Act.34 忍びよる気配

 狂犬テンパロットが予想外の業物わざものと出会い、合わせて白黒少女オリアナに必要な特殊武具購入を行っていた同時期――

 法規隊ディフェンサー一行が今後正統魔導アグネス王国を離れるに当たり、依頼完遂を見届ける同行代理役を呼集するため……美貌の卿フェザリナは港町にある警備隊本部駐留所へと戻っていた。


「全く……あの者達は次から次へと面倒を――冒険者にしては、いささか節操が無い様ですな。」


「ええ、まあ。確かにあの方達が普通の冒険者の様に、一つの街を基点にじっくり冒険を進めるタイプであればどんなに楽な事か(汗)……ですがそもそも、彼らには感が――」


「……それこそ始末に追えんでしょう(汗)」


 すでに本部駐留施設内、美貌の卿協力者であるローブの男と合流し……代理人となる者を待つばかりとなっていた。

 その間も終始バスターズ側の尽きぬ話題で顔を付き合わせる、美貌の卿とローブの男——それもであったが。


 尽きぬ愚痴は過ぎ去る時間を忘れさせるには充分であったが、そこでふと気付く美貌の卿が疑問を提示した。


「それよりも……もうこちらへ帰って来ているはずでは?にしては姿が見えませんが……。」


「そう言えば……。ふぅ……問題があるのは、何もディフェンサーばかりではありませんな。」


「ですね。致し方ありません……私が彼を探して来るとしましょう。入れ違いにならぬ様、こちらへ彼が顔を出した際には言伝——お願いしますね?」


 すっくと立ち上がり、自ら出向かんとする卿へ嘆息を送るローブの男は——


「貴女も大概お人好しですな……。現場で事に尽くし——さも当たり前の如くその足で東奔西走する貴族など、これまで見た事もありませんぞ?」


 最もな言葉を美貌の卿へ送るが、女神の様な微笑みを浮かべた卿はさらりと返す。


「ふふっ。私もこの様な事は、リーサ姫殿下のお世話で慣れたものです。確かに気苦労は尽きませんが……大手を振り、安全な所でのさばるチート勢と同じになるぐらいなら——」


「世のためにその身を切る勇士達を支え……東奔西走も覚悟の上です。」


 笑顔の言葉を残して、港町大通りへと消える美貌の卿。

 それを見送るローブの男は盛大に嘆息——苦笑を零してひとりごちる。


「ディフェンサーもディフェンサーなら、フェザリナ卿もフェザリナ卿だな……全く。——揃いも揃って過酷な試練へ自ら足を踏み入れる……このチートがのざばるご時世だぞ——」


を見せられては、こちらも協力を惜しまずにはいられぬでは無いか……。」


 苦笑の後、ひるがえしたローブのままに振り返る男は——

 視界に入る複数の装束を纏う者らへ目配せし、指示とおぼしき物を口にした。


武器商人ヴェゾロッサは動きを見せぬが……万一卿に何かあると取り返しが付かん。貴公ら——陰ながら、フェザリナ卿をお守りせよ。その際、卿の献身による働きへは一切の手出し無用……よいな?」


