Act.113 その先見の明が照らす先

 一行でも珍しい、桃色髪の賢者ミシャリア中心の重き話は日を跨ぐ頃にお開きとなり——

 一同様々な思考と想いを抱いたまま遅い就寝を見た。


 白黒令嬢オリアナの件が、そして英雄妖精リド剣の卿ティティが絡む事件が終息を見た頃の大事勃発。

 すでに心身的に積もり始めたダメージは、かの法規隊ディフェンサーさえも浸蝕して行く。


 だが——

 彼らがくぐって来た修羅場は、一介の冒険者など尻尾を巻いて逃げ出す程の危険を伴う難事。

 その経験は確実に、法規隊ディフェンサーと呼ばれる帝国極秘の実験部隊の実力を底上げしていた。


 そんな色々と立て続けた難事のせいもあり、一行の誰もが朝の連星太陽さえ見逃す熟睡にふける中——

 お宿で一夜を過ごした後、一行を正統魔導アグネス王国首都へ引き連れるため……美貌の卿フェザリナが彼らの目覚めを待っていた。


 すでに朝の光がまばゆく草花の目覚めを祝福するオープンテラス。

 同席した策謀の皇子サイザー赤き破邪騎士ジェシカと供に……優雅なモーニングティーを堪能する卿。

 そこへ――


「殿下……少しフェザリナ卿とお話があります。構いませんか?」


「ああ、おはようテンパロット。構わない……オレ達はこのまま帝都への帰路に着く故、ゆっくりするといい。」


 職業柄、いかな疲労を覚えていようと警戒を怠らぬ帝国忍びキルトレイサー……テンパロットウェブスナーが高貴なるティータイムへ水を差す。

 が……皇子も予想済みであったのか、自分らは席を外すと残してきびすを返し——程なくお宿から二頭の血統書付き軍馬が首都への帰路に着いた。


「すまねぇな、フェザリナさんよ。貴重な殿下との交友の場に水を差しちまって。」


「何をおっしゃいますか。私はミシャリア様を初めとする法規隊ディフェンサー一行に、それはもう言葉に出来ないほどの期待を寄せているのです。」


「その様な事は些細な物。それで……お話とはやはりミシャリア様の件でしょうか?」


「はぁ……。わざわざ隠す事もねぇんだが、そうまで簡単に言い当てられるのもなぁ(汗)。早い話がそう言うこった。」


 刹那の図星で項垂れる狂犬テンパロット

 だがすぐに続く言葉は、真剣さを滲ませる。


「俺の見立てだがな。もしやあのミーシャの話に出て来た導師……ありゃ、あんたに着いて事を見定めているローブの男じゃ——」


「そしてあのダンナこそが、ミーシャの師匠であり……——レイモンド卿なんじゃねぇか?」


 細めた視線でしたり顔の狂犬へ、クスクスと微笑を零した美貌の卿は敵わないなと両手を上げ肩をすくめた。


「ミシャリア様もさる事ながら、やはりあなた……ウェブスナー殿もあなどれませんね。仰る通り——あの方こそが、大賢者 レボリアス・バラル・レイモンド卿その人です。」


「……やっぱり読み通りかよ。はぁ~~。」


 それを聞くや嘆息を放つ狂犬。

 そこには自分達と桃色髪の賢者との出会いより遥か以前より、多大なる羨望宿す者が手引きした結果……今の彼女がある事実への嘆息であった。


 羨望が見出した未来は、賢者少女の法規隊ディフェンサー入隊から続く精霊達との邂逅へと流れ行き……さらにはその果てである現在へ――

 大賢者と呼ばれる者の底知れぬ先見の明を、これ見よがしに見せ付けられた形となっていた。


「そこまで己の身分なりを隠しての今だ。まだ、。」


「ええ、恐らくは。」


「ならば俺はミーシャが自分で気付くまでは、知らぬ存ぜぬを通すとするかな。んじゃ、どの道後で同行するんだろ? 俺がその件で問い詰めた事は内密に頼むぜ? 」


「心得ました。では、後ほど。」


 偉大なる賢者レボリアスの見定める未来に、かの策謀の皇子にも通じるモノを感じた狂犬は決を下す。

 自分より雲上の存在らがあるじの行く末の軍配を握るならば、一兵卒たる己はその因果に従うまでと……ヒラヒラと手を振り美貌の卿へと背を向けた。


 卿もにこやかにそれを見送ると——


「それでは私も、祖国へと戻る準備にかかるとしますか。」


 ぐぅと伸びをする美貌の卿は、そのまま瞳を祖国たる正統魔導アグネス王国へと向け独り言ちた。



 大賢者の見定める先見の明には大いに興味が尽きぬとも、目先の大事が国を揺るがす惨状に憂う瞳を残して——

 今希望を託すべき者達の目覚めを、待ち惚ける卿がそこにいた。



∫∫∫∫∫∫



