Act.71 決戦再び!法規隊と古代竜種レックシア

「早めに動いたのは正解だったとしか言いようがないね!なんとバカ竜さん、すでに殺る気満々じゃないか!」


「おかしいサリ!ミーシャさんの護衛さんが付けた傷……もう回復してるサリ!」


 活火山ラドニスふもとより入り込んだ岩場を挟む山道中腹。

 荒ぶる暴竜レックシアへの対応と、現地状況把握の上で戦略を練る手筈であった桃色髪の賢者ミシャリア一行——そのはずが今……想定していなかった暴竜レックシアの進撃に逃げ惑う。


 切り立った岩場は活火山ラドニスが齎す自然の脅威であり、決して良いと言えぬ足場を縫う様に伸びる山道。

 一行はうねる道が複雑に入り組んでいた事で、辛うじて暴竜の追撃を逃れるに至る。


「賢者ミーシャ、あんたは前を走れ!俺達精霊で奴を足止めする……サリュアナ!シェン!」


「キキッ!」


「お任せサリっ!」


「すまないっ、皆!全く……こう言う時ばかりは自分の未熟さが恨めしくて仕方がないよ!」


 実体化を解けば何時でも回避の叶う精霊達が一丸となり、たった一人のひと種である少女を庇う様に立つ。

 暴竜が持つ脚力は、異獣に代表される各竜種でも考えられぬ速度で大地を駆ける。

 その速度たるや、足の速い部類である中型肉食獣……獅子レイオンに匹敵する。

 さらにはその体躯から来る歩幅で、一瞬の隙に距離を縮めてくる。


 道と言い切るには心許ない岩場山道を、宮廷術師の法衣をなびかせ駆ける賢者少女を見やり——迫る暴竜へと火の精霊術展開で迎え撃つ火蜥蜴サラマンダー親子。

 巻き起こる火炎が親子の絆を思わせる固く結ばれた螺旋を描くと——


「ファッキン!さすがに活火山ラドニス……炎の活きががいいぜ、クレイジーっ!サリュアナ……俺に合わせて火炎を!」


「りょーかいサリ!パパとあーしの力を見せてやるサリ!」


『『火焔大蛇瀑流ブレイジア・パイソンっ!!』』


 立ち上った焔は螺旋の大蛇と化し、暴竜が踏み抜くであろう岩場を焼き焦がす。

 いかな古代竜種エンドラと言えど、火の精霊が全力で放つ火炎の力は脅威であり——だからこそ休火山デュナスで居を構える火蜥蜴サラマンダーを警戒し、己が住処を開ける事は無かったのだ。


 高温で熱された岩場が、暴竜の硬質な皮膚すら焼くほどの熱を帯びる。

 多少の知能があれば、そこを闇雲に突撃する事はないだろう……との思考で、足止めとして炎で地を焼いた火蜥蜴サラマンダー親子。

 通常の生命であれば、その炎に恐れを成して進撃の足を止めるだろうと思考して——


 が——


「キキッキキッ!?」


「こいつぁ、クレイジーも甚だしい……!奴の知能の進化は俺達の想像を超えてやがるぜっ、ファッキンっ!!」


 精霊達は竜種が持つ成長速度を見誤っていた。

 古代竜種エンドラともなれば、かつて上位種エルダー級に属していた時点で知能が発達していてしかりであり——その知能が、焼けた平らな岩場を察するや、脚力を生かしてその体躯を飛来させ……焼けた山道を囲む岩場を利用し飛び移る様に進行したのだ。


