Act.103 悲劇の過去が終わる時

 桃色髪の賢者ミシャリアは己の最大術式となる精霊共振装填と——

 呪いの根源を空間的に隔離する秘術を同時に発動した。


 この赤き大地ザガディアスに於いて——

 精霊を使役する術に準える術式形態は、要する魔法力マジェクトロンの比率を精霊由来の精霊力エレメンティウムに傾倒させるのが常識である。

 ひとえにそれはひと種が己の力をいかに使わず、且つ効率的に術式展開するために生み出された概念であり……同術式の魔法力マジェクトロン比率をひと種側に偏らせるなど正気の沙汰ではなかった。


 しかし今……桃色髪の賢者が放つ術式のいずれも魔法力マジェクトロンを術者であるひと種へ極端に傾けた、極めて危険度の高い術式展開である。

 精霊を御しきれぬ者がその展開方法を用いれば、術者たるひと種の魔法力マジェクトロンが一瞬で枯渇し……最悪術者の精神面に重度の障害さえ引き起こすとされた。


 チート術者と呼ばれる精霊使いシャーマンはそれをことごとく回避する。

 言ってしまえば、己に一切の危険が及ばぬ様——そしてその負荷を全て精霊へと丸投げする術式展開を得意とするのだ。

 精霊と言う力を使い捨てる様に……。


「サイクリア……我が身の魔法具へと——」


 賢者少女の放つ最大術式、精霊共振装填が狂気の精霊サイクリアを見事に引き剥がし……突き立つ妖刀からその霊量子体イスタール・バディが光に導かれて空を舞う。


『コレ……ハ!?こんな事が——』


 一時的に呪いのくびきから解放された精霊さえも、その身に起きた事態を理解出来ず——

 直後……賢者少女の危惧した恐るべき状況が術者たる彼女を襲った。


『オオオオオオオオオオオッッッ!!!!』


 使用者と呪いのキッカケとなる精霊は、確かに引き剥がされた。

 それでも未だ弱体を見ない呪いの紐付けが、元ある状態へ戻ろうとする様に……爆発的な揺り戻しを敢行した。


 揺り戻し——

 魔道機械アーレス帝国第二皇子である泣き虫皇子サイザーが提唱する、物理理論上に於けるエネルギー保存の法則に基づいた力の均衡を保つ現象。

 エネルギーは物質と等価値とされる法則上、いずれかの急激な減少を片方が補完する様に働く世界の摂理と提唱されていた。


 つまりは……呪いの本質となる紐付けが繋がったままで精霊キッカケを引き離そうとしたため、一時的に呪いを構成する呪力減少が発生——

 それに反応した呪いの根源が元に戻るため、不足した呪力エネルギーを補完せんとした。

 ……それを対象に、浸蝕する様なエネルギー変換を始めたのだ。


「……っ!?く……ああああっっ!?」


「お嬢っ!!」


「ミーシャ、こらえろっ!!」


 狂気の精霊を装填した賢者少女を襲う呪いの奔流。

 本質を理解する狂犬テンパロット巨躯の精霊ジーンが声を上げた。

 響いた声で何とか正気を保つ少女の眼前へ、呪いの奔流を半物質化させた巨大な霊体が迫り来る。


『ミーシャ様は絶対、絶対やらせないですキっっ!!闇霊爪シェイダル・バイト……呪いの本体を食い止めるですキっっ!!』


 させぬと舞うは巨大化した蝙蝠精霊シェン本体。

 呪いの巨大さには劣るも、羽を広げれば6メトに届く彼女。

 己の主の願いを叶えるべく命を掛ける賢者少女を、同じく命懸けで守り通さんとする。

 精霊力エレメンティウムを力の限り込めて放つ闇の魔爪シェイダル・バイト

 そのありったけを叩き込まれた呪い本体が、満ちる霊圧に押されて後退して行く。


「……っはぁ……ありがとう、シェン……!やっぱり君は私達の戦友だよ!では、この機を逃す手は無い——」


「精霊の皆——今がその時、ジーンさんの生み出す結界へ向けて、精霊力エレメンティウムを叩き込むんだっ!!」


 首肯する精霊達。

 さらに火と水と……風の人ならざる者達が、心さえも同調させる。


「行くぞ、同志らよ!それがしの結界へ力を!!」


「クレイジー!任せろって奴だ!!」


「全力全開サリッ!」


「いいさね、何か分からんけど……やっちまいな!!」


「ふむ!実に爽快——では!!」


 荒ぶる暴風が呪いの根源と霊体を包む結界となる。

 そこへ合わさるは灼熱の業火と……荒波の如き奔流。

 暴風に巻き上げられたそれらが、相殺反応の元に消滅を始める刹那——


超振動ビブラス小宇宙開放クオスマイクス霊量子力回路接続イスタールゲイト——』


『風と火と水より授かりし力を、我が手で世界の理へと昇華させん!灼熱と、水流を……爆轟の如き姿で解き放て——』


 呪いの根源と霊体が一点に固定された時……遂に桃色髪の賢者最大最強の秘術が——炸裂した。


『唸れ爆轟……高位水蒸気爆熱結界パイロディ・イクスプロージアっっ!!!』


 街を包む瘴気をも弾けさせるそれは、大気を強烈に振動させ……轟音が彼方までも木霊する。

 人など軽々弾き飛ばす爆轟それを察知した狂犬とツインテ騎士ヒュレイカが、意識を飛ばす狂気の巫女ティティと術の全容を知らぬ白黒令嬢オリアナ――そしてオサレなドワーフペンネロッタを庇う様に耐え凌ぐ。

