Act.70 暴竜討伐作戦〈対暴竜用獲物調達〉

 鬱蒼と茂る休火山デュナス活火山ラドニス間に位置する森林へ、今息をひそめるのは帝国護衛の片割れ——キルトレイサーのテンパロットウェブスナー。

 忍びの有する気配を消す能力に加え、彼が持つが周囲の動物に一切の気配を悟らせない。

 弱まるも降り止まぬ雨足も相まって、彼が何処へ潜んだかを知るのは彼のみの状態であった


 その視線の先には中型異獣。

 先んじて巨躯の精霊ジーンドワーフ令嬢ペンネロッタが、それとなしに森林の開けた場所へ誘い込んだ獲物それを睨め付ける。

 暴竜ほどの生物が求める獲物は量も質も並外れて多く……質が足りなければ量を、量が足りねば質を求める事でその身を維持して来たと言われている。

 狙う異獣はその条件に叶うだけの体躯を有していた。


「精霊さん……あの忍びさん——私でも何処に居るのか判別出来ないぐらいに、隠れてる感じよ?」


「ジーンでよい。お嬢らからもそう親しみを込めて呼ばれておる故。正しくだな……確かあれは、テンパロットの能力でもあるレンジャー技能の賜物と——そう聞いている。」


「えっ?は職種では?そして盗賊罠避けと簡易サバイバル技能が主ではなかった感じじゃ——」


 完全に気配を殺す狂犬テンパロットへ驚愕を覚えるも、巨躯の精霊が口にした言葉に頭を捻るドワーフ令嬢。

 その表情を視認した巨躯の精霊は、説明不足であったと補足を追加して来た。


「うむ。これは説明が足りなかった様だ、許せドワーフ嬢。彼奴あやつのレンジャーと言うのは厳密に言えば職種では無い。彼奴あやつが属するアーレス帝国の特務部隊——」


「その部隊に於ける訓練過程で、過酷極まりない地獄の様な訓練を経て与えられる帝国最強の陸上歩兵部隊——彼奴あやつが所属していた〈エンパイアレンジャー部隊〉で身につけた軍用技能と聞いた。」


「あら~~もしかして彼は帝国でも相当上位に仕える方な感じ?特務部隊の噂は私も聞いた事があるけれど——」


「本人から聞いた話ではあるが……その〈エンパイアレンジャー部隊〉出身の者であれば、過酷且つ異獣が闊歩するジャングルの中であろうと100日はナイフ一本で生存・生還する事も可能らしい。」


「……あら~~(汗)マジな感じ?」


 巨躯の精霊もにわかに信じ難いとしながらも饒舌に語り、耳にしたドワーフ令嬢は驚愕の真実に嫌な汗を滴らせた。

 辺境とは言え魔導機械アーレス帝国に居を構える令嬢も知り得る、祖国の情報—— 一般の民へ向け開示されるそれを体現する者と、初めて対面する事となったから。


 詰まる所その開示された情報は、……帝国が情報戦で世界の数歩先を歩く証でもあるのだ。

 民が開示された情報を口伝えで社会へ広め——それが諸国の耳に入る事で、帝国への警戒が一層高まると言う大局的な戦略であった。


 ——魔導機械アーレス帝国へは迂闊に手出しが出来ないと——


 待機組が遠方にてそんなやり取りを行う一方——狂犬の視線が僅かに細まる。

 眼前の獲物……肉食系異獣に属するそれが移動を開始したのだ。


「……動くか。さて——」


 吹き抜ける風と降り止まぬ雨が掻き消す程の小声で、己への合図とした狂犬が……鞘走りと共に名刀〈風鳴丸かなきりまる〉を逆手で抜き放つと——

 音も無く駆けた疾風が、異獣の背後より強襲した。



∫∫∫∫∫∫



「ほあ~~……鮮やかな一撃やったな、テンパロットはん。ウチが風の精霊術で音を消すまでも無いやなんて——ホンマ恐ろしいなぁ、レンジャー能力言うのは。」


「ああ、そういやしーちゃんに見せたのは初めてだっけか?と言ってもこれは暗殺術に使う類の技——嬉々として見せる様なもんでもないんだけどな。」


 暴竜への獲物として狙ったのは、この地方でも大型異獣の餌となる中型異獣のフォレスグリーズ。

 獰猛な肉食獣のこいつは小型の草食獣を餌とするが、異獣と呼ばれる厄介さは当然内包しており——爬虫類系であるこいつが森の生態系を狂わせると、殿下からも情報を得ていた。


「こいつは本来、異獣化する前の下位竜種レッサー級によってある程度捕食されて……それにより生態系が保たれていたらしいんだが——」


「この火山帯山間のどこを見ても、こいつが縄張りとした跡がある。つまりは——」


「なるほど……。すでに古代竜種エンドラ化した恐竜レックシアにとって、それが何らかの理由で餌としての価値を失い捕食されなくなった。そのせいで生態系が狂い始めたっちゅう事やな。」


「そうだ。」


 連絡要員として同行する中、精霊術による支援を申し出てくれたしーちゃん。

 けれどオレがそれ無しで獲物を仕留めた事に感嘆を洩らし――ヒラヒラと寄り添う彼女が、ここぞとウンチクを決めて来る。

 フォレスグリーズの残す縄張りの証とも言える、不自然なまでに盛り上がる土塊を一瞥してそんな彼女を視認した。

 つか……そこで改めて思うのは——


「……しーちゃんよう——お前さんいつからそんなに聡くなったんだ?一瞬ミーシャ辺りと会話してるのかと——」


「アホ。テンパロットはんも含めて、ミーシャはんらとどれだけ長い付き合いや思てんねん。お陰であんさんらの、知的思考が染み付いてもうたんやで?ホンマ。」


「ジーンのダンナもダンナだが……しーちゃんもしーちゃんだな(汗)すでに風の精霊としてそれはどうよ?」


 思ったままを口にすれば、何やらドヤ顔と共に自慢話しを向けられた。


「何言うてまんの、テンパロットはん!ウチら風の精霊は元来知識の運び手やで?まあジーンはんがどんな話をしたんかは知らんけど、法規隊ディフェンサーでおるとその知識の面では事欠かんわ。」