「シェンっ!賢者ミーシャに近づけるなっ!!」


『お任せ下さいですキっ!我が主が見初めた希望をやらせはしないですキっ!……闇より出でて、引き裂け闇霊爪シェイダル・バイトっ!!』


 火蜥蜴サラマンダー親子が火炎を放つ間、賢者少女に近い場所で彼女を守らんと……満を持してその本来の姿へ戻った蝙蝠精霊シェン

 その冥獄の魔王が降臨したかの姿から放つは、彼女が得意とする固定術式——闇の鉤爪シェイダル・バイトが無数の弾雨となって暴竜を強襲した。


 しかしそれは見えぬ場所からの強襲でこそ威力を発揮した——が、彼女の姿は暴竜それの眼前であり……竜側からも術者を視認できる位置。

 つまりはあの暴竜が先に習得したブレスの射程である事を意味していたのだ。


「……っ!?シェン——!避けるんだっっ!!」


 精霊達の想いに守られ、先行して退避を図っていた桃色髪の賢者ミシャリアが……背後の異変を感じて振り向けば——

 まだパーティーを組む程では無くとも、その身を賭して協力を買って出た闇の精霊が——暴竜の吐き出すブレスの射程で、無防備となる放射系術式を展開していた。


「ぐるおおおおおおーーーーーっっ!!」


 荒ぶる暴竜胸部へ大きく息が吸い込まれると、それに反応した体内の霊銀が吐き出す息へ乗せるための灼熱の業火ブレスを生成する。


 飛ぶ闇の鉤爪シェイダル・バイトすらも意に介さぬ荒ぶる竜が、それをまさに吐き出さんとしたその時——


「はいやーーーーーーーっっ!!」


 賢者少女の背後上空より——舞い降りた。



∫∫∫∫∫∫



 ペネの見立てで、暴竜へ刻んだ傷からしてすぐには動かぬと踏んでいた私達。

 それはあくまでも傷が早々に癒える事は無いと言う前提で成り立つ算段でした。

 が……蓋を開けてみれば、恐るべき勢いで傷が癒えたバカ竜さんが私達を待ち受ける様に——こちらへ襲撃して来たのです。


 そこから導かれる結果として、あのバカ竜さんが縄張りとするねぐらは相当量の霊銀の恩恵を受けており——それが傷を凄まじい勢いで癒したり、果ては上位種エルダー級から古代竜種エンドラへの常軌を逸した進化を促したと推測したね。


「シェン!避けるんだっ!」


 挙句は私達が完全に奇襲を受けた形となり……あまつさえ、空ぶった事前策対応により仲間も分断された事態へ放り込まれ——結果、シェンが私を庇わんとその身を呈す現在へと進んでしまったのです。

 つくづく己の未熟さが嫌になる瞬間——そんな私を庇うシェンの期待が痛いほど身に染みるからこそ、思わず叫ぶ様に彼女へ指示を出します。


 その私からして後方上空——

 叫ぶ声に被さる様に轟いたのは、あのペネ……暴竜用食料調達組として出向いていた臨時の協力者の声。

 ハッ!として声が響く方向を見やった私の遥か先——差し詰め上空から舞い降りるその姿は

 まさかと注視した武装は


 しかし、落下の位置エネルギーを乗せて振り下ろされたロッドの如き武装がバカ竜さんの額部を穿つと同時——火薬の激しい炸裂と思しき衝撃で、バカ竜さんは咆哮と共にブレス射線を大きく逸らされます。


 そのままロッド状の武装を風車の様に回転させて、近くの岩場へ着地する身軽さ……とても、舞う様な戦いでした。


「ペネっ!シェンを守ってくれて感謝するよ!しかし……その武装は中々に特殊だと見た!」


「礼には及ばない感じよ、賢者ミーシャ!因みにこの武器は軽量高剛性のチタナイト合金製……アーレス帝国が世界一の生産量を誇る機械製品原材料——」


「伊達にこの帝国で商売はこなしていない感じね!お得意様から仕入れた、私専用のスペシャルな相棒って感じよっ!」


 先端に取り外しの叶う機械式ギミックを確認した時点で、アーレス帝国製とは思ったけど——それを何かドッキリ企画的に披露して来た彼女は、相当ドワーフ扱いを嫌ってると見たね。