 


 爆轟は物理現象。

 しかしその術式は強力な結界。

 物理の圧力と精霊力場エレメンタル・フィールドで、身動きすらできぬ様に固定された妖刀と霊体。


 全てが賢者少女の策略通りに運んだそこへ、響き渡った。


「呪いはこの世から……根絶、なのーーーっっ!!」


 上空より結界内部へと舞い降りる影。

 フワフワ神官フレードが、旋回と共に振り抜く聖なる銀戦槌ホーリーハンマー解呪ディレイ・カーズの術式をありったけ折り込み——



 位置エネルギーを伴って振り下ろされた聖なる一撃が……妖刀を呪いごと完膚なきまでに叩き折ったのだ。



∫∫∫∫∫∫



 私が開発した最大奥義消滅に合わせ……その瞬間が訪れます。

 弾け飛んだ爆轟は街の瘴気すらも霧散させ——暗雲の如く覆っていた瘴気の霧の果てに、真っ赤に染まる連星太陽が姿を現しました。


 それがすでに夕闇の迫る時刻と悟るだけの余裕が生まれた私。

 つまりは、事態の終息を意味していたのです。


「テンパロット、ヒュレイカ!卿は無事かい!?」


「身体は問題ないぜ?ミーシャ。」


「呪いの方も、問題ないの!」


「ふぅ……やれやれね~~。」


 そんな思考もそこそこに、まずは救うべき存在の現状確認をと声を上げ——

 意識を飛ばすも命に別状無き卿の容体を、神官たるフレード君が走りより改めて解呪状況を確認します。


「……そうか……よか——あれ?」


 状況終息を悟るや緊張の糸が切れた私は、魔法力マジェクトロンを使い切った事により精神が限界に達した様で……ガクンと折れた膝のまま崩れ落ちたのです。

 けれどそれを優しく支えるのは、精霊でもたくましき二柱の男性陣。

 安堵と……労わり込めた視線が私を包み込みます。


「今回は今までにないほどに、その魔法力マジェクトロンを酷使したな……お嬢。」


「全く……ヒヤヒヤさせんじゃねぇぜ、ファッキン。」


「はは……すまないね、ジーンさんにグラサン。もう……弄り倒す余力、も——」


 あまりに気恥ずかしかったので弄り倒すも已む無し——との思考は、襲う疲労で微睡みの中へと消えて行きました。


 すでに皆に向けてあられもない寝顔を晒していた私は、その時のやり取りを後に聞く事となるのですが——


『ミーシャ様はこの度、命の限り尽力なさってくれましたキ。これで主……リド様の過去に一つの終点が——』


 シェンは思いつく限りの感謝を述べようとするも、溢れる涙で全てを語れず——


ひと種ってのは、どいつもこいつもクズばかりだと思ってたさね。けど……いるんだね、こんなにも精霊を労わる素晴らしいひと種も。なぁ、クラーケン様。」


 ガラにもなくしんみりしてたそうなディネさんは、ひと種を思いの外見直した様で——


「呪いの呪縛が解かれたならば、何れはこの街にも精霊力エレメンティウムの恵みが戻って来るじゃろう。」


 いきなりで、力の協力を申し出てくれたクラーケン殿も街の未来への安堵を零し——


 その姿を見やる、誇り高き法規隊ディフェンサー一行と精霊達が皆一様に視線を私へ集めていた頃……備えた魔法具に装填されていた狂気の精霊サイクリアが——程なく霊量子体イスタール・バディで現れたという事です。


『キヒッ……ワレが今まで出会った——そこで気を飛ばすお嬢だけだ。そして——』


……。感謝しているぞ——ひと種と、それに力添えする素晴らしき存在達よ……。』


 姿は今までの精霊よりも遥かに不安定な霊体。

 上半身も胸部と頭部のみを半物質化した程度の……高潔なる物言いのそれ。

 けれど——

 その彼は確かに私達と同じ様な……煌めく雫を双眸に湛えていたとも。



 全てを終えた私達を包む、晴れ渡る夕闇が宵の静寂を引き連れる頃。

 恐ろしき浸蝕の闇夜は、静かなる静寂のとばりへと変わり行くのでした。

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