「これはアレだね。皆してこんな時間まで寝過ごすとは……溜まる疲労も相当量と見たね(汗)。」


 目にした惨状。

 それは窓を照らす連星太陽の光がすでに天頂近くへと差し掛かり——

 にも拘らず、私達……現在は女性陣が陣取るこのお部屋の誰もが完全におネムな状況でした。


 確かにあの惨劇を超える戦いと、その後に催した幸福溢れるサプライズを経た私達。

 故に緩んだ心持ちから、溜まりに溜まった疲労が止めを入れた訳なのです。


 嘆息もそれだけの仲間達の活躍をこの目で、肌身で感じていた私は……視界に映る皆を責めあげる訳にも行かず——


「さあ、ヒュレイカにオリアナ。そしてペネにティティ卿も……これから早々にアグネスへの旅路が待っているんだ——」


「速やかに起床の後はお食事タイムだ。そして必要な旅支度を……アレ? 」


 と、そこまで今後を考えた私は何かが引っかかり頭をひねったのです。


「ちょっと待て。荷物……旅路——何か大事な事を忘れて……あ。」


 ひねった所でようやくの思考に至った私。

 何とも仲間にとって失礼極まりない事を仕出かしたと、それはもう肩を落としながら……起き抜けのヒュレイカ——そしていつもの早いお目覚めなテンパロットも引き連れ来た道を戻る事にしたのです。


 運河の物見やぐら……



「ブルルッ!! ヒヒィィン!! 」


「ブルッ!! ブルッ!! 」


「いや悪かったよ、だから落ち着いてくれるかい!? ボージェにフラン! 」


 そんな物見やぐらで、まさかの置いてけぼりを食らわしてしまった二頭の暴れ馬さん。

 さすがに今回は危険度がヤバイレベルでもあった故の判断ですが、その後忘れてたなんて。

 彼らが言葉を理解出来たなら、なんと抗議された事でしょう(汗)。


 どうやら……そんな面倒ごとには慣れっことも取れるニンフさんらの手によって、辛うじて餌にはありつけていたのは幸いです。


「すまねぇな、ニンフさんらよ。あっちでの戦いは、流石にこの二頭には危険だったんだ。」


「そうよね~~。お馬さんズには巻き込まれ無かっただけでも——すわっ!? 落ち着いてフラン!! 」


「ブルッ! ヒヒィィン! 」


「……法規隊ディフェンサーの方々。この馬達はただ不満を漏らしている感じではないようで……。むしろ皆さんを案じての暴れっぷりかと。」


 その言葉でハッとなる私達。

 妖精種であるニンフさんは、人間よりも強い動物種との意思疎通を可能とするのはザガディアスでも広く知られる事実であり——

 二頭の暴れ方を改めて見直せば……いつものでは無い——すり寄る様な暴れ方をしていたのです。


「そうか……君達にも不安を掛けた様だね。よくよく考えてみれば精霊力エレメンティウムの暴走など、ひと種よりも動物種の方が敏感に感じ取るは定石——」


「置き去りにしたせいで、フランとボージェには要らぬ不安を抱かせてしまったようだ。」


 と思考した私は、暴れる二頭の頭へ手を伸ばしたのです。


「待て、ミーシャ!? 今手を出したら——」


 ツンツン頭さんの声を聞きつつそっと撫で上げれば……その手を受け入れる二頭は驚くほどに大人しくなったのです。


 それを見たツインテさん。

 何やらニヤニヤした面持ちで——


「やっぱりミーシャは凄いわ。精霊に止まらず、動物達にまで信頼されるって……——て感じだわね~~。」


「……君はそんなに恥ずかしいセリフが、よく口を突くね。大袈裟にも程がある……よ! 」


「いぎゃっ!? 」


 語られたのは、ツインテ騎士さんでも滅多に見せない

 この人はアレだね……ちょっとペネって言う妹分が出来たので、お姉さんぶりたい年頃なのだろう。


 なので私は照れ隠しに、思わずヒュレイカの足当ての隙間を蹴り上げていました。


「な……なんと理不尽な(汗)」


「ああ。ニンフ方、気にすんな。問題無い。」


「問題あるわよ!? この切り裂きストーカー! ここ蹴られるの痛いんだから!? 」


 などと、定番のやり取りのままニンフ方に礼を送りつつ——

 暴れ馬ーズを引き連れ物見やぐらを後にしたのです。



 すでにアグネスへの旅路を急ぐフェザリナ卿を待たせている私達。

 彼女と共にかの魔導式戦列艦へ乗艦して……再びあの広大な西の海洋を行くために——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る