Act.33 流れ行く業物
「悪りぃなダンナ、付き合わせちまって。」
「何……気にする事もないぞ?テンパロット殿。」
狂犬が扱う得物であった
それは狂犬が巨躯の精霊を連れ立つ点にこそ含まれ——
同時に足を向ける商店も、おおよそ一般人の目の触れぬ入り込んだ場所へと構えられる。
「ここがアーレスに近い、アグネス領地なのは幸いだったよ。オレの武器と同等な代替え品なんざ、まず普通の街じゃお目にかかれねえ。」
「普通の武器屋で「精霊を装填できるダガーありますか?」なんて聞けねぇからなぁ~~。」
「フッ……難儀であるな。しかし……それ程の得物でなくては、お嬢をお守りする事も叶わぬ。致し方あるまい。」
察する巨躯の精霊もそれを知るこその同行で、人間界レベルでのほぼ完全な実体化を経て街道を行く。
当然それだけの体躯……加えて上位精霊と言う存在の特異性から、間違いなく人目を集めそうな物であったが——狂犬の得意とする認識疎外能力は、近場であれば隣り合う者も影響下に置く性質故問題なく運んでいた。
「おっ?どうやらここらしいな。ダンナ、ここからは気配を元へ戻すから……まぁそれなりに対応してくれや。」
「うむ、心得た。」
賑やかな街の大通りからも大きく外れた、山間に近い一軒家——さらにその隣へ店舗とも工場とも取れる木造の大空間を擁する建物。
ひっそりではある——が、造りは堂々たる構え。
掛かる看板へ並ぶ文字の羅列は唯一、そこが武器屋と確証を得られる特徴でもあった。
その工場区画——
片割れには申し訳程度……しかし一介の冒険者ではまず手にする事叶わぬ、一級の防具が並んでいた。
「あんたら……客か?」
遠目で二人を視認した影が声を掛けて来る。
刻まれた
「お……おい!?あんた、精霊か!?しかもその姿——隣の兄さんはもしや
それもそのはず——俗世である街中へ突如として精霊が……それも上位に位置する存在が顕現するなど常人には信じ難き事態なのだ。
想定通りの反応を確認した狂犬も、双眸を細めて老人を見据え——
「違げぇよ。ただ、何で精霊がと聞かれれば——答えられない事情がある。その事情も考慮して……武器を見繕って欲しいんだ。可能かい?」
「あ……ああ!仕方無ねぇ……事情は聞かねぇでおく。どんな代物を所望だい、兄さん!」
「すまねぇな。オレが欲しいのは大型短剣の
「
加工霊銀製——
狂犬が所持していた
〈
しかし……一介の冒険者がお目にかかれぬほどに高価で、それによって製造された武器はまさに破格——おいそれと手にする事さえ
「じつはこいつも特別製——だったが、まさかの真っ二つ……てな訳で同じ
「それ、見せてみろ!……こいつぁ——本当に真っ二つだな兄さん。こいつがこんなになるたぁ……あんた一体何と戦ってるんだ!?竜種か!?それとも巨人種か!いや——」
「そこは聞かねぇ約束だな——待ってろ、ちょいと見繕って来てやる。」
「ああ……頼む。」
武器屋の店主であろう老人も、初めて目にする高級武装の無残な姿に驚愕を覚え……狂犬から半ば取り上げる様に手にしたその成れの果てをまじまじと観察――
まん丸眼鏡をクイッと治すと、それを狂犬へ戻し店舗の奥へと消えた。
「相当に珍しかった様であるな、テンパロット殿。あの店主であろう老人が、見事に目を白黒させていたぞ。」
「ああ~~、まぁいくら名高い武具を扱う目利きと言っても……まさか目にした武器が、超振動ブレードで真っ二つにされたなんて思うまいよ――いや?その超振動って概念がまず存在しねぇか。」
「お嬢から聞いた知識であるが……あれは分子振動とか言う現象だったな?確か。それを機械技術で極めて高いレベルの振動へと昇華させ――」
「超振動により極小の分子同士を……切るのではなく、分割する――それもあらかたの物質に対し有効と。……ん?いかがした、テンパロット殿。」
桃色髪の賢者からの知識と前置きし――
饒舌に科学の事象を語る上位精霊を見た狂犬は、そこはかとない呆れを塗した嘆息を零した。
