ロウフルディフェンサー

Act.１４７ 定めへの船出

　我らが法規隊（ディフェンサー）面々へ、それぞれ成すべき事をなす様にと指示を出した私はしーちゃんとウィスパを引き連れて——

　訪れるは今まで恐れ多く近寄る事すら憚（はばか）られた、アグネス宮廷術師会 本局宮殿。

　今まで見ていた支局の醜い趣味思考に塗（まみ）れたそれなど吹き飛ぶ荘厳さに、足が竦（すく）みそうになる所。

　意を決してその門を潜（くぐ）り中庭を抜けた後、お師様が待つ開けたテラスへと向かいます。

「しーちゃん、まずいよ。私は今足が竦（すく）むのを必死で堪えているよ。この膝を手折（たお）ろうとする目の前の、今まで見た事も無い荘厳にして雄大な宮殿は一体何なんだい？ 」

「ミーシャはん……それをウチに聞くんかいな（汗）。これからここでご厄介になるんは、賢者 ミシャリアその人やっちゅーねん。」

「リィィィン。リィィィン……。」

「ほらウィスパはんもこう言って……って！？ ウチまた通訳かいなっ！？ 」

　ぷるぷる震える両の足で何とか歩を進めるも、今にも膝から崩れ落ちそうなほどに緊張する私へ……しーちゃんの変わらずの突っ込みはウィスパも巻き込み切れ味抜群。

　そんな二柱の友人を連れ立つ私は、ようやくお師様が待ち侘びるテラスへと辿り着きます。

「緊張をするな……と言うのは無理な話だな、ミシャリアよ。まあ、まずは席へ。」

　言われるがままに席へと座す私の眼前には、ささやかな持て成し——アグネス王国原産茶葉のハーヴィルが香る紅茶が仄かな香りと共に安らぎを運んでくれます。

　これはお師様が私の研鑽の過程で緊張が過度に増した際、決まって淹（い）れてくれた心を落ち着かせる効能のある銘柄茶。

　言わばお師様が常に私へ向けてくれていた思いやりそのものなのです。

　その香りのお陰か、自然と昔の様に落ち着く私の頃合を見計らいお師様が語ります。

　私が門下となり……見習いと罵（ののし）られた屈辱を越えるため、魔導の修練に明け暮れた苦くも大切な日々を思い出す様に。

「いつかはミシャリアと、この様に……この場所で相対する日を夢見ていたが——これ程早くその時が訪れようとはな。」

「未だ先は長いとは言え……よくぞあの日々を耐え抜いた。実に見事だった。」

「いえ……。そのお言葉を受け取るには、まだまだ私は未熟です。今も仲間に支えられてやっと一人前——よくあのオリアナを未熟と弄（いじ）るも、己の事を棚には上げられぬが現状です。」

「ふふ……変わらずか。出逢った時から貫くその心意気こそが、あのモンテスタとの命運を分けた様な物。未熟を語るは良いが、せめてそこは誇っておけ。」

　ティーカップを手に取るお師様は、相も変わらず品格のある振る舞いで——その一挙手一投足から術師会のトップと悟れなかった私はよほど余裕が無かったのでしょう。

　空気を読み側で控えてくれる二柱の精霊の労わりに包まれ、私はお師様と久方ぶりの上品なるお茶の時間を堪能します。

　そして冷める前にと飲み干したティーカップを置いた私を、暖かな笑みで見やるお師様が僅かに双眸を細め——

　それがそばに控えた精霊の友人達へと向けられます。

　直後……いつも醸し出していた荘厳なる雰囲気から、僅かに憂う空気に移り変わった時——

　術師会トップと言われたお方が精霊へと頭（こうべ）を垂れたのです。

「風の精霊 シフィエール、そして光の精霊ウィル・オ・ウィスプ。本来ならば他の精霊達が揃う時にと考えていたのだが……生憎十分な時間が取れない状況ゆえ、あなた方にその代表として聞いて貰いたい。」

「人（ひと）種への協力を惜しまぬ寛大なる精霊達へ、我……レボリアス・バラル・レイモンドから依頼をしたい。どうかこの研鑽に身を委ねる誇らしき愛弟子が、このザガディアスで輝ける星となる日まで支えてやってほしい。この通りだ……。」

