Act.38 狂犬、裏切られた過去

 女性陣一行が華やかな(?)和気藹々を過ごす片割れ——男性陣である狂犬テンパロットフワフワ神官フレードは、傍目にも羨ましがられそうなカップリングの様相で街を歩く。

 が、当の本人ら——特に狂犬にとっては迷惑極まりない視線を、散々浴びせられる事になったのだが……。


「……おい、神官クレリック。」


「……何?……犬。」


「その呼び方はやめろ。」


「?……妥当——と、ボクは思うの。」


「——はぁ……好きにしろ。ったく。」


 曲がりなりにもイケメンを地で行く狂犬に隣り合う……知らぬ者であればと見紛う神官クレリックが、何気無い素振りで付かず離れずを保って歩く。

 しかしフワフワ神官の少年を、道行く者みなはかなげな少女と錯覚し……時には羨ましげに——時には歯がいましさを込めた視線を二人へと浴びせかけていた。


「つか何なんだこの状況……息苦しいったらありゃしねぇ。周囲の視線が痛々しいんだが?」


「……犬は、気にしすぎ。……容姿への憧れは……誰にもあるもの——なの。」


「オレが気にしてるのはそこじゃねぇよ(汗)ホントにお前、それでも警備隊かよ……。」


「……えへん。……ボクは、警備隊——なの。それも……法術隊——希少職。」


 肩を落とし嘆息する狂犬に対し……己の配属される部隊を誇らしげに——少しだけ胸を張るように、はかなさのまま自慢するフワフワ神官。

 実の所狂犬はそれなりに認識阻害の能力を発動させている——が……フワフワ神官が纏う至高神の加護が微妙にそれを中和し——

 不完全な認識阻害状態が今の痛々しい現状を生んでいた。


「それよりお前……その常時発動する神聖魔術プリースト・マジックの何か——なんとかならねぇのか?オレの認識阻害能力にまで干渉するって、何なんだよいったい……。」


「それは……無理——なの。犬の能力……本来は闇に属する姿隠しの秘術——神聖魔術プリースト・マジックの……対極——」


「ボクの纏う加護が……問答無用で——打ち消すの。」


「——はぁ……そうかい。」


 狂犬が扱う技能は源流となる忍者にあわせ、その職が得意とする忍術を魔術的な効果へ置き換えた物であり——厳密に言えば、源流との効果や発現の仕方が僅かに異なるとされる。

 その忍術を再現したスキルを忍び法術キルティック・プレイと呼称し、魔霊力エネルギーを主体とした術式行使を行う。

 言わば魔霊力が闇に属するエネルギーに相当するため、対極となる神聖魔術プリースト・マジックによる祈りが術へ干渉してしまうのだ。


「まあな……オレの忍び法術キルティック・プレイは闇の魔法に分類される関係で、お前の纏う神の加護からすりゃ天敵扱いだろうよ。」


「源流の忍術が使えりゃ問題ねぇんだが……そこは原理すら分からんから如何いかんともし難い所だ。」


「……?犬?そもそも闇に属する魔術……何故使えるの?犬は——見た所、闇の感情……希薄。闇を操るには……それ、必要なの。」


「何故……か……。そいつは……——」


 狂犬とフワフワ神官コンビは、こちらのメンツに必要な物品購入のため……女性陣とは別のお店へと足を向けるが——

 犬呼称への抗議から始まった会話は、流れ流れて狂犬にとっての古傷話へと突入して行く。


 再び犬と呼称されるも、好きにしろと言い放った手前好きにさせるしかない狂犬……その古傷をえぐる形になるフワフワ神官の問いに言い淀み——


「お前が聖職者って事で、にしておくが——あいつらには言いふらすなよ?」


「ん……。至高神への懺悔——それなら、ボクは……言いふらしたりしない。それ……至高神の教えに……反するの。」


「ありがとよ……。」


 そして語られるのは……狂犬が帝国へと身を寄せるより数年前までさかのぼる、今の彼からは想像だにつかない過去の全容であった。



∫∫∫∫∫∫



「逃すな!あのガキを始末しなければ、俺らが国に狙われる——必ず奴を血祭りにあげろっ!」


 オレは生まれつき身寄りの無い人生。

 孤児院で生まれ育った記憶は僅かにあるが、どうやって食い繋いだかはすでに忘れた。

 それは記憶していても悲しくなる様な過去だったからだろう——だから深くは考えない様にしていた。


 そして記憶がある程度はっきりしているのは、盗賊団に入った頃——オレは十代ですでに街を荒らすゴロツキの元でパシられていた。


「テト……君が悪いんだ。君が裏切ったりしなければ——みんなも君を殺そうなんて考えなかったんだよ?」


 しかしある日オレはヘマをやらかした。

 いや——違うな……オレは


「ふざけんな!あいつら、オレ達をいい様に利用してただけじゃねぇか!オレの仲間を……兄弟を返しやがれ!」


 そのゴロツキはそれなりに名のある盗賊団。

 けどそのバックに付いていたクソみたいな国家の犬であり——オレ達の様な身寄りもなく、落ちぶれた若者を利用するだけ利用し……後は物みたいに売り飛ばす奴隷商人紛いの汚い奴らと知った。

