Act.133 不穏渦巻くアグネス城下町

 桃色髪の賢者ミシャリアの指示で、一行がくだんの街銀行店へ集合するための算段とし――

 狂犬テンパロットは一路己の嗅覚の下、かつて敵対存在であった闇の冒険者ブラッドシェイド頭目の下へと足を向けていた。


 それは街銀行店へ一行が向かう前……早朝連星太陽もまだ昇りきらぬ頃の事である。


「悪りぃな、ルーヴ。早々の依頼になっちまって。」


「構わんさ。どの道協力を申し出た身――今さらてのひらを返す様な義理もクソもない真似はしないさ。あの武器商人――」


「リュードとやらでさえ、その程度の義理はしかと果たして見せたんだ。趣味じゃない。」


 先の極刑寸前であったドレッド人狼ガルキア救出が災いし、彼らへの警戒が一層増す中――

 それでもそんな不逞の視界から、死角となる場所へと身を顰めた闇の冒険者ブラッドシェイド一味。


 そこへ闇の頭目ルヴィアスの一声により、ドレッド人狼を始めとする闇夜で生きた者達が集合していた。


「どうやらここに集まってるのは、俺達がオリアナを救出した際かち合った奴らみたいだな。何やら。」


「煽ってくれるなよ?狂犬。俺は納得しているが、。お前にボコられた分はしっかり覚えてる――油断してるとノド元を食い千切られるぜ? 」


「威勢の良いこった……。それでこそこちらも依頼のしがいがあるって奴だぜ。」


 すでに仲間である様な感覚を共にする二人に対し――頭目が口にした様に、狂犬の得物のサビとなった人狼達がその命さえ狙っていた。

 それでも頭目が目を光らす場所では己を律する様……狂犬としても、それだけで闇の頭目が如何に配下の人狼に一目置かれているかを悟っていた。


 かつてオリエルト公国が誇った、シュタットゴート家の名は伊達ではないと。


 そう思考する狂犬を一瞥した闇の頭目。

 僅かに双眸を細めて雰囲気を変えてくる。

 そこに只ならぬ物を感じ取った狂犬も、頭目へ真相の追究と言葉を投げた。


「お前さん……何かこちらに情報を寄越すつもりか? それも。」


「狂犬――やはりお前とは変な所で相性がいいな。無駄な会話が省けて助かるってもんだ。」


 聞く体制となった狂犬へ、視線は姿を隠す一角から城下を見据えたまま――頭目はその要警戒内容を口にした。


「俺達がガルキアを救出してからの話だが――その直後、奴ら術師会 支局とやらの派閥とかち合った。こちらも逃走を優先でいた所……たった一人に梃子摺てこずらされたんだ。」


「何……? そりゃあのチート精霊使い――の事じゃねぇな。」


「ああ、察しの通り。お前達も気を付けた方がいいぜ? どう考えても遊ばれた感が拭えないんだが……あの下衆なクソ共の中に紛れてやがる。。」


「……っ!? はぁ~~、聞くんじゃなかったぜ。勘弁願いたいな。」


 語られたさらなる不穏に、さしもの狂犬も盛大に嘆息が口を突いた。

 それもそのはず――彼は先日あのアウタークな騎士より、大陸の外から来る恐るべき不穏の兆しを耳にしていたから。

 すでに収拾の付かぬ状況にこそ、嘆息を零してしまったのだ。


 だが――


「狂犬……こんな話をされて、お前はなぜそんな楽しそうな顔をしている? 理解に苦しむな。」


「んあ? ああ、悪りぃ悪りぃ。確かにこちとら不穏の種を連続で叩き付けられてへこみもしてるがな? なんだ、その――」


「それさえも乗り超えた暁には、ミーシャもきっと……とてつもない大賢者に成長するんだろうと思ってわくわくしてた所だ。」


 謎の笑みに疑問しか浮かばぬ闇の頭目へ、想像だにしない返答を狂犬が提示する。

 頭目すら呆然とする様な……遥かな未来を思い描いた返答が。


「――そうか。お前達法規隊ディフェンサーは、なのだろうな……。」


 繰り出された答えに、頭目は視線を落として吐露を零す。

 己が本来であれば目指さなければならなかった、壮大な夢物語。

 そこに辿り着けなかった、自身の不甲斐無さを悔やむ様に。


 狂犬と闇の頭目はそこよりしばしの沈黙を挟むと、互いの現実と向き合う様に——

 それぞれがやるべき事へと足を向け進んで行く。



 相反する様で……どこか似た者同士のご同輩との会話を惜しむ様に。



∫∫∫∫∫∫



 桃色髪の賢者ミシャリアが街銀行店での聞き込みを……そして闇の頭目ルヴィアス率いるギルドが不貞の輩の注意を引かんと、正統魔導アグネス王国城下——彼の自治区の至る場所でゲリラ活動を続けていた時の事。