 首肯と共に散る装束集団を一瞥し、ローブの男は街を一望出来る施設二階の展望台へ上がり——遥かな未来を見通す様な視線を彼方へ飛ばす。


「さて——今は動きを見せぬが…… 一行が大陸へ向かう直前が、最も危険なタイミングであろうな。」


 そして動きを見せぬ黒の武器商人ヴァゾロッサへの警戒を思考に宿しつつ、静かに佇む男はただ世界の行く末を案じていた。



∫∫∫∫∫∫



 バスターズ一行がそれぞれの行動へ——そして警備隊からフェザリナ卿自らが、同行代理者を探しに出た頃から幾ばくかの時間が過ぎ——

 港町を包むすでに何度目かの連星太陽の夕焼けが、西に広がる山脈を照らす中……山間を中心に暗雲が群がり始める。


 しかしそれは、天候変化の齎す物ではない局所的な事象の変異——その中心にあの死霊の支配者リュードがいた。


「まずは小手調べ……だが、いたずらな巨大儀式術ではアグネスの警備隊に勘付かれるだろう——なら僅かの時間差にて、こちらの手駒を準備させてもらう。」


 山間から港町を一望出来る崖。

 そこより奥まり、一際開けた場所へ簡易に設けられた祭壇前……ローブを脱ぎ払った死霊の支配者は儀と思しき術の展開に入る。


 ローブ下に纏う装備は異様そのもの——包帯とも……ベルトとも取れる帯を幾重にも重ねた黒の革鎧ダークメイル

 そしてその帯へ刻まれるは、術式により織り込まれた呪印の羅列……それが頭部——顔面の半分までを覆う異様な武具。


 術式展開直後、顔面半分を覆う黒革の眼帯下が怪しく輝き出し——男の周辺へ、召喚術式用の暗黒召喚立体魔法陣ダルク・サモナイト・サーキュレイダが現出した。


超振動ビブラス煉獄開放ヘルザレーダ死霊黒印門ファントムゲイト——異界に眠りしあまねく憎悪を重ねし者共……我が身を喰らいて、現世へ顕現せよ。』


 死霊の支配者が展開する術式は、この赤き大地でも殆ど使用される事無き暗黒面に属する古代術式ハイ・エンシェント——

 ——暗黒召喚霊術ダルク・サモナイト・マギクス——

 術者の身を供物として捧げ、引き換えとして強力な死霊召喚スピリディア・サモナイトを可能とする魔術――禁呪とさえ称される。


 が……術式が完成したであろう場所には、うごめく霊的な塊が止まるのみであった。


「これは……巨大な魔法力マジェクトロンを介さず——微量且つ長時間の術式展開を経て、期日とする時間に合わせた召喚完成を見る秘術。それ故一度に召喚できる死霊の数も限られるが——」


暗黒召喚師ダルク・サマナーが単独で戦闘に当たる上では、必要不可欠——上手く使えば奇襲すら可能とする。」


 その術式を講じる支配者は、まさに戦闘に於けるプロ——この男はたった一人で、かの帝国超法規部隊ロウフルディフェンサーを相手取る算段なのだ。


「さて——残る備えも万全だ。せめてこの程度――超えて行かねば、我らラブレス帝国の相手は務まらんぞ?オリアナ……。そして帝国超法規部隊ロウフルディフェンサーよ。」


「——こちらの誘いにしかと乗って来い。大陸へと発つ前に、この俺自らが相手をしてやろう。」


 不穏を零す男の片目は鋭さに悲哀を塗し……そして眼帯側の目からは今も闇の瘴気を撒き散らす。

 法規隊ディフェンサー一行が魔導機械アーレス帝国へと発つその日へと、同じく不穏の足音が足並みを揃えて彼等の傍へ忍び寄っていた。



∫∫∫∫∫∫



「どうしたお嬢ちゃん?こんな夜更けに。ここは宿屋じゃないよ?」


「……違う。……ボクは……ボク。——宿屋?……間違えた?」


「こんな夜更けに一人は危険だからな、叔父さんが宿屋へ案内してあげるよ。つい最近も、夜中に派手な騒動があったって話だ。ほれ、ついて来な。」


 夜は宵闇。

 すでに深夜へ入ろうとした港町の片隅で、一人の法衣を纏ったが道行く街人へご迷惑をかけていた。

 はかなげで——ふわりと不思議なそのは、法衣もサイズが合わぬのか……長すぎる袖とローブ裾を引きずり歩いていた。


「ところでお嬢ちゃん、法衣って事は神官クレリックか何かの職に就いてるのかい?」


「……ん。……神官クレリック。そして……これ——相棒。」


 親切な街人男性の問いへ、フワフワと答える——しかしその質問に気を良くしたのか、傍目には分からぬほどの微笑を浮かべつつ——

 己が相棒とも言える霊銀製のメイスをひけらかした。


 無益な殺生を禁じられる神官クレリック系統の聖職者は、神聖魔術プリースト・マジック展開の媒体であり……時として防御にも転用出来るメイスを装備するのだが——


「おっ!?お嬢ちゃん——えらくそれ、ゴツいな(汗)そんなの持ってんのかい?」


「ん……。これ……相棒。それと——ボクは……ボク。」


 街人男性が見せる相棒への驚愕へ、心なしか胸を張った——だが、何か納得が行かぬとの表情へ戻り「ボクは……ボク。」と繰り返す。


 そんなこんなで街人に案内されたは、街沿岸のお宿〈海日うみひの館〉へと辿り着き——


「じゃあ、お嬢ちゃん……ここでお別れだ。今日は遅いからゆっくりお休み。襲われたりしなくて良かったね。じゃあな!」


「……ん。感謝。」


 親切な男性へぺこりとお辞儀し謝意を贈った

 程なく街人も闇夜へ姿を消した頃、は夜も遅い事もあり……致し方ない雰囲気を醸し出しつつ、お宿へ部屋の予約へと向かった。


「そうですね……あっ!辛うじて一人部屋の空きがあります。お客さんへお断りを入れる事にならず良かったです。ではこちらへ——」


 お宿の空き部屋に案内される中、中居にも聞き取れぬ声でささやかな自問自答を繰り返すは——


「ふぅ……迷った。……警備隊本部駐留所……何処?でも——もう……夜、遅い。」


「明日で……いい。」


 が口にしたのはと言う言葉。

 そのまま案内されたは、止む無くお宿で一夜を過ごす事となったのだ。

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