 オレが事実それを知ってしまった頃には、同じパシられ仲間であった兄弟みたいな仲間は……すでにクソ国家へ奴隷として売られた後だった。


「物分りの悪い奴は嫌いだよ?テト。君は知りすぎたんだ……潔くボクの戦果になって消えてよ。」


「うるせぇ!お前をずっと信じてたのに……弟みたいに懐いてたお前はどこへ——」


「はっ!弟!?笑わせないで欲しいね!ボクは君を奴隷として売るためだけに育ててたんだよっ!ああ——奴隷に弟とか呼ばれて気持ち悪い……さっさと死んでよっっ!!」


 組織で弟の様に懐いてたあいつは、ハナからオレをハメていやがった。

 そうやって身寄りの無い者をたらし込み……自分たちの利益のために利用するだけの——ただのクズ。


 もはやオレに行き場など無かった。

 だからオレは——

 生きるために——


「……オレはてめぇの様なクズにだけはならねぇ……。こいつは売られた仲間達の分だ——覚悟しやがれっっ!!」


 その時思考で何かが壊れた音がしたが——もう後戻りなんて出来なかった。

 オレはその手で……弟として慕っていたあいつを——

 手にかけたんだ……。



∫∫∫∫∫∫



「テンパロット……その、ごめん……なの。」


「はあぁっ!?きゅ……急に名前で呼ぶなよ!?あ——焦るじゃねぇか。」


 狂犬テンパロットの過去を聞き及んだフワフワ神官フレードは、懺悔と言う形であれ——想像だにしない壮絶な古傷を耳にし……謝罪せずにはいられなかった。

 その内容はおいそれと他人に公言できない様な、狂犬にとっての——闇。

 彼が闇に属する術式に必要不可欠なる感情——を多分に含む内容の過去。


 聖職者の道へ進んだ少年にとっては、目を覆いたくなる惨状そのものであったのだ。


「言っただろ、神への懺悔って!お前へ当てつけたものじゃねぇから!……いいから顔を上げろ。」


 犬との呼称を嬉々として利用していた少年の、とって返した様な落ち込みぶりがこたえ——狂犬さえもアタフタと動じてしまう。


 だが——その二人の間へ、今までとは違う空気が流れ始めていた。


「……ボク……兄弟を、早くに亡くした……の。治らない……疫病が——お兄ちゃんを、奪っていったの。」


 唐突に語られる身の上話……それは少年が、聖職者を目指すキッカケとなった——悲しい出来事。

 当然それを聞いた狂犬も、想定などしているはずもなく——目を見開いた後……静かにその話へ聞き入った。


「お兄ちゃんを、看取ってくれた司祭様……言ってたの。「彼の疫病は、悪霊の浸蝕を受けて治癒の術式が阻害されてた」って……。」


 少年の兄とされる者に発症した疫病は、本来ならば神聖なる祈りを受ければ完治の可能性が見られた類の病——それを悪霊の霊的な浸蝕が阻害していたと、その司祭が判断していた。


 少年の言葉に双眸を細めた狂犬が、重い口を開く。


「それはただの祟りの類じゃねぇな……。何者かによってかけられた——呪い……か?」


 的を得た問いへ、フワフワ神官も首肯する。


「その過去があったから……お前は——フレードは神官クレリックを目指した……って、感じだな?」


 続く解へさらに深く——少年も首肯する。

 そして直後——想定の遥か斜め上を行く解が狂犬より提示され……フワフワ神官は驚愕の中へと放り込まれる。


「じゃあよ……お互い大切な兄弟を失った立場だ——これからオレ達は兄弟って事にしようや。いや、もちろんお前が警備隊の代理同行任務を終えるまでの間だけどよ。」


「きょう……だい?ボクと——テンパロットが?」


「おうよ!特別にフレードには、オレを義兄弟達が呼んでいた〈テト〉で呼ぶのを許可してやる。その名前は、オレの過去を知ってる奴しか知らねぇ愛称だ。」


「テト……おにい……ちゃん。」


 見開く双眸の後、俯き――気を落としたフワフワ神官へ……言い様のない幸福感が訪れる。

 それは少年が慕う兄を失ってからの、塞ぎ込んでいた過去を洗い流す様に——心身へ染み渡っていく。


「その代わり、お前が神官クレリックになるキッカケの兄貴——その兄貴に恥じない、立派な聖職者をお前は目指せ。それをオレが——」


「このテンパロット・ウェブスナーが、フレードの本当の兄貴の代わりに見届けてやる。いいな?」


 キラキラと輝きを湛え始めたフワフワ神官の頭へ、ポスンと手を置き——大切な者へ送る様なの笑顔を放つ狂犬。


 その姿は――

 仲睦まじい、年の離れた兄弟そのものの空気を醸し出していた。

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