第2話 兆し
中学校に上がる頃には、求められる姿を自然に演じるようになっていた。
いや、この時には…もう自分との境目がわから無くなっていたのかも知れないけれど。
だからといって、この頃の「僕」は決して暗い性格では無かった。
友達もそれなりにいたし、遊びに出かけることもあった。
成績は上の中といったところで、ある程度の
厳格な父を苦手とする友人達は、我が家には寄り付かなかったから、もっぱら外に出かけることが多かった。
自然豊かな地域で、長期の休みともなれば海や山へ行った。もちろん、友人達の家に行くこともあった。年齢相応の遊びを楽しんだいた訳だ。
「僕」は山も好きだったけれど、海が一番好きだった。青くどこまでも澄んだ水、優しく囁くようなさざ波。湿気を含んだ砂、磯の香りの風、カラフルな魚達。水面に肢体を浮かべ、波に任せたまま眼を閉じる。
水で蓋をしたように雑踏は遠のき、チャプチャプと波がぶつかる音だけが響く。
生温い風が身体の表面を撫で、汗ばんだ身体を乾かしていく。
その瞬間だけが、自分自身でいられた。
明日から夏休み。この日も終了式を終え、近くの海岸に友人達と遊びに行った。現地集合で、「僕」は近所に住む
彼は幼稚園からの同級生で、友人のなかでも1番気の合う相手だ。陸上部で、年がら年中日焼けしている。直ぐに顔に出て隠し事のできない性格やくるくる変わる表情も底抜けの明るさも嫌味が無く、誰からも好かれる人気者。トオルがいるだけで、その場が華やいだ。
「………」
遠くで声がする。
「と…とぉ」
今度はもっと近い。
「
声が直ぐそばから聞こえ、「僕」は眼を開いた。日焼けした顔が「僕」を覗き込んでいる。
「ほら、カルピス!買ってきたぞ!」
行きがてらのジャンケン勝負で、負けたトオルは2人分のジュースを買いに行っていた。
ペットボトルを振りながら、惜しげもなく快活な笑顔を向ける。水滴でキラキラと光る、ペットボトルが眩しい。「僕」は身体を起こし、手を振るとペットボトルを受け取った。
「サンキュー」
2人で砂浜に腰掛け、冷えたジュースを飲む。
喉を通る冷たさが心地良く、身体に染み入るようだ。
トオルは辺りを見回して、「僕」見た。
「あいつらは?」
「まだ」
簡単な返事を返す。
他の友人達は、遅れているのかまだ来ていなかった。
「カズ…あのさ…」
トオルは2人の時だけ「僕」を下の名前を呼ぶ。それがいつからだったのか、はっきりとは覚えていないけれど。小学校高学年の頃には、その状態だったのを覚えている。
何か言いかけて、トオルは口籠った。トオルの視線を追って振り向けば、防波堤のコンクリート塀の上を友人達が向かって来ていた。
『また、後で…』
声を出さずに、唇を動かしてトオルが言った。トオルのいつもと違う行動に、一抹の不安と引っかかりを感じたが、直ぐに忘れて遊びに興じていた。
『また、後で…』
不意にそれを思い出したのは、帰り道。友人達と別れそれぞれの家路に向かっている頃だった。
家の方向が同じな「僕」らは、また2人きりになっていた。
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