　その口から出たお言葉は、私からも沸騰した鍋の如く湯気を出させる絶賛と……人（ひと）種と手を取らんとする精霊種へ向けた切なる願い。

　流石にここで自身が空気を読まぬ訳には行かぬと耐え凌ぐ私へ、晴れやかな笑顔をくれた二柱の友人は——

　視線を合わせ、お師様へと了承の首肯を返したのです。

　そんなこんなでお師様との僅かの面会……大きな戦いに向けたケジメとも言えるそれを終えた後——アグネスは北方に位置する領海孤島への足となる戦列艦へ。

　時の猶予を無きと考え、その艦内で朝食を取る算段の仲間達との合流を急いだのでした。

∫∫∫∫∫∫

　暗黒帝国（ラブレス）が誇る先遣隊との衝突を目前に控える法規隊（ディフェンサー）一行。

　事が発生した時点で、正統魔導（アグネス）王国は警備隊を通じ一行への全面協力の旨が言い渡されていた。

　その概要を伝えたのは昨晩、一行のお宿の手回しに勤しんだ薄感情導師（アスロット）。

　さらに協力体制に於ける重要点とも言える王国領海孤島への海原を越える足は、先に魔導機械（アーレス）帝国からの渡海の時と同様——美貌の卿（フェザリナ）所掌の旗艦戦列艦（セイルハーケン）が当てがわれていた。

「おっ？ 来たみたいだな。」

「ふむ……何やら昨日までとは顔付きが違って見える。また一皮向けた様じゃな、お嬢も。」

　桃色髪の賢者（ミシャリア）に先立ち、戦列艦の停泊する〈ハイゲンベルグ軍港〉までの通りへ集合する精霊種含めた一行。

　後はリーダーたる彼女の推参を待つのみと構えていた。

　文字通りの重役出勤よろしくである賢者少女は、視界に捉えた導師に気付き声を掛ける。

「みんな、待たせてしまったみたいだね。それにアスロット導師がここにいるとは……もしや？ 」

　その問いに答える薄感情導師は、術師会時代の昔馴染みとも言える間柄。

　そんな体の懐かしさを乗せた声へ、昔とは違った対応を乗せて返答を返す。

「はい、賢者ミシャリア様。フェザリナ卿はアグネス警備隊召集のため動けずと……その代理として、現在警備隊 法術隊代表を務めるこの私めがセイルハーケン運行管理を賜った所存。そして――」

「すでに立場が逆転してしまったあなた様の実力、先日目にしてしまったそれで覚悟が決まりました。どうかミシャリア様……危険渦巻くアグネス領海への道案内を、私めにご命令下さい。」

「やめてくれるかな、アスロット導師（汗）。仮にもあなたは術師会時代、あの支局から追い出されて以降の私にとって……数少ない有能なる魔導に於ける先輩だ。」

「あなたに教わった事も、今の私を形成する掛け替えの無い一ページ。そんなに卑屈になられては、こちらが対応に困るじゃないか。」

　視線を泳がせながら返答する桃色髪の賢者。

　だが薄感情導師も長年不逞の導師（モンテスタ）の蛮行に心を痛めていた事があり、久方ぶりに目にした賢者少女の本質的な所に宿る謙虚さで双眸を緩ませる。

　そんな彼女だからこそ支援協力のしがいがあるとの思いを胸に——

「では、参りましょうか。」

　促すように主を待ち侘びる暴れ馬の方へ視線を送った。

「ブルルッッ！ 」

「どうどう。ボージェもフランも、ミーシャの事を待ちわびていたみたいね～～。さあミーシャ、今日はどっちに乗る？ 」

「私の身体は一つだからね。今日はあまり乗れていなかったフランに——」

「ヒヒィィィン！！ ブルッ！ 」

「ちょお……興奮しなさんな！ 」

　賢者少女をせめて戦列艦へ誘わんと待機した暴れ馬。

　茶色の暴馬（フラン）が、選ばれた事に歓喜し暴れ狂う。

　鞍上で手綱を握っていたツインテ騎士も危うく振り落とされそうになり……けれどそれが一行らしい雰囲気を呼ぶ。

「では早々に足を進めるぞ、ミシャリアよ。敵は油断ならぬ存在——部隊侵攻の明確な規模も時間も告げずにこちらへ挑んで来たのじゃ。十分な警戒を以って事に当たらねばならぬ。」

「だな。敵部隊総数如何では、俺達のメンツも数に於ける劣勢を余儀なくされる。急ぐに越したことは無い。」

「今回ばかりは年長者組の意見を全面的に尊重しようじゃないか。まさにぐうの音もでない正論だからね。」

「今回は……かよ（汗）。」

「さらりと年長者の言葉でワシを見たな？ お主。」

　一行の年長知識枠である二人の意見も今回は特別と——弄る桃色髪の賢者に、嘆息のままあしらわれる狂犬（テンパロット）と英雄妖精（リド）。

　それでも時間的に早急な移動が求められる一行は足を向ける。

　すでに視界に映る海洋の勇者——正統魔導（アグネス）王国 警備隊旗艦 セイルハーケンの勇姿を見やりながら、これからの戦いに備えた気概を滾（たぎ）らせる法規隊（ディフェンサー）がそこにいた。