Act.148 北方海洋の荒波を越え

 〈ハイゲンベルグ軍港〉より一隻の戦列艦が魔導の光を撒き出港して行く。

 それより500mメトほど離れた場所に係留していた艦から複数の人影——熱き羨望止まない希望の一団を見送る影が目を細めていた。


「行ったか。ならば俺達は別の航路で行くと言う訳だな?エルデインの魔導師さんよ。」


「ええ、打ち合わせ通り。孤島は複数ある島々で一際大きな物ですが、周囲に連なる小島がアグネスからの航路を妨げる様に広がっています。言うなれば——」


「孤島死角となる小島側から上陸し、あの賢者の嬢ちゃん達を影ながら援護する……だな。残念な事に俺達はそう言う手合い——適材適所もいい所だぜ。」


 見送る影の一つは闇の冒険者を従える頭目 ルヴィアス。

 そして彼らの協力に拘る渡海を手引きしたエルデインの魔導師 カミュある。


 彼らが搭乗するは術師会が、レボリアス名義で所有する戦列艦〈セイルグロウズ〉。

 依頼遂行を了承した闇の冒険者ブラッドシェイドらの領海孤島までの足として、臨時特例の元貸し出されたセイルハーケンと並ぶ一級の戦闘艦である。


 法規隊ディフェンサーの定めに向けた出撃を見送るエルデインの牙カミュは、闇の頭目ルヴィアスへと作戦概要を伝達し……含みのあるそれに反応した頭目が切れる頭脳で応答した。


 その反応へ、事前に狂犬テンパロットから彼らの情報を聞き及んでいたエルデインの牙は僅かに口角を吊り上げる。

 法規隊ディフェンサーと呼ばれた者達もさる事ながら、今まで闇夜に紛れて汚れ役を買って出ていた者達も思いの外食えぬ逸材と。


 闇の冒険者ブラッドシェイドが範疇とする活動範囲に聖皇真理エルデイン教国は含まれてはいない。

 故に風の噂程度であった所陰謀へ巻き込まれた彼ら……奇しくも陰謀の主犯格へ協力名目で属していたエルデインの牙は、同じ穴のむじなと察した彼らに興味を掻き立てられていたのだ。


「あ、アニキっ!? この戦列艦はヤベェっす! とんでもねぇ代物っすよ! 」


「テメェ……声がデケェといつも言ってるだろう(汗)。唐突に背後からがなるな。鼓膜が破れんだろうが。凄い技術はハナから承知済み…… 一々言葉にするな。」


「はっ!? さーせん、アニキ! 」


 そうした中、完全に忘れ去っていたドレッド人狼ガルキアの大声が闇の頭目の耳をつんざき……ギロリと睨め付けられた人狼はすくみ上がる。


 当然ドレッド人狼を始めとした人狼一団がその艦に搭乗している。

 頭目を慕う30名程の頼れる仲間——かのシュタットゴート家の悲劇に巻き込まれた家族達であった。


 エルデインの牙は、そんな頭目の過去の素性さえ知り得た上で彼らを見やる。

 彼とてエルデインに仕える家族を守る役目を背負っている。

 故に御家が滅びようとも、悲劇を越えた者達を従え闇夜を駆け抜ける冒険者には賞賛も辞さなかった。


「聞いているよ?ルヴィアス。シュタットゴート家の悲劇と、そこから這い上がった者達の逸話を。」


「……そう言うのは止めろ、エルデインの魔導師。過ぎた過去——今はここにいる家族と共にブラッドシェイドを名乗るのが俺、ルヴィアスだ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。」


