Act.141 リュード・アンドラストよりの挑戦状

 モンテスタ導師の件での落着を見るはずであった私達を襲ったのは、予想だにしなかった存在の襲来――

 かつてオリアナと言う仲間を迎える上で、彼女のケジメとなる戦いを演じた者。


 かの死霊の支配者ネクロス・マイスター リュード・アンドラストの再来でした。


 しかも今回は確実に、事の全てを監視した上での……死霊術式による遠距離映像伝達によるご登場――してやられたと思ったね。


「あまり顔合わせを望んではいなかったのだけどね……今回は随分と警戒してのご登場じゃないか。また死霊術式の罠で、宿――」


「そんな事をすれば、今度こそ君が敢えて組織から脱却させたオリアナ……? 」


「なんで私が、また借金を抱える事になってる訳っ!? そもそも今の分だって、あのおっさんがしでかした物でしょうがっ!? 」


 余裕をかます意味で借金ネタをオリアナへ振れば、申し合わせた様な突っ込みが飛びます。

 もうかつての身内とさえ思っていないのか、死霊術式映像の向こうにいるを指差しギャンギャン騒ぎます。

 ちょっとこのデレ黒さんとは、かの〈アカツキロウ〉が誇るマーンザーイの祭典――〈A‐1グランプリ〉なる戦いにコンビで挑みたいぐらいだ。


 などと余計な思考を過ぎらせる私は、何やら胸にくすぶる嫌な予感を払拭するために……現実逃避よろしく雑念を抱いていたのが本当の所。

 そもそもすでにオリアナの件で片がついたはずの彼が、この後に及んでわざわざ私達の前に現れる理由がなかったから。


 そう――

 私が思考から抹消したかった揺るがぬ事実。

 それは彼が、黒の武器商人ヴェゾロッサの放った刺客と言う以前の素性。

 すでに聞き及ぶは、かの暗黒大陸に居を構える列強国の一角……ラブレス帝国は黒衣の将なる存在に彼が仕えていると言う現実に他なりませんでした。


 そして直後、私がもっとも直面したくなかった現実を彼――リュードから叩き付けられる事となったのです。


『ほほぅ……すでにはお前達に馴染んだと見える。それに加え――面構えに中々のつわものさえ揃えて来たではないか。であれば――』


 リアルタイムでのやり取りで、あたかもすぐ傍でそれを一瞥したかの男は語ります。

 今しがた終えた、モンテスタ導師の悪事を暴くなどと言う難事が……それはもう茶番劇と言わざるをえない程に手に負えない大事の全容を――


『お前達帝国が誇る法規隊へ、我らラブレス帝国が擁する部隊……その先遣隊となる兵団による挑戦状を送らせて貰う。その部隊は現在この俺自ら指揮を取る隊だ――』


『我らが主たる黒衣の将は、すぐにでも攻め込む用意はあるとの事。が……それも故あっての進軍であり、いたずらにそれを行使するのを避けたいとも意向を頂戴している。言わばお前達部隊の実力と抵抗如何でその後を決すると仰せだ。』


「……いやいやいや(汗)。ちょっと待つんだ、リュードとやら。私達はたかが一冒険者でしかないんだよ? それが何をどう間違ったら、列強の一角たる国家の部隊とガチでぶつかり合わなけりゃいけないんだい? 」


 いやもうね、本当にいやいやいやだよ?

 その展開は明らかにおかしいからね?

