 」


「うわぁ……ミーシャが扱いかねてる。これは、あらぬ事態ね。」


「デレ黒さんは、ドサクサで失礼だね!? 」


「だから誰がデレ黒じゃいっ! 失礼なのはそっちでしょ!? 」


 フェザリナ卿の猛攻に恐れをなした姫殿下が、愛杖を波乗る様に構えて舞い上がるや……きっとアグネス六賢者の件であろうそれを零して飛び去ります。


 困惑の中放り出されたので、ついでにデレ黒さんを弄って憂さ晴らしとしゃれ込む私。

 と……そんな惨状へ相手をしていられないとの視線を送る、ルヴィアス率いる人狼一行様の「せいぜいがんばれ。」の労いへ――このメンツの中に割り込むのを控えたのだろうと視線による謝意も届けた所。



 波乱の中で残る事後処理を早々に終わらせた我らが法規隊ディフェンサー一同は――

 すでに日も落ち、凍る北風が舞う中遅い凱旋となったのでした。



∫∫∫∫∫∫



 国家の軍事衝突さえ危惧された、暗黒帝国ラブレス侵攻を阻止した法規隊ディフェンサー

 すでに宵の月が夜空を照らす中での遅い凱旋となる。


 しかし彼らが、現状一介の冒険者であり……魔導機械アーレス帝国の極秘部隊である事を考慮たし隠密の凱旋――彼らを乗せた威風堂々たる戦列艦セイルハーケンが港へと辿り着く。


 それでも彼らの功績は途方もないものである。

 死霊の支配者リュードが宣言した言葉通り、転び方によっては間違いなく……正統魔導アグネス王国が戦火に飲み込まれるは必至であったから。


 故に王国としては、彼らへの最高の待遇の元凱旋を手助けしての今であった。


「帰ったかと思えば、皆お宿で即座に爆睡か……(汗)。褒賞話を切り出す時間さえなかったな。」


「あーそればっかりは、申し訳ありません殿下。」


 その凱旋に当たり——彼らの今後に拘わる儀参列を王国から依頼された策謀の皇子サイザーは、招かれた魔導の居城エインシッド・マガ・キャセル庭園脇で狂犬テンパロットと言葉を交わしていた。


 それは絆で結ばれた主従の、久方ぶりの一時でもあった。


「テンパロットが謝る事じゃないだろ? 君はむしろ、彼女をここまで支えた立役者だ——俺もどれだけ褒賞を弾めばいいかを悩むぐらいだ。」


「あっ!? じゃあ俺達の借金をチャラってのは——」


「ジェシカを呼ぶか? 」


「マジさーせん(汗)。」


 やり取りは法規隊デォフェンサーの日常となんら変わらず。

 だがそれこそが、策謀の皇子が彼へ乗せた羨望その物である。


「……テンパロット。少しは暗殺家業で積み重なった業……軽くなったか? 」


「んな唐突な……。まあ少しは、って答えで満足でしょうか? 」


「問いに問いで返すな。だが、ならば君を彼女の護衛に付けた甲斐もあったと言うものだ。」


 そんな中唐突に振られた言葉へ……狂犬が視線を落として重き心情を吐露する。


 策謀の皇子は狂犬の諜報活動上の暗殺家業が、父であり現皇帝であるゼィーク・ラステーリからの勅命であった事を知っている。

 だが皇子は、友人と言っても過言ではない彼の背負った業を……何よりもおもんばかっていたのだ。


 だからこそのミシャリア護衛と言う第二皇子としての言葉で、父へと進言した経緯を経ていた。


 そんな皇子の想いを痛いほど知る狂犬は、言葉を放つやかしこまり……片膝を付き高貴なるそれの眼前で伏した。

 双眸へ宿すは桃色髪の大賢者ミシャリアに抱くモノ同等の――忠義。

 少女を通して常に高貴なる蒼き存在へ抱き続けた、違える事なき意思と共に宣言した。


「このテンパロット・ウェブスナー……何れは大賢者となる道を切り開きし、ミシャリア・クロードリア様の——我を膝下へと召抱えて下さった殿下への忠義とします。」


 かの〈アカツキロウ〉では賢者少女の常に語るそれで、調——

 魔導機械アーレス帝国との決して切れぬ同盟を結ぶ彼の国の真骨頂は、赤き大地ザガディアス如何様いかようにも操ってしまえる超常の軍事力である。

 しかしかの国は、それを他国侵略の力としてではない……研鑽を積み重ねているのだ。


 〈アカツキ自衛隊〉と称されるそれは、大自然の災害に民が飲み込まれるやそこへ駆け付け人道支援のもと全力を注ぎ……数多の地域で罪なき民が紛争に巻き込まれたと聞くや国境を飛び越えあらゆる地で国際救助に奔走する。

 そう——その自衛の力は、届けられるのだ。


 中核となるは武士もののふと忍び。

 さらには魔導機械科学を専門とした、〈守護宗家〉と呼ばれる優れた特殊部隊が存在し……魔導機械アーレス帝国はまさにその良き手本を追う様に変革を遂げる最中である。


 国家内政者と象徴となる皇王——それへの絶対の忠義の元に武士もののふと忍びは己の全てを懸ける。


 帝国の忍びたるキルトレイサー——狂犬は暁の大国アカツキロウの忍びにならう様に、その忠義を主たるサイザー・ラステーリへと向けているのだ。


 狂犬の、かしこまる姿へ向け一切の茶化しを配した皇子が……腰に備えた打撃剣をサラリと抜き放ち——

 帝国に於ける配下の忠義を見届ける儀として、狂犬の首元にそれを添えた。


「テンパロット・ウェブスナー。貴君がこれからも、あのミシャリアと共に歩むとう言うならば……貴君は紛う事無く我が剣の刃である。その有り余る忠義をミシャリアへ……そして今後彼女が手を差し伸べるであろう力無き万民への慈悲に、労わりに変えると誓え。」


「もし貴君が、起こしてはならない過ちを犯したならば——このサイザー・ラステーリが己の責の元それを止めて見せよう。……そして心して置け。」


 それは忠義ある配下への最大の計らい。

 重すぎる言葉は狂犬の魂の奥へと刻まれた。

 そこより深く……深くこうべを垂れた忍びと皇子を照らす、漆黒へ浮かぶ宵の月アルテミスは——



 彼らの誓いの儀を、ただ静かに照らし出していた。

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