Act.130 マネーロンダリング

 桃色髪の賢者ミシャリアを想定すらしない所から襲ったのは……正しく宮廷術師会を牛耳る不貞の導師モンテスタの陰惨な謀略であった。


 英雄妖精リドから提示された魔導台帳を見た賢者少女は、危うく一瞬で気を持って行かれる所——後ろに続いていた白黒令嬢オリアナ抜刀妖精ティティに辛くも支えられる。


「こいつぁ……クソ——あのヤロウ。マジでミーシャをハメてやがったな! 」


 桃色髪の賢者をおもんばかりつつ、その手から溢れ落ちた台帳を一瞥し——狂犬テンパロットが憤怒の表情で吐き棄てる。

 名義を賢者少女に当てた魔導台帳へ……明らかに本人の文字とは異なるサインが施されていたからだ。


「でしょ? あたしもおかしいと思ったのよ。少なくともその魔導台帳の更新日付は最も新しい物で最近。けど……そもそも私達の旅の間で発生する経費諸々は、法規隊ディフェンサーの諸経費と含めてアーレス帝国内――それも殿管理されてるはず。」


「帝国との経費やり取りはミーシャが魔導機械通信でやり取りしてるし――そんな台帳がある事態不自然な上……あたし達が旅に出ている時期に、そこに記載されたお金が発生することなんてありえないわ。」


「間違いねぇな。これはだ。」


 マネーロンダリング——

 赤き大地ザガディアスに於いて、裏社会に幅を効かせる不貞の者共が……己らの悪事に絡む金銭の出処を不透明とし——そこへ法の捜査が及ばぬ様巧妙な偽装を施す事を言う。

 さらにその偽装には自分達は無関係を装うと言う卑劣極まりない手口である。


 詰まる所……桃色髪の賢者は、知らずの内にその名と存在を利用されたと言う訳であった。


「これはある街銀行店から入手した情報じゃ。流石にワシも、術師会を名乗る者共がこの様な卑劣な手口に及んでおるとは……目を疑ったぞ。」


「ペネが出店で稼いだお金も、危うくジュエル価値詐欺で大損する所だった感じよ? 」


 いきどおりとやるせない感の入り混じる英雄妖精とオサレなドワーフペネ

 その中にあって……珍しい程に神妙な面持ちなツインテ騎士ヒュレイカが、フワフワ神官フレードと首肯しあう。

 いわれなき多額の借金を背負わされた桃色髪の賢者。

 未だその事実で放心する姿へ悲痛を浮かべながらも、騎士の口から


「あたし達が、イロイロ借金を作ってる所にこんな事態……。そこへ止めを入れる様な話をするのは、正直胸が痛い所だけど——」


「これはミーシャの耳に、絶対入れとかなけりゃと思ったから言うわ……。」


 「。」

 その言葉は全てを語るまでもなく、法規隊ディフェンサーに属する仲間達へ本質を悟らせる。


 それでも——言葉として、それは語られた。


「この情報元は、あたしの直感が導いた街銀行の店員。その直感って言うのは、それこそ最近当たり前になって来た、精霊達との生活があって初めて得た物だけど——」


「皮肉な事に、それはただの気のせいなんかじゃなかった。情報提供に踏み切ってくれた店員さんは……。それもディネさんの様にひと種の生活に馴染むタイプの、大地の精霊 ノームだったのよ。」