 そのおかげで私はようやく冷静に思考が回転し始めたのですが……そこでとても重要な点に気付く事となったのです。


「……ちょっと待つんだ!?あのおバカ——ヒュレイカはどこに行った!?」


 そうです—— 一緒にいバカ竜さんから逃走を図っていたツインテさん。

 あのおバカがどこにも見当たらない事実へ……回り始めたら思考でやっと気づく事になったのです。



∫∫∫∫∫∫



 暴竜レックシアの想定外の強襲で、散り散りとなった精霊を率いる桃色髪の賢者ミシャリアと……あるタイミングで使、別行動を始めたツインテ騎士ヒュレイカ

 その口から自分こそが賢者少女の護衛と、高らかに豪語したとは思えぬ奇行を取る。


 そう——彼女の行動だけで考えればそうであった。


「フレード君!?なんで君だけ——」


「間に合ったの!ヒュレイカお姉ちゃん……協力して欲しい、なの!」


 ツインテ騎士の視界に映ったのは、休火山デュナス反霊銀収集組から先んじて連絡に飛んだフワフワ神官フレード

 自慢の得物メイスまたがりツインテ騎士の元へ駆け付けたのだ。


「協力って……!?」


休火山デュナスで、オリアナお姉ちゃんとリドお爺ちゃん——ガラッサルバードに襲われたの!でも……これをボクに預けて先に行けって——」


 鬼気迫る少女の様な少年の表情には、さしものツインテ騎士も日頃の無用な趣味嗜好を抑え——だが彼が口にする協力と言う言葉の真意を問い質す。


 そのツインテ騎士へ差し出されたのは反霊銀を集取した皮袋。

 少年が崇拝する至高神の祈りは反霊銀の影響が皆無であり——結果彼がこの場へと先んじて向かえた事を物語る。


 袋を差し出し少年もさらに続ける。

 白黒少女オリアナ英雄妖精リドが異獣襲撃で足止めを受けたと言う状況報告——そしてすでに視界に収めたのであろう、桃色髪の賢者が置かれた状況打開の策を合わせて追加した。


「こちらに向かう途中で、しーちゃんさんと打ち合わせて——テトお兄ちゃんとジーンさんに獲物を運んで貰ってるの!けど——」


「このままでは暴竜には、それを与えられない——だから、ヒュレイカお姉ちゃんの力で……獲物をあの暴竜向けて、投げ飛ばして欲しいの!」


 荒唐無稽な頼みが提示された。

 一人の騎士へ……それも少女へ。

 たかが異獣とはいえ、中型肉食獣に属する生命を持ち上げるだけでも無理難題以外の何物でもない。


 無理なはずだが——彼女は違っていた。

 フワフワ神官が、護衛すべき賢者少女よりも優先的に騎士の元を目指した理由を……彼女は直感で理解した。


「ぷっ……!反霊銀を混ぜ込んだ異獣の死体を、暴竜の口目掛けてぶん投げる……。それが出来るのは——確かにアタシしかいないわねっ!」


「いいわ、任せなさい!じゃこのまま――テンパロット達が運ぶ獲物の所まで!」


「うん、なの!移動はこのメイスに……お任せなの!」


 ツインテ騎士は失笑を零す。

 かつて自分の人生をことごとく歪めた——今を誇る様に。

 首肯したフワフワ神官の得物にヒラリと相乗ると……二人分プラス大剣グレートソードの重量すら物ともせぬ至高神の祈りの奇跡が、二人を狂犬テンパロット巨躯の精霊ジーンが運ぶ暴竜用食料の元へと運ぶ。


 確かに桃色髪の賢者は未熟であり、時として思考や策が後手に回る事もしばしば。

 だがしかし——それを補って余りある頼もしき仲間達も又、彼女にとっての掛け替えのない戦力であるのだ。


 そして——その仲間達合流と共に、古代竜種エンドラとの全力戦闘が始まる。

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