「ふふ、了解したよ。ではこの話はこれでお終いとしよう。」


 視線へ詮索するなと寄越した頭目へ、肩をすくめて話を切ったエルデインの牙。

 そのまま法規隊ディフェンサーを乗せた〈セイルハーケン〉が視界に小さく映ったのを確認し——


「ではこちらも出航だ! ボク達は事前の計画通り法規隊ディフェンサーと別航路へ向かう! 戦列艦〈セイルグロウズ〉、抜錨っ! 」


 程なく放たれた号令で海中から錨が引き上げられると、船体に纏う魔導の光が一層輝きを増し……もう一隻の戦列艦が微速前進にて軍港外へと突き進む。



 希望の部隊を影ながらに支援するために。

 暗黒大陸からの軍事的侵攻へ待ったをかけるために——



 ∫∫∫∫∫∫



 戦列艦がアグネス領海の中腹に至る頃には、軍港さえも視界から消え去るほどに小さくなり……頃合と艦の食堂施設へひと種の仲間を集合させます。

 その間——遠目が利き大気からの霊力波動で不穏を察知出来る精霊種組には見張りを依頼し、遅ればせながら昼食も兼ねた朝食をと動いていました。


「さあ、皆……遅くなったけど朝食の時間だ。けど今後の事態を鑑み軽食バイキングに止めるから、くれぐれも食べ過ぎて動けないなんて事がない様——」


「やった! あのジャンボフルーツパフェありませんか!? この前食べて、ホッペがとろける様に美味しかった——痛ったぁ!? 」


「これはアレだね、デレ黒さんはこの私にケンカを売っていると見たね。上等だ……私の魔法力マジェクトロン装填済みのの餌食となるがいい。」


「もうなってるし!? 」


 食堂施設で皆を集めてテーブルを囲み、今後を踏まえた食事をと言い放てば——そこに被る様に飛んだオリアナの

 奇しくも先のカミュとの戦いでコツを掴んだ、瞬時の魔法力マジェクトロン装填を応用したチョップ改式をお見舞いするも止む無しだよ。


 前のパフェは、フレード君のプリプリ激オコなお説教を一時間は食らわされたんです。

 ふんだんにまぶしてみた。


「そこはちと考えろよ、オリアナ。」


「うん……今のタイミングはお勧めできないわね~~。」


「ちょっとオリアナさん……軽蔑しちゃったの。」


「よかった感じね。程度の蔑みで。」


「……正しくじゃな。ほれ、ティティも……下ろさんか。」


「あら、リド言うたら目ざといわ~~。ここはやはり峰打ちで黙らせる方が得策かと——」


「すいません、ティティ卿。マジですみません。だからその止めて下さい。峰打ちでも死にます……。」


 すると珍しい程に軽蔑の眼差しが仲間達から降り注ぎ、まさかまさかのオリアナが一人悪役街道真っしぐらとなります。


 けど——

 ある意味そのメンツに割れたのは仕方ない所。

 箱入り娘を地で行っていたデレ黒さんに対し……テンパロットにヒュレイカは帝国護衛でフレード君は国家が擁する警備隊所属。

 加えて英雄隊に属したリドジィさんにティティ卿は言わずもがな。

 ペネに至っては、商売上間違いなく絡んでいるだろうその背景が影響しているのです。


 詰まる所、の差と言う事。

 そんな恐ろしい武力に睨みを効かされたのが、現在の法規隊ディフェンサーなのですから。


 いつに無くションボリしたオリアナは置いておいて……お馴染みとなったバイキング形式の料理が準備されるまでの間と——

 アスロット氏が準備してくれたアグネス領海を現す海図をテーブルへと広げます。


「少しでも事前情報を詰めておきたい。バイキング準備が整うまでの間でいいから、この海図をよく確認しておいてくれないか。まず、私達を乗せた戦列艦は現在ここ——」


「アグネス軍港からすでに一時間程度の距離にある、領海の中腹に差し掛かっている。この孤島の手前がアグネスに於ける領海であり、これ以降はザガディアスでも未知の海域。ちょうどそんな場所にこの孤島が位置しているんだ。」


 アグネスからの物見が大陸ギリギリから、魔導式遠方鏡で確認出来る位置にそれは存在しています。


 複数に渡って海域に散らばる大小様々の島の中央—— 一際大きく大海をさえぎる影。

 情報でゆうに数十kmカスミートを数えるそこは、無人ではあるも多くの寒冷地に住まう動植物の楽園。

 さらにその遠方には、天頂を真っ白に雪化粧する山脈の壁と大陸の姿。


 少なくとも、暗黒の地に住まう者以外にとっては未知の領域です。 


「英雄隊時代のワシらでも、この様な場所には足を踏み入れた事などない。言わば未開の大地……心せよ。」


「後で警備隊が準備した魔法具、皆装備して欲しいの。元々火の精霊の加護を込められる特性を持たせていたのだけど……警備隊では無用の長物だった、なの。でも今の法規隊ディフェンサーは、二柱の炎の精霊が共にあり――打ってつけなの。」


「いい感じね。とサーリャちゃんに、お力添えを依頼するって感じかしら? 」


「グラサン……(汗)。まあそれが無いと、すでに船上さえ冷たい強風が吹き付ける北方の地——孤島に着いても凍えたままでは、戦闘も何も無いわね~~。」


 リドじぃさんが注する言葉とフレード君の用意周到な備え。

 そこでヒュレイカが零すもっともな正論は、私の思考へ忘れてはならない点を悟らせます。


「いい着眼点だね、ヒュレイカ。その点で忘れてはならない事案が存在する。これから向かう場所は北方の天候不順の予想される瀬戸際――」


「仮に天候不順に見舞われずとも、あの地域は殿下の提唱する球状大地と言う理論上日照時間が北上するほど短くなる。夕刻は想像以上に早いと見ていい。」


 そこまでを語りつつ、海図の北方へと指をなぞりながら忠告を皆へと行き渡らせます。

 事実上の作戦実行期限とも言える時間のあらましを――


「即ち私達は日が陰る前に戦いを終えなければならない。これは六大精霊の内……光と火の精霊の加護が大幅に減少する夕暮れ以降は、私達にとって極めて不利な状況となる故だ。皆肝に銘じて置く様に。」


 戦列艦の速度を以ってしてもまだ時間を要する所、すでに陰り始める連星太陽を前に決意を新たにします。



 暗黒大陸列強と呼ばれた国家の擁する部隊との遭遇へ、今まで以上の覚悟を研ぎ澄ませて――

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