Act.132 アグネス王国、昔々の物語

 私を襲ったまさかの事態に、不幸にも巻き込まれてしまった大地の精霊ノーム。

 訪れた疑惑の街銀行店で目にしたのは、そんな彼がひと種のために己を犠牲にする姿でした。


 その姿は……先日のティティ卿と妖刀との間に、呪いの紐付けとして利用されたサイクリアを連想させるもの。

 そこから導き出される解は——疑いの余地なく、両方の事件にあのモンテスタ導師が絡んでいると言う点です。


 正直そこまで理解した私は、……——

 しかしそれは仲間達皆が同じ想いと必死で耐えていたのです。


 確かにいわれ無き多額の借金は、……皮肉にも私の仲間がこしらえてくれた借金の件もあり「またなのか!? 」で済んでいたのは内緒です。


「皆さんにお話する前に、あなた方はこのアグネス王国——遥かいにしえ……大帝国時代より後の長き平穏史時代から伝わる精霊の言い伝えはご存知ですか? 」


「私も触りだけは、精霊召喚術サーモナー・エレメントを学ぶ際知識に入れはしたけどね……実の所詳細が書物に残っておらず知らないと言うのが正しいかな。」


 ノームに居並んで彼を労わる本来この銀行の店主の男性。

 生真面目さの中に、老舗を守り通して来た威厳の様な風格さえ宿す彼が語ります。


 その内容は自身が口にした通り、書物に残らぬ伝承なのは確実。

 故に私が知らぬ時点で、ウチの仲間では恐らくリドジィさんぐらいが少々知っている程度だろう――

 そんな視線を送れば、まさかのリド卿まで首を横に振り初耳とジェスチャーを返して来ました。


 聞きおよぶ時点で、それが地方に生きる者が口伝で受け継ぐたぐいの内容なのは明白でした。


「では、失礼して——」



 そこまでを聞き及んだ店主が徐ろに語ります。

 世間で大々的には伝わる事無き伝承……しかし決してないがしろにしてはならない、先達よりの言い伝えを——



∫∫∫∫∫∫



 ある時吟遊詩人は語った。

 この大地は大自然に恵まれていると。

 その事実をしかと刻み、生を営むひと種は精霊と手を取り歩みなさいと。


 かつて訪れたそれ。

 ひと種が自然をないがしろにした事で、大地は怒り、海は荒れた時代。


 世界の荒廃が如実となった時、〈かの者〉は生まれた。

 ひと種の生んだ魔導科学の炎を餌にして、生態系究極の頂点たる〈かの者〉が……大地を裁きの炎で焼き尽くした——その悲劇を繰り返さぬ様にと。


 故に今続く平穏を守り抜くため……それぞれの地に根付く精霊を敬い、労わりなさい。

 さすればその精霊が恩義に報いるべく、敬った一族末代まで幸福を運んでくれると……。



 赤き世界ザガディアスの生命よ、蒼き大地ディアースの者と共に安寧なれ——と。



∫∫∫∫∫∫



「――以上が、我が家に代々伝わる古きアグネスの伝承です。言うに及ばずそれにならい敬った事でこの精霊様……ノマ様が、先々代以前から我が家をお守り下さっているのです。」


 聞き入る私達を一瞥し、最初の口を開いたのはテンパロット。


「確かにそれは初耳な地方伝承だが、サイザー殿下がよく語るあのザガディアスの伝承に酷似してるな。」


「……じゃの。恐らくはそちらが基礎となり、地方へ伝来する際独自の地方性を肉付けされた……と言うのが正しかろう。」


 流石にその手の情報に強いウチの頼れる男性陣。

 伊達にアーレス帝国の歴史に関わって来てはいないね。

 点で語られた情報から、続く線上にある本質を見出す博識さは流石……私自身も聞き及んだ内容に同様の共通項を見出した所です。


 そう……あの、〈ギ・アジュラス〉を指し示す下りです。


 二人が口にしたザガディアスの伝承に記される〈ギ・アジュラス〉は、世界に破滅を齎す存在ですが——同時に世界の生態系に危機が及んだ際大地を守る守護者とも伝わっているのです。