「ダンナ……。オレはよ……そんなに熱く科学を語る精霊を、今初めてこの目で拝んだぜ?こりゃ世も末かなぁ……。」
狂犬の吐露へ苦笑なままに反論を述べる精霊は――
「これは心外だな、テンパロット殿。少なくともお嬢を初め、貴君らと供に旅をする内――必要と感じた情報をしかと聞き及んだ結果であるぞ?仮にも護衛を努める
それを知り得たは即ち――主であり、仲間である桃色髪の賢者がためと断言した。
少し以外な心情を聞き及んだ狂犬は、巨躯の精霊を見やり――
「……ちと以外だな。本来ミーシャが、力の使い道を誤らぬための監視があんた――上位精霊の役目だろ?その割りにえらく仲間意識の高いこったな。」
「無論それが
「あらゆる精霊と、それこそ仲間や家族の様に共存の道を歩む……誰もが想像すらしなかった共生世界の姿を。監視のお役は、それを見届けるための口実でもあるのだ。」
狂犬の疑問へ返されたのは、精霊とは思えぬ程に熱き語り――人と精霊が手を取り合う理想の未来像。
そしてそれは紛れもなく、桃色髪の賢者と言う存在へ見出した希望であった。
熱き語りを聞き届けた狂犬――双眸を閉じ、己が主を思考へ浮かべ……同じくその賢者への羨望を語る。
「……やるさ、ミーシャなら。オレ達が知る今のあいつの研鑽と――オレ達さえ知らぬ過去のあいつの積み上げた研鑽――」
「そしてこれから積み上げる研鑽の数だけ、あいつは強くなる。ミーシャが落ちこぼれ?はっ……言いたい奴には言わせて置けばいいさ。オレ達が護衛するはこれ以降……世界でも前例を見ない、精霊と手を取り合う最強の大賢者へと至る者だ。」
その羨望もまた熱き語り。
主への想いなら負けじと、巨躯の精霊へ鋭き視線を叩きつける狂犬。
想いが同じは言わずもがなである巨躯の精霊が、ニヤリと視線を輝かせ――
護衛すべき主の与り知らぬ所で、今一度己らの覚悟と向き合う守りし者達であった。
そこへ――
「兄さんっ!お
「いっちょ試してみるかい!?」
店舗奥の蔵より掘り出し物を引っさげて戻った店主の老人が、幾重にも皮をなめした上質な袋に収まる鞘付きの武器を取り出し――狂犬へと手渡した。
待ってましたと受け取った狂犬も、羽のように軽いその新たな得物に驚きを顕とする。
「おおっ、ありがてえな!じゃちと失礼して――って!?軽いなオイ!……それにこいつぁ――」
鞘から抜き放つ刃は確かに
職人が叩き上げ……磨き抜いたと思しき波打つ波紋が、ギラリと陽光を反射させる。
刀身は片刃であるも、
そして何よりも――
「テンパロット殿――この刀身……中々の霊振動を感じるぞ。これは――」
「ああ、当たりだな。オレも実物は初見だったが……武器の名と生い立ちはミーシャから聞いた覚えがある。確かこれは、〈アカツキロウ〉製の天然霊銀から打ち出された
「兄さん、そいつの生まれを知ってるのかい!?いや、こちとらも武器の名前は仕入れた時に聞いたが……その生い立ちまでは全くの範疇の外でな。」
武器の生い立ちを知る者が現われ、興奮が徐々に溢れ出す店主。
狂犬が巨躯の精霊を連れ立った最大要因――それは霊銀の質や反応を、精霊の霊力感応から知るための同行依頼であり――
まさに巨躯の精霊は、提示された武器との強い霊力の感応を現した。
同時にそれが精霊装填――引いては半物質化刃形成にとって重要不可欠な要素なのだ。
武器とは狂気であり、戦で多くの命を奪う凶器である――が……時として、世を導く名のある者の元へはその名声に相応しき武器が流れ着き――
それがやがて、その者を世界の英雄へと押し上げると言われる。
真に
抜き放った刀身を鋭き双眸で見極めた狂犬が……店主の問いに答える様に、その刀剣の名を口にした。
「オレも身内から聞き及んだレベルなんだがな?……こいつは〈アカツキロウ〉天然霊銀製――風魔真打ち・忍び刀【
波打ちギラつく波紋の忍び刀【
そこへ身を置く
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