 確かにラブレスとぶつかる事態を危惧してはいたけど、


 予想を斜めと言うか、真上に吹っ飛んで落ちてくる感じだからね。


 そんな私をニヤリとしたり顔で見やるリュードは、その返答をあらかじめ予想していた様に言葉を返して来ます。


を欲するならば、敢えて贈呈しよう。それはお前達法規隊の目指す先が……我らラブレスは黒衣の将の目指す物に近しい故だ――』


『我らが主――ラブレス帝国 皇女直属〈黒貴将ブラキオン・サーヴェル〉ラブレス・・ダークブリンガー卿が目指す、……のな。』


「――今、何て言った? アスタルク……だって? 」


 語られた真意どうこうより、私が――いいえ……そこに会している者達でもアーレス帝国に近しきものみなが耳を疑う言葉の羅列。

 それを、この死霊の支配者は口にしたのです。



 すでに行方不明となってかなりの年月が経つも、未だ存命を願われる帝国の希望。

  アスタルク・ラステーリ様と思しきその名を――



∫∫∫∫∫∫



『——と、いう事であらかたは伝えた。何……期日などは明示せぬ故、精々考える事だ。』


 突如として死霊術式伝達を用い事を寄越した死霊の支配者リュード

 そして法規隊ディフェンサー一行のみならず、そこに居合わせた高貴なるもの皆へ驚愕と戦慄を刻み込むと——

 術式の痕跡さえ残さぬ体で伝達を切断した。


 事は火急。

 しかし……語られた真相も怪しい言葉に判断を迷わされた者達は、暫し困惑の渦に放り込まれる。


「あのヤロウ……アスタルクだと? それが奴が心酔する主とか——ふざけんじゃねぇぞ。」


「そもそも本当に、アスタルク様がラブレス側に付いてるの? これまで帝国が必死に探し続けた国の象徴だったお方……いきなりそれが、敵に組してるとか言われても笑えないったらないわ。」


 疑念からのいきどおりに震えるは狂犬テンパロット

 彼としては、すでに魔導機械アーレス帝国を背負って立つは己が主たる第二皇子——策謀の皇子サイザーこそと信じて止まぬ心情をチラつかせる。

 言うに及ばず、同主を持つツインテ騎士ヒュレイカさえも珍しいほどの感情のたかぶりを見せていた。


「由々しき事態と相成ったな。だが、ここで怒りに任せて討論しても状況は変わりはしない。と言う事でどうだ?ミシャリアよ。一度皆を解散させ、休養を取らせると言うのは。」


 そんな様々な思惑を抱く法規隊ディフェンサーを一瞥した術師会トップレイモンドが、皆を制する様に動く。

 すでに事が国家の大事相当と察し、それらを改めて話し合うため……少し皆の頭を冷やす方向の案を提示する。


 思考が袋小路となった仲間達を見やり、それが妥当と判断した桃色髪の賢者ミシャリアも首肯を了承とした。


「お師様の意見には賛成だね。さあ皆、真実がどうかも分からない事で気を揉むんじゃないよ? それこそあのリュードの思う壺——奴が相当のキレ者であった事を思い出すんだ。」


 手を打ち皆へ即する賢者少女。

 だが少女も薄々は気付いていた。

 かの死霊の支配者が、姑息な手段になど出ない事を。

 真実であれば堂々と、何を歯に着せる事なく宣言する器であると知っていた。


 少なくとも法規隊ディフェンサーの内、その死霊の支配者との交戦経験のある者は彼女と同様の思考に辿り着く。


「ふむ……。アスタルクの名が出たのにはさしものワシでも——が、そもそも彼奴きゃつめとの接触経験がない者としては詳細説明が欲しい所じゃ。」


「ペネもそれは、簡単にしか聞き及んではいない感じね。気配だけでそれはもうヤバイと言うのは伝わって来たのだけど……。」


「ラブレス帝国おすか……。実の所〈アカツキロウ〉でさえも、その国の実情は計り兼ねているて聞いた覚えがありますえ。ほならなおさら、事の詳細確認は大事おすわ。」


 妖精夫婦とオサレなドワーフペンネロッタ

 白黒令嬢オリアナの一件以降に仲間となった者達も賛同の意を示し——


 流れる様に事が運んで行こうとした最中……白黒令嬢が思い出した様に言葉を零す。


「それはそれで大変なんだけどさ。その——ミーシャ? ……あれってどうするの? 」


「「「「「「……あ。」」」」」」


 放たれたそれで、一行は今まさに引き戻され——

 同じ思考に至った桃色髪の賢者が白目を剥いて卒倒しかける。


「とと!? 危ねぇな、ファッキン。」


「そう言えばそれがしも忘れておったな。確かその様な不遇をお嬢が背負わされたと——」


 支える頼もしき精霊種の男手が、卒倒寸前の賢者少女を支えると……さも当たり前であるひと種と精霊とのやり取りへ眩しさを顕とした術師会トップ。

 隣り合った美貌の卿フェザリナと首肯し合うと、寛大なる譲歩案を提示した。


「ミシャリアよ。そなたはすでに術師会に無くてはならぬ存在であり……そもそも彼奴あやつの仕業で負った借金は、元はと言えば術師会の不徳の為すところ——」


「そなたを術師会 本局代表後継へと据えた狙いは、一つにそのだ。そなたはその負債で苦しむ必要などありはしない。安心せよ。」


 さしのも桃色髪の賢者も、術師会トップの思考を読みきれていなかったのか……驚愕でポカンと口を半開きにした情けない表情を晒すと——

 一気に力が抜けた様に、二柱の男手精霊の腕の中でへたり込んでしまった。



 在り来たりの日常へ戻った様な一コマに、失笑を零す仲間達の想いに見守られながら。

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