 術師会 支局宮殿にて……不貞の導師モンテスタは苛立っていた。


「ざっけんなよ、あのクソムシ共っ! 俺様がここまで築いた地位を脅かす真似しやがって! これじゃあの王女——」


「アグネス・リーサ・ハイドランダーとか言う無能を使って生み出した、俺様の出世街道が水の泡じゃねぇか!? 」


 不貞が口にしたのは当王国の王女の名。

 本来現女王であるフェニーチェ・ハイドランダーは、アグネス伝統に準えた場合すでに王権を次世代へ譲る年齢に達していた。

 が……法規隊ディフェンサーですら知るアグネス第一王女——本来正統な王位を継ぐはずの、未だ王権交代がならずじまいと言う王国の実情が存在した。


 言わば不貞の導師はそこに便乗する様に己の手柄を——自らの手を汚さぬ卑劣極まりない手段で次々重ね、今の術師会 支局の座をモノにしていたのだ。


「あ、あの……モンテスタ導師様? よろしいでしょうか。」


「——ああ、すまないね~~。ちょっと心労が溜まりすぎて壊れそうだったんだよ。あのブラッドシェイド共の件はどうなっているんだい? 」


 その彼が怒鳴り散らす豪勢なお部屋外。

 僅かに開けた扉越しに恐る恐る声をかけた不貞の配下の女性導師——それを耳にするや、偽りの仮面をかけ直した不貞の導師。

 しかし端々に滲む卑劣なる本性までは隠し切れないでいた。


 だがそんな導師の本性の面へ一切触れる事のない女性導師は、明らかにそれを振りかざされる事を恐れた様に言葉を続けた。


「先ほど……担当した導師より情報が入ったのですが、その……未だ彼らを捕らえるには至らずと——」


「ふうぅん……そうかい。」


 途切れ途切れの言葉に、事が上手く運ばぬ状況を感じ取った不貞の導師は——

 偽りの仮面のままに女性導師の側まで歩み寄る。

 そこで無用に近付き、耳打ちした言葉で……女性導師が戦慄した。


使、君達は。いっそ精霊共の様に、使い捨てにしてあげようかい? 」


「ひっ!? そ、そそ……それだけはご勘弁願います! 」


「はっはーー! 冗談だよ、冗談。けれどこれ以上失態を重ねる様なら……分かってるよねぇ~~。」


 あくまで作った面持ちは変わらず。

 それでもそこに込められた導師の意向を悟った女性導師は、戦慄のまま青ざめる。


「まあ、期待せずに待っているよ~~。」


 対する不貞の導師は、青ざめたまま腰を抜かした女性導師の事など構う事なく……ヒラヒラと手を振り豪勢な部屋を後にした。


 置き去られた戦慄に塗れたままの女性導師。

 その対応からしても、彼女が本来導師側には属さぬ一般の術師会 導師である事は明白であった。


 そんな女性導師の背後より歩みよる影が、戦慄を和らげる様な言葉を投げかける。


「怖い思いをさせましたね。さあ、手を取って……あなたは出来ればあの者から離れた場所に移る方がいい。」


 響く声にハッとなった女性導師は、差し出された手で何とか起き上がると——

 未だ強張こわばる表情の会釈もそこそこに……言われた通りお暇を頂くとの言葉を残して姿を消した。


「……そろそろやりたい放題の度が過ぎ初めていますね、導師モンテスタ。さて——希望の風は、このアグネスに渦巻く不穏因子を如何いかに払ってくれるか。これは見ものだ。」


 声の主は華奢に見えるも、引き締まった体躯へ高貴なるローブを身に纏う。

 同じく高貴なるサークレットを額に揺らし、そこに構えられる双眸は——穏やかにして鋭利。


 腰まで伸びる御髪をうなじの辺りで纏める男性……術師会 支局の中に於いて、宿


見せて貰うとしようか、かの帝国部隊が誇る見習い賢者 ミシャリア・クロードリア。せいぜいこの ……カミュ・クランザードをたぎらせて欲しいものだね。」



 法規隊ディフェンサーが全く予想だにしない恐るべき影が……術師会と言う不貞の巣窟で、その牙を研ぎ澄ましていたのだ——

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