 ツインテ騎士の放つ言葉が、桃色髪の賢者の放心した心を貫いた。

 双眸を見開いた少女は…… 一行でも分かるほどに感情が移り変わって行く。


 ——大切な者を踏み躙られた様な、止めどない憤怒宿す心情へと——


「ありがとう、ヒュレイカにフレード君……そしてペネにリド卿。これで覚悟が決まったよ。」


 憤怒に塗れた桃色髪の賢者は双眸に燃える闘志をたぎらせる。

 主たる少女の変貌を確と見届けた狂犬も、絶句する監視組と悲痛を浮かべた調査組を見渡し告げた。


 これより法規隊ディフェンサーにとって、彼らが彼らたる真価を示すべき時との思いを胸に。


「皆いいか……。これまであのモンテスタ導師は、ミーシャが嫌うミーシャの敵と言う体だったかも知れないが……もはや——」


「奴は法規隊ディフェンサー——! 奴を絶対に許しちゃおけねぇ! 」


 魔導機械アーレス帝国を影から支え続けた功労者が宣言する。

 言い換えれば、彼の発した言葉はかの策謀の皇子サイザーの秘めたる想いと同義。

 彼は彼の主たる者への忠義のままに動いているから。


 皇子が……力無き弱者を貶める数多の不貞の輩に対し、常に心を痛め続けている事を知っているから。


 それを知り、聞き及んだ一行は首肯した。

 一致団結した魔導機械アーレス帝国の誇る部隊の姿に、人知れず感嘆を贈ったアウタークな騎士も想いを共にする。



 そして宿す決意のまま、さらなる裏取りを進めるための鋭気を養うべく……たぎる意思を抑えつつ早めの就寝を見た一行であった。



∫∫∫∫∫∫



 桃色髪の賢者ミシャリアが陥し入れられると言う不測の事態が、法規隊ディフェンサー一行の生命種を襲っていた頃——


 その彼女が講じた策のため、術師会の手が及ばぬ首都沿岸一帯で奔走する者。

 姿隠しを用い……ひと種にすら悟られぬ様に恙無つつがなく事を遂行するは、法規隊ディフェンサーの精霊種組である。


 そんな彼らは一先ずの成果報告と、人気無き場所へ集合……実体化を経て集まっていた。


「聞いてんか、ディネはん! ウチらの大切な賢者様の協力を取り付けようとしたらやな——「そんな怪しい口調の精霊を信用は出来ない。」って……「ほっとけや!」て思たわ!」


「あんた……(汗)。自ら進んで説得におもむくクセ、その口調で交渉断裂って——あの賢者様もほんとにこの嬢ちゃんに任せて大丈夫なのかい?」


 恙無つつがなく……進んでいる、である。


 実の所——

 策の起点として桃色髪の賢者の信頼を一身に受けた残念精霊シフィエール……それがまさかの口調が怪しい点が災いし、事が上手く運ばない現状と戦っていた。

 〈アカツキロウ〉においては国家の主言語であるのあだが。


「サリー! あーしの方は順調に協力を取り付けて来たサリーー! 」


それがしの方も大方は話を付けて……如何なされた? 殿。」


「ファッキンっ!? 精霊にまでその名で呼ばれる筋合いはねぇぞっ!? つか——どいつもこいつも、このサーリャがカッコイイと賛美したサングラスの価値を分かっちゃいねぇ! 」


「どいつもこいつもはアタイのセリフさね。二人して交渉断裂とか、? 」


「「精霊やっ!? 」」


 同じく交渉に、何を思ったか……愛娘もお気に入りのサングラスを口実にした火蜥蜴親父サラディン

 結果――奇しくも残念精霊の二の舞となる。


 そんな想像以上に難義する賢者少女からの依頼に、本質的な所の詳細が掴めぬ蝙蝠精霊シェンは質問を投げる。


「キーキキ、キキー。キキー? 」


「なんやなんや? ふむふむ……「こんな広域に渡って、精霊への協力を得るのにどんな意味が? 」とな。うーむ、それはなぁ——」


! 今はまだ秘密や! ミーシャはんの起死回生の一手言う以外は、まだ語れんなぁ~~!」


だけに、だなファッキン。」


「アンさんに突っ込まれるとは思わんかったわっ!? そして言うなやっ! 」


 それは紛うこと無き精霊達の会話である。

 だがしかし……法規隊ディフェンサー生命種との付き合いの長さが悪影響を及ぼしてか——精霊達。

 良くも悪くも、それが法規隊ディフェンサー一行と手を取る精霊達としての確たる証となってしまう。


 そんな彼らへ依頼を振った桃色髪の賢者。

 精霊達でさえ疑問を浮かべるその策の全容は、まさに荒唐無稽—— 一つ一つの行動に意味を見出す方が困難と言えた。


 そう……、それは疑いの余地なく賢者少女の描く壮大な策略である。

 決してチート精霊使いを称する不貞の導師モンテスタに悟られる事なく——そのチートと言う問答無用で無双するそれへ、


 未だ当事者と残念精霊だけが理解するその策略が、静かに王国首都 ハイゲンベルグを包んで行く。


「さあ、皆……もう一踏ん張りやでっ!? ミーシャはんの言うには、これは時間との勝負——そこで現状のウチらに出来る事は……少しでも多くの精霊を味方に付ける事や! 」


「来るべき時が来れば、——それまでが正念場やでっ! 」


 沿岸部の人気無き崖上で、集合した精霊種組へ号令を飛ばすは残念精霊。

 いつもの弄り愛の渦中ではあるが……その表情は活き活きと輝いていた。


 これより僅か数日後——

 桃色髪の賢者がチート精霊使いを相手に放つ、前代未聞……——



 共に在らんとする精霊種の仲間の手で、静かに、とどこおりなく……完成して行くのであった。

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