「そう考えればウチらは真っ当に、精霊として活動でけとる思うで?ウチは。」


「ああーそういやそうだな。しーちゃんが余りに忘却——」


「ここで弄って来るんかい!?真面目な話や思て流すとこやったわ、こん畜生っ!!」


 ミーシャほどダイレクトに弄る事はないオレも、ドサクサでしーちゃんをたまには弄る事で丁度いい関係を築いて来た。

 けどそれでも——オレとしーちゃんの関係は最初は最悪とも言えただろうな。


 暗殺術を駆使して世界の裏を駆け巡っていた当時のオレは、大自然のことわりに反する様に多くの命を殺めた。

 例え人種ひとしゅの命であれど大自然のことわりの一部である事に変わり無く——

 警戒と監視のため無用な人種ひとしゅとの接触を避ける精霊からすれば、容赦なき敵意を向けるだけの理由に足る事となり……結果オレはしーちゃんに幾度となく殺されかけたんだ。


 それは大自然を冒涜したオレへの、罰だったと……今は捉えてる。




「〔あんさん……自分がどれだけ大自然を冒涜しとるか自覚あるんかいな!そしてそれを、ウチ等精霊が何の制裁も加えん――そう思てへんやろな!!〕」


「〔頼むシフィエールさん!テンパロットは私の護衛だ……それを確実に償わせる!だから――〕」


 記憶の中。

 ミーシャと任務と言う名の冒険を始めたばかりの頃――まだウチの小さな賢者様は、すぐに自分を自虐し後ばかり見る頼りない賢者見習いだった。


「〔いいんだよミーシャ。こいつはオレが人生の中で背負った業だ……どう取り繕ろうと、精霊からすればことわりを蔑ろにする存在以外の何者でもない。〕」


 眼前に風の精霊。

 木々はなぎ倒され、河川は渦を巻いて大地を飲み込み――そしてその状態を生んでいたのは……猛烈な嵐の化身である


「〔潔さだけは認めたる……。やから言うて全てが許される思うなや、この人間風情がっ!!食らいやーーーーっっ!!〕」


 荒れ狂う嵐の化身は無限に舞う真空の刃を、オレへと叩き付けて来た。

 それがオレとしーちゃんの――最初にして最悪の出会いだった。




「――トはん。テンパロットはーん?何呆けてまんのや。ジーンはんにペネはんが向かって来とるで~~。」


「ああ、わりぃ。ちょっと昔を思い出しちまって――」


「はっ?昔って何の……って、それウチらの出会いの事やあらへんやろな。」


「ったく、そういう所が聡いって言ってんだぜ?しーちゃん。何でそんなにピンポイントなんだよ……こんな時ぐらい残念なままで――」


 オレはいつもの弄りのノリで返答した。

 だが―― しーちゃんは、正直しばらくぶりな凍る霊気を漂わせて口を開いた。


「分かってる思うけど……ウチ等精霊は、それを許した訳やないからな。覚えときや?」


 表情はオレ達と長い付き合いで会得したモノ。

 しかしオレに叩き付けられたのは――オレとの出会いで振り撒いていた、


「分かってるさ。それはオレの人生を懸けても償いきれない罪……決して忘れちゃいねぇよ。」


 大自然の怒りを前に、オレは茶化す事などできず――しかと彼女を見据えて、ただ真摯に言葉を述べた。

 すると――


「ほかほか~!ほならええんやで?テンパロットはん!ウチもミーシャはんらとの冒険は、何や楽しゅうて仕方ないよってな~~!」


「そんな時まで、昔を蒸し返したりはしとおないんや。せやから……テンパロットはんが己の罪へ、真摯に向き合う言うなら昔をわざわざ口には――」


 何事もなかったかの様に、いつもの残念が轟きヘラヘラと破顔して見せるしーちゃん。

 そこに「今は忘れろ。」と言う雰囲気が込められるのを、オレは感じ取っていた。


 そんな僅かの間訪れた、一触即発とも思える空気から一転した彼女が言葉を紡いだ直後……休火山デュナス方面から飛来するフレードが視界に映った。

 それも結構な速度でこちらへ向かって来る。


「しーちゃん……こいつは、休火山デュナス側で何かあった感じだぜ?なら――」


「せやな。ならフレードはんと速やかに情報交換の後ウチも飛ぶわ!こっちは任せたで!?」


「ああ、任せな!すぐにオレ達も後を追う!」


 しーちゃんとの過去は一先ず過去として——オレは現実へと視線を向ける。

 フレードの飛行する速度からしても、休火山デュナスで何かあったのは疑う余地も無く……その状況によってはオレ達も手分けして事に当たる必要がある。

 と——そう思考したオレも、まさかあのオリアナがフレードを向かわせたと知るのに時間を要さなかった。


 冒険初心者の体を晒していた彼女にも、すでに仲間としての心構えが芽生えて来ているなと賛美を送りつつ——オレ達もすぐさまミーシャ達の待つ活火山ラドニスへと向かうのだった。

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