「そう言えば、古代竜種エンドラ討伐の時……ミシャリアお姉ちゃんが、教えてくれたの。【ギ・アジュラスの砲火】を齎したそれが、今の内容に? 」


「そうだね。存在の名自体は地方でいささか異なって伝わっているんだ。〈ガージュラ〉とも〈ゴージェラス〉とも呼ばれているね。けど——」


「そこまで精霊を主体に置いたタイプの伝承は初めてかも知れない。と……どうかしたのかい?ノームさん。」


 難しい顔で伝承の真相へ探りを入れる私達。

 それを何やら呆けた様な面持ちで注視していた大地の精霊ノームさん……私の問いかけでハッ!となり、素っ頓狂な声で質問して来ます。


「あ……あなた方今、古代竜種エンドラ討伐とか言わなかったアルか!? そんな生態系の頂点をただの冒険者が——そんな話は聞いた事もないアルっ!! 」


 投げられた言葉で「あ~~。」と顔を見合わせた我が法規隊ディフェンサー

 思わず漏れたその事実は、普通ではありえない現実。

 それこそ一国家の軍隊でさえ、古代竜種エンドラとの遭遇では多くの仲間の犠牲を払う覚悟を以って事に臨むであろう試練。


 何も知らぬ民でさえ、理解しているのです。


「まあ、今はその話題を説明する時間も惜しい所だけど……分かった。協力を申し出てくれたあなた方になら、お話するもやぶさかではないよ。」


 だから敢えてそれを話す事とします。

 眼前のひと種と精霊は、長く辛い理不尽に苦しんで来たんだ。

 そんな彼らの心へ満ちる希望が宿るならば安いものだ。



 きっとかのサイザー皇子殿下であれば、同じ様に考え事を明かすだろうとの想いのままに——



∫∫∫∫∫∫



 一行の口から飛び出た驚愕の事実へ反応した店員精霊ノマ

 彼の面持ちに宿るはではない、が強く顕れていた。


 そんな羨望を一身に受けた法規隊ディフェンサー

 ならばと彼らも、古代竜種エンドラ討伐を含めたこれまでの経緯を語らずにはいられなかった。


「私は最初、この賢者様とは敵対してたんだけどね。けどこの法規隊みんなと出逢ったお陰で、新しい人生を手に入れる事が出来たわ。本当の家族にさえ見捨てられた、哀れな人生の中でね。」


 白黒令嬢オリアナが泳ぐ視線で紅潮しつつ語る。

 事実は事実——彼女は今彼らと共にある事が満更でもなかったから。


古代竜種エンドラへ挑み、討伐したのは事実じゃ。ワシも同行した故、疑いの余地も無い。さらにそのために我が盟友でもある火の精霊サラマンダーとその愛娘——


「彼らまで救い上げたのがこの、帝国が誇る法規隊ディフェンサーじゃ。」


 英雄妖精リドは高らかに語る。

 彼らに救われ……今も彼女の策のために奔走する精霊達を慈しむ面持ちで。


「ああ、後ついでに言うならば……帝国は南に位置するアヴェンスレイナ——そのさらに南方の魔がひしめく街道のお話。そこでペネと法規隊ディフェンサーが力を合わせて、魔族に属する下位魔獣も叩きのめした感じね。」


 その叩きのめした主力の一人であったオサレなドワーフペンネロッタも、部隊の仲間が誇らしいのか……己の事の様に


「そしてそのアヴェンスレイナ北に位置する、迷いの森での事おすが。ウチはつい数日前まで、かかる呪いの根源となった友人……狂気の精霊 サイクリアはんと明日とも知れぬ運命を辿っておりましたえ? 」


「そんなウチらを……ウチだけでなく、サイクリアはんまでも救ってくれたんは紛れもなく法規隊ディフェンサー——ミーシャはんが纏めしこの部隊おす。ほんま感謝しかおへんわ。」


 ブライダルと言うサプライズさえも頂いた抜刀妖精ティティは、幸福に満ちた双眸で紡ぐ。

 その、内の気配を店員精霊も感じている。

 不貞の導師モンテスタ精霊力エレメンティウムを悟られぬ様、半実体化を自粛する狂気の精霊サイクリアの意志——そこから察する事が叶う「このお嬢の語る言葉は真実ぞ。」との強く訴える思念を。


 次々語られた賛美がむず痒い桃色髪の賢者ミシャリアが、そこまでを聞き届け言い放つ。

 眼前で呪いと言う理不尽な力の束縛に嘆き苦しむ、精霊の心を救い上げるために。


「まあこれだけ事実を並べ立てられて、嘘と言える自信はむしろ存在しない所だけどね。最後に付け加えるならば……あなたと面会して確信した——」


「正直疑いの余地なく、あなたにかかる呪いの魔導反応はこちらのティティ卿にかけられたモノと同質——即ち。つまり彼は、私達にとってのと言う事だね。」


 語られた宣言に込められた意味を、同時に理解した店員精霊。

 双眸に大粒の輝きを湛えて……号泣した。


「う、うおおん! チンは……やっと巡り合えたアル! チンが守り続けた皆様を救ってくれる方々を! チンは……チンは嬉しくて涙が——うおおおおんっっ! 」


「ノマ様、泣きすぎですよ。ノマ様とて私どものために……そんなに泣かれては私まで——」


 号泣する店員精霊につられた店主まで涙に濡れる。

 未だ呪い付けは解かれるに至らぬも……長き不安と恐怖から解放された彼らは、二人で待ち望んだ瞬間に歓喜した。



 法規隊ディフェンサーと呼ばれた桃色髪の賢者と一行は今この瞬間の、心に刻み——改めて不貞の導師打倒の決